第11話 庭園の兄妹

 花々が咲き誇る庭園の前で唖然とするレイナルド。

 タキシードを身に着けた白髪の紳士に声を掛かられた。


「レナお嬢様、こちらにいらっしゃいましたか。お母上のお造りになった、お庭は今日も美しいですね」


 レイナルドは声の方を向くと、見覚えのあるその紳士を見て、さらに驚く。

「お前は!? ……じいや……」


「ふふふ、そうですぞ。リージアス侯爵家にお仕えさせて頂いております、執事のマイク・アルシャッドにございます」


 ハッとしたレイナルドは、自身の恰好を改めて確認する。

「そう……ですよ、ね……私は…………」


 ボーっとしたレナを心配したマイク。

「どうかなされましたか? お嬢様」


「私は……とても不思議な夢を見ていました……」

 そう言うと、レナは寂しげな表情を見せた。


「不思議な夢ですか?」


「……そうです。冒険者になった私が、リージアス流剣技を使って、悪い魔物から多くの人々を救うのです……」


「はっはっはっ、それは誠に痛快な夢でしたね」


「ええ、とても素敵な夢でした……私の細腕では、リージアス流の大剣なんて、とても振る事が出来ないのに……」

 レナは自身の両腕に目向けると、悲しそうに呟いた。


「さぁ、お嬢様。旦那様がお呼びですよ」


「お父様が…………分かりました。すぐに参ります」

 レナは執事に連れられて、城の中に入ると、父のいる部屋に向かった。


 ドアをノックするレナ。

「お父様、お呼びでしょうか」


「ああ、入りなさい」

 部屋に入ると、のしっかりした筋骨隆々の男がレナを出迎えた。


「お父様、何か御用ですか?」

「ああ、まあ、そこに座りなさい」

 男はレナをソファーに座らせる。


「お前を呼んだのは、相談があってな……」

「相談ですか?」

「ああ、その……お前は、もうすぐ16になるのだが……」

「はい? そうですね」

「それで……だな……」

「はい、何です?」

「いや……実は……」

 男は、手を後ろに組むと、とても言いづらそうにレナの前を左右に行ったり来たりしている。


 レナは煮え切らない父の態度にイライラを募らせると、バチンとテーブルを叩き立ち上がった。


「お父様!! へレスティア王国騎士団長、ダニエル・リージアスともあろう方が、何をまごまごしているのですか!! お兄様達に笑われますよ!!」


 レナの態度に驚いた父ダニエルは足を止める。

「うむ。確かにそうだな……それにしても、お前は母さんに似てきたな。うっはははは」


 笑っている父に溜息をつくレナ。

「はぁー……それで、どうしたのですか?」


「実は、お前にの話しが来ている」


「『縁談』……そうですか……そんな話しだろうとは、思っておりました。それで、お相手の方は?」


「それが……問題なのだが……大臣のモルバ・ピットマン公爵だ……」


「え!?……大臣の公爵様ですか……でも、だいぶお歳を召していらっしゃいましたが……」


「……そうだな……60を越えておられる……」


「どうして、そのような方のお話があるのですか?」

 レナは怒る気持ちを押込み、冷静な口調で質問した。


「うむ……お前も知るように、我がリージア侯爵家とピットマン公爵家は敵対派閥にあるのだが……国王であるティリアス女王陛下に、何かと目を掛けて頂いている私と違い、ピットマン公爵は印象が悪い」


「確かに……国費の横領や、物資の横流し、傘下の者を優遇するなど、悪い噂ばかり耳にしますね……」


「あくまで『』だがな……そのピットマン公爵からザックに縁談があったのだ……」


「小兄様に?」


「ああ、だがザックには婚約者いるので断ったのだが……それではと、お前を嫁に寄こせと言って来たのだ」


「何ですかそのバカな話は!!」

 レナの顔に怒りの表情が滲んでいる。


「バカな話しではあるのだが……ピットマン公爵には三人の妻がいて、お前を四人目として迎えたいとのことだ……無論、断るつもりだが、向こうは当家と繋がりを持つために必死なのだろう……無下に断ることも出来ない、顔合わせだけ、お願い出来ないだろうか……」


 いつも自信たっぷりの父が、申し訳なさそうに頼む姿をレナは見たことが無かった。


「……お父様……分かりました。お会いするだけ致しましょう。ですが――私はそのような方と結婚など致しませんからね」


「ああ、分かっている。すまない」

 ダニエルは申し訳なさそうに、レナの肩に手を乗せると、小さく頭を下げた。



 部屋を後にしたレナが、再び美しい庭園を眺めていた。


「レナ」


 レナを呼ぶ優しい声が聞こえる。


「ライアン兄様……騎士団のお仕事からお戻りですか?」


 ライアンと呼ばれた、金髪の凛々りりしい騎士がレナに微笑む。

「ああ、今戻ったところだ。レナは母様の庭園が本当に好きだな」


 ライアンの言葉にうなずくレナだったが、なんとも浮かない表情をしている。


「ん、どうした? 何か元気が無いな……」


「……実は――」

 レナはピットマン公爵との顔合わせの事を兄に話した。


「――ということですの……」


 ライアンは両手を組み静かに話を聞いている。


「……確かに気が進まないよな。私から父上に断りを入れてみるか?」


 その兄の言葉に少し悩んだレナだったが、顔を横に振る。

「いえ……お父様があのように頼み事をするなど、よっぽどの事ですから……」


「そうか……」


「私も……お兄様達のように男に生まれていれば……大剣を扱い、強くなれたでしょうに……」


「あはははは。小さい頃のレナは、俺やザックを真似て、修練場に来ては剣を振り、怒られていたな」


「……はい、お父様に女のする事では無いと叱られました」


 ライアンはレナの肩にコートを掛けると隣に腰を下ろした。

「……覚えているか? 母様の事……。レナが小さい時に亡くなってしまったが……」


「はい……とても美しい方でした」


「ああ……そして強かった。『うるわしの戦姫せんきモニカ』、へレスティア大陸でその名を知らない者はいない」


 うつむくレナが寂しそうに話す。

「ですが……母様も私が剣を振る事には反対されておりました」


「それは、そうだろうな……母様はレナに危険な事をさせたく無かったのだろう……私とザックには、いつもレナを守るようにと、言っていたから……」


 下を向くレナが、自身の手を見つめる。

「私が大剣を振れる程に強ければ、きっとお母様も許してくれたのでしょうけど……」


「うーん……」

 ライアンは立ち上がると、考えながら庭園に数歩近づいた。


「母様は……レナには家庭を持って幸せになって貰いたかったのだと思う。戦場に身を置いた……自分のようにならないで欲しかったのでは無いかな……」


「そうでしょうか…………」


 コートの襟を摘み、暗い表情のレナが立ち上がる。

「……冷えて来ましたので、そろそろ、部屋に戻ります」


「ああ、邪魔してすまなかったな」


 レナはライアンに一礼すると城に入って行った。



 一人残されたライアンは花々が咲く美しい庭園を前に小さく呟いた。


「母様は言っていたよ……レナは三兄妹の中で誰よりも剣の才能があるって。へレスティア王国、最年少の副騎士団長……剣鬼と呼ばれる私よりも……」

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