第13話 暴挙

 倒れ込むレナが、殴られて頬を抑えながらピットマンをにらむ。

「こんなことをして……お父様が……黙っておりませんよ」


 狂気に満ちた目でレナを見下ろすピットマン。

「お父様……あの男が悪いのだ……私のモニカを奪ったのだからな」


 立ち上がるレナが扉へ走り、ドンドンと扉を叩いた。

「誰かーーー!! 兄様ーーー!!」


「……無駄だというのに……いい加減、状況を把握したらどうだ」

 ピットマンは壁に掛けてある剣を抜くと、レナに向け構える。


「何を……」

 切っ先を向けられたレナは動揺している。


「お前が私の縁談を断った時点で、この屋敷から出ることは出来ないのだよ……」


「何を……言って……」


「お前達は、我が屋敷からの帰りみち、不運にも魔物に襲われ、行方不明になるのだ」


「どういう事……」


「察しが悪いな……は生きて帰れないのだよ。ああ……でも安心しろ、お前は別だ。この屋敷で私がたっぷりと可愛がってやるからな」


 恍惚とした笑みを浮かべるピットマン。


 恐怖で強張るレナ。

「おぞましい……狂っている……」


 ピットマンはレナの腕を掴むと押し倒し、床に抑え込んだ。


 嫌がり抵抗するレナだったが、両手を抑えられ、覆いかぶされた状態にどうすることも出来なかった。


「ああ、愛しのモニカ嬢……この時をどんなに待ちわびたか……」


 ピットマンは顔を近づけるとレナの頬をペロリと舐めた。


 ドレスの胸元を剣で割いて行くピットマン。

「こういうのは、お好みか……モニカ嬢」


 レナは悔しさからピットマンから目を背けた。

(誰か……助けて……)


「「「ドン」」」

 激しい音とともに勢いよくドアが開く。


「!? レナ!!」


 レナを呼ぶ声と同時に覆いかぶさっていたピットマンが殴り飛ばされていた。


 呆然とするレナの目に映ったのは、怪我を負い血を流しているザックだった。


「ピットマン!! 貴様!!」

 ザックは部屋の状況を一見すると、倒れるピットマンを睨み、怒りに顔を滲ませた。


 ドレスがはだけ震えるレナに自身の上着を掛けると、ザックはレナを優しく抱きしめた。

「大丈夫だ。兄さんが来たから安心しろ……もう、大丈夫だ」


「……はい……兄様……」

「レナ!! 逃げるぞ!!」

 涙を流し小さな声で答えるレナの手を掴み、走り出すザック。


 部屋の外には、ザックに倒されたであろう数名の男が倒れていた。

 大広間を抜け、屋敷の外に出たザックが、自分たちの馬車を見つける、だが、運転していた御者ぎょうしゃには矢が刺さり絶命していた。


「なんてことだ……」

 怒りに震えるザックだったが、レナを馬車に乗せると自身で馬を駆り走り出した。


 屋敷から息をらしたピットマンが現れる。

 遠ざかる馬車を指差し大声で叫んだ。

「そいつらを、逃がすな!!!」


 ピットマンの掛け声に反応するように、沢山の兵士がレナの乗る馬車を目掛けて追いかけて行った。


 馬車を操縦するザックに、震えるレナが声を掛けた。

「兄さん……ありがとう……その……私のために傷ついて……」


 頭から血を流すザックが、レナに笑いかけた。

「レナが気にすることはない。お前が部屋に入ってからだいぶ時間が経つのに、物音一つしないのがおかしいと思って部屋に近づいたら、警備兵が襲ってきやがった。俺の大剣は無かったが、返り討ちにしてやったさ。ワッハハハハ!!」


