第12話 縁談
ピットマン公爵との縁談当日。
美しい庭園の前にいるレナに青年が声を掛けた。
「やあ! レナ。今日はとても綺麗だな」
青年に顔を向けたレナがニッコリと微笑む。
「ザック兄様! お久しぶりです。騎士団宿舎の生活は慣れましたか?」
ザックと呼ばれた、父ダニエルに似たガッシリとした青年は、頭を掻きながら苦笑いしている。
「いやー、全く慣れないなぁ。朝は早いし、鍛錬もキツイし……父上や兄さんの顔があるから、サボれないしな」
「うふふふふ、ザック兄様らしいですね」
豪華な赤いドレスに身を包んだ、金髪の美しい少女は、実に幸せそうに笑った。
「それにしても……レナは母様に似て来たな、本当に綺麗だ。ピットマン公爵なんかに見せるのは、実に勿体ない」
「…………」
レナはザックの言葉に表情を曇らせた。
「今日は、俺が護衛としてついて行くから、さっさと断って返ろうぜ」
「……はい!! そうですね」
明るいザックの表情に、レナも釣られて明るい表情を見せた。
ザックがレナに手を差し伸べる。
「それでは、姫様。大臣を倒しに行くと参りましょう」
「うふふふふ、ええ、しっかりと退治致しましょう」
ふざけるザックの手を取る笑顔のレナ。
二人は馬車に乗ると、ピットマン公爵家へと向かって行った。
侯爵家の前に到着した二人を執事らしき男が出迎えた。
「レナ・リージアス様、主君、ピットマン公爵家にようこそおいで頂きました。さあ、こちらへどうぞ」
男は丁寧に頭を下げると、二人を連れて屋敷向かう。
屋敷の玄関前は二人の護衛兵が立っている。
護衛兵にザックは呼び止められた。
「そちらの方の剣をお預かりさせて頂きます」
渋るザックを見て執事が話しかける。
「屋敷内で剣は不要でございます」
ザックは顔を曇られたが、渋々、背中の大剣を警備に渡した。
屋敷に入った二人は大広間に案内された。
執事の男が奥の扉を差して話し出す。
「あちらでピットマン公爵様がお待ちでおられます。護衛のザック・リージアス様は、どうか、こちらでお待ちください」
ザックは眉をひそめる。
「私もピットマン様にご挨拶をと思っていたのだが……一緒に入れないのか?」
執事は丁寧に頭を下げた。
「申し訳ございません。主人からの意向でして……。今後、御夫人になられる方との最初の顔合わせ……お二人でお会いしたいとの事でございます」
「しかし……それでは、大事な妹に何かあったらどうするのだ!!」
「何か? このような場所で、何があるというのでしょうか? それにその発言……公爵様にいささか失礼でありませぬか?」
「何だと……貴様」
ザックは執事の胸ぐらを掴んで詰め寄った。
「兄さん、私は大丈夫ですから……」
驚いたレナが、ザックを掴むと執事から引き離す。
「こんな無礼は無い。返るぞ!! レナ」
怒るザックがレナの手を取り歩き出そうとするが、レナは引き留めるように動かなかった。
「落ち着いてください、兄さん。ここで帰ってしまえば、両家に遺恨を残すことになります……。私は大丈夫ですので、こちらでお待ちください」
「…………」
レナの言葉に落ちつきを取り戻したザック。
「…………分かった。何かあったら直ぐに俺を呼ぶんだぞ」
レナは小さく頷くと、ピットマン公爵が待つ部屋に入って行った。
部屋に入ると六人程が座れるテーブルの中央に男が座っていた。
レナは男に対してスカートを軽く摘み上げると一礼をした。
「初めましてピットマン公爵様、私はレナ・リージアスと申します。この度は、お会い出来、光栄でございます」
腹の出た頭の薄い男は立ち上がると、レナに近づいて行った。
「如何にも私がピットマンだ。気にせずに楽にしても良いぞ……それにしても……美しい」
ピットマンはレナの足元からじっくりと目線を上げると、唾をゴクリと呑み込んだ。
「……それでは、見合いを始めようか」
そう言うとレナを椅子に座らせ、自身は隣に座った。
(隣にお座りになられるのですか……)
「公爵のお隣に座るなど、ご無礼になります」
レナは戸惑いながら離れようと席を立とうとするが――
「構わぬ。気を遣う必要など無用だ」
「しかし……」
「構わぬと言っているのだが……何か不満か?」
「いえ……そんなことは御座いません……」
動くことは出来ずに見合いは始まった。
ピットマンとの距離は近いが、おかしな事も起きずに時間は進んでいった。
レナは、目の前の男に嫌悪の念までは抱いていなかったが、断りを入れるタイミングを考えていた。
だが、ピットマンの会話は徐々にレナに対して熱を帯びていった……。
「それにしてもお美しい……お母様のモニカ殿のようだ……」
「ピットマン様は、お母様をご存じでしたか?」
「ああ、もちろんだ。『麗しの戦姫』モニカ・ヴァローネを知らない者はいない……可憐で美しい……世の男は彼女に魅了されていた」
「だが……リージアス家に嫁ぐとは……」
「ピットマン様……?」
「……お前の父は、戦姫を手に入れただけでなく、その無能さで死に追いやった……私なら、そんな事にはならなかった……」
ピットマンは、ニタリといやらしい笑いを浮かべると、突然、レナの手を握った。
「そなたは、モニカ嬢によく似ている……私は、お前が成長するのを待っていたのだ……」
レナは握られた手をサッと振り解く。
「急に何をなされるのです。おやめください!!」
「ああ、すまない。つい取り乱してしまった……これからは、いつでも一緒にいられると言うのに……」
困惑するレナだったが、真剣な表情でピットマンに正対した。
「その……お話ですが……今回の縁談ですが、お断り致します」
驚いた表情を浮かべたピットマンが、肩を落としうなだれている。
「…………そうか……残念だ……」
「それでは、私はこれで失礼致します」
一礼したレナが立ち上がり歩き出すと部屋の扉に手を掛けた――が、扉は開かなかった。
「??? 扉が開きません……」
その時、扉の前で困惑するレナの手首をピットマンが掴むと強引に引き寄せ、レナを抱きしめた。
「何をされるのです。公爵!! 離して下さい」
「……こうなること……破談になる事など予想は出来た……仕方ない……別の方法を取ろう」
嫌がるレナは必死に抵抗して離れようとするが、ピットマンの力から逃れる事は出来なかった。
「お前の華奢な腕では、抵抗など無意味だ」
ニタニタと笑うピットマン。
「お兄様ーーー!! ザック兄様ーーー!!!」
顔を近づけるピットマン。
「無駄だ。この部屋の扉は、魔法で開かなくしてある。もちろん声など聞こえる訳もない」
「誰かーーー、誰かーーー助けて。お兄様ーーー!!!」
レナは必死に声を上げながら抵抗を続けている。
「うるさい!! 黙れ!!」
ピットマンの拘束する力が抜けるのを感じたレナだったが、次の瞬間、左の頬に鈍い衝撃が走り、床へと倒れ込んだ。
「おとなしくしろ……綺麗な顔が台無しではないか……」
頬を抑え呆然としながら、倒れ込むレナ。
頬の痛みが徐々に強くなって行く。
右拳を抑えながら上から眺めるピットマンが、いやらしくも歪んだ笑みを浮かべていた。
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