 レナを元気づけようと明るく笑うザック。

「ありがとう……兄さん」

「ピットマン領を抜ければ、追っては来れないだろう。大丈夫、俺が守ってやるさ。心配するな」


 二人の馬車の後方から、追手の兵士がジリジリと迫って来ていた。


「レナ、もうすぐ川だ。橋を渡ればピットマン領を抜けられるぞ」

 馬車の後方には、追手が見えるところまで迫っていたが、ザック達は、なんとか追いつかれることなく川に掛かる橋を見つけた。


 だが――橋の前には多くの兵士が壁を作り、陣を張っていた。

「クソ……ピットマンの野郎、始めから俺達を逃がさないつもりだったな!!」


 橋の前に陣取った兵士から、一斉に矢が放たれた。

 容赦なく馬車に矢が降り注ぐ。


「「ウィンドウォール」」

 ザックが手を向けると馬車の前に風の防御壁が出現し、弓矢を防いだ。


「第二の矢!! 放て!!」

 橋の兵士からさらに放たれた矢には、火の矢も含まれている。


「「ウィンドウォール」」

 再度、防御壁を出現させたザックだったが、全ての矢を防ぐことが出来ず、運悪く火の矢が馬車に刺さり、馬車に炎が燃え移った。


「くそ……ここまで来て……レナ、聞こえるか。このまま突っ込むが、馬車はもうダメだ。俺が時間を稼ぐ間に馬車から馬を外してくれ」

「……はい、兄さん……」

 レナは震えながら懸命に答えた。


「行くぞーーー!!!」

 突っ込んで行く馬車を避けるように兵士達が道を開ける――が、橋のたもとには、馬防柵ばぼうさくが敷かれている。


 たまらず停車する馬達。炎上する馬車から降りる二人を、兵士達が囲んでいた。


「……大丈夫だ、レナ。さっき言った通り、馬の準備をしてくれ」


「でも……兄さん……もう……」

 震えるレナは、このどうしようもない状況に絶望している。


「諦めるな!! お前は、絶対に俺が守る!!」

『ウィンドウォール』

 ザックはレナと馬車を守るように防御壁を出現させると、襲い掛かる兵士と戦い始めた。


 相手の剣を奪い、傷つきながらも獅子しし奮迅ふんじんの勢いで戦い続けるザック。

 レナも必死に馬車から馬を引き離していた。


「兄さん!! 馬を外しました!!」

「よし!! 乗れ!! 俺が柵を壊す!!」


 馬防柵に突進するザック。


「『リージアス流大剣術、爆破斬!!』」


 ザックが馬防柵に剣を振ると激しい爆発が起こり、柵を吹き飛ばした。


「兄さん、早く」

 馬上から手を差し出すレナだったが、ニッコリと笑うザック。


「俺はここで時間を稼ぐ。レナ、行け!!」

 技の衝撃で折れた剣を振り、レナに合図を送るザック。


「兄さん……ダメだよ……そんなの……ダメだよ……」

 涙を流すレナ。


「二人で逃げても直ぐに追いつかれるだろう……大丈夫だから、早く行くんだ!!」

「でも……兄さん……」

 レナは必死にザックに手を伸ばした。


「矢を放て!!」


 二人に向けて放たれた矢が、レナの肩に突き刺さる。

「ッ!!」

 苦痛に顔を歪ませながらも、ザックに手を伸ばすレナ。


 ザックは折れた剣で馬を叩き走らせた。

「兄さーーーん!!」

 兄を呼ぶ声はしだいに遠ざかって行った。


 ザックは両手を広げて兵士の前に立ちすくむ。

「ここから先は、行かせない!!」

 鬼気迫る表情で、目の前の兵士を威圧していた。



「どうして……こんな事に……どうして……」

 肩に矢が刺さり、意識が朦朧もうろうとする中、馬に乗るレナは必死にリージアス家を目指した。


 リージアス家に到着したレナ。

 ただ事ではない様子に使用人達が慌てふためいている。


 執事のマイクが慌てて城の中から出てきた。

「お嬢様!! 何てことだ……」


 馬上でグッタリとうなだれているレナ。

「じい……兄さんが……ザック兄さんが……」

 そう言うとレナは気を失った。




ウィンドウォール=風魔法 初級魔法……風の防御壁を出現させる

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