第10話 遺跡の罠

 レイナルドとヒュームが遺跡の扉の前に立っている。


 ヒュームの合図でレイナルドが扉に手を掛けると、ゆっくりと扉が開いて行った。


 警戒したレイナルドが中を覗くが暗闇で何も見えなかった。

「おい、貴様、全く何も見えないぞ」


「少し、黙っていろ」


 ヒュームも扉の中に入ると、奥に手を向け呪文のようなものを呟く。


 周辺がぼんやりと明るくなった。


 ゴツゴツとした洞窟は真っ直ぐ奥に繋がっている。


「ほぉ……便利な術だな。街の街灯のようだ」

 周囲を見渡すレイナルド。


「この先に祠が置かれた部屋がある。おそらくそこに、封印の魔物、スアレル・ジグがいるはずだ……」

 ヒュームが遺跡の奥を指差した。


「『スアレル・ジグ』? それが封印された魔物の名前か」


「そうだ。その昔、街の人間全てを眠らせ、死に追いやった魔物だ」


「ほう……なぜ討伐せずに封印したのだ?」


「魔物は夢を見せた者の前にしか現れない。だが、夢を見た者は目を覚まさない。だから倒すことが出来なかった」


「では……どうやって封印を……」

「コーデリア御令嬢のように、『目を覚まさないが、生きている者』ごと、壺に封じた」


「何だと……では、今回はどうやって封印するのだ」


「魔物はまだ完全に復活していない。その証拠に遺跡から出てこられないでいる。おそらく遺跡内にいるネズミなどに憑依しているはずだ」


「……憑依している者を探すのだな」


「ああ、そうだ。異常な魔力を感じれば、それが奴だ」


「分かった……」

 警戒を強めた二人は、遺跡に足を踏み入れた。


 周囲を見渡していたレイナルドに疑問が浮かぶ。

(衛兵の話しだと、死体が転がっているはずだが……)


 遺跡内には死体どころか、血の一滴さえも無くなっていた。


「重い女、油断するなよ」


「油断などしない…………おい、『重い女』とはどういう事だ」


「?? 貴公を見たままの表現だが……」


 レイナルドは全身を覆うような重厚な鎧身に着けている。

(『重い女』……確かにそうだが……腹が立つ言い方だ……いや、むしろ私は軽い方だ)


「訂正しろ」

 チラリとレイナルドを睨むヒューム。


「………」

 ヒュームは無視して歩いている。


「訂正しろと言っているのだ」


 睨むレイナルドに怪訝な表情を浮かべるヒューム。

「何をだ?」


 睨んだままのレイナルドはヒュームに小さく話す。

「呼び方だ!!」


 ヒュームは溜息を突くと、

「ああ……そうか……分かった、なんて呼べば良いんだ」


「レイナルドだ。名前で呼べ」


「……分かった……それでは行くぞ。レイナルド」

 静かに発せられたヒュームの言葉に頷くと、レイナルドが歩き出した。



 真っ直ぐ伸びた通路を警戒して進んでいく二人。

 いつまで進んでも通路は続いていた。


(どこまで続くのだ)

 不審がるレイナルドの目に入って来たのは、行き止まりの壁だった。


「行き止まりではないか……どういう事だ?」


 ヒュームを睨むレイナルドに行き止まりの床を指差すヒューム。


「よく見ろ」


 そこには、下り階段があった。


 レイナルドが、先行して階段を降りて行く――その時、階段の入口を蓋で塞ぐように天井が動きした。


「!? 罠だ」


 ヒュームが閉まる階段の上から、レイナルドに手を差し出したが――入口は塞がれ、レイナルドは階段内に取り残されてしまった。


(……分断されたか……)

 塞がれた階段入口の天井に手を掛けたが、壁は微動だにしなかった。

(ビクともしないか……)


「「ドンドンドンドン」」

 壁を叩くレイナルド。

 壁の向こうからは何も反応は無かった。


「あいつは無事なのか……」

 レイナルドの顔から焦りが見える。


「「ドンドンドン」」

 さらに天井の壁を叩くが、やはり反応は無かった。


(しかたないが……先に進むしかないか……)

 真暗な下り階段の先を見据えると、レイナルドは警戒して階段を降り始めた。


 階段を降りた先には、城にあるような豪華な扉が現れた。


(なんだ……この扉は……どこかで見たような……)

 不思議と懐かしさを感じる扉に手を掛けると、ゆっくりと扉が開いていく。


 扉の中は漆黒に包まれ、レイナルドに様子を知ることは出来なかった。


(おそらく……罠……だろうな……だが、ここで待っていても仕方が無い……)


 レイナルドは意を決し、剣を構えて慎重に扉に入って行く。


 漆黒の中を進むと、バタンと扉の閉まる音が聞こえた。



 次の瞬間、闇が晴れるように、レイナルドの目には花々が咲き誇る美しい庭園が写っていた。


「ここは……この場所は…………お母様の…………お庭……」


「どういう事だ……」

 驚くレイナルドは自身の変化に、さらに驚く。


 重厚な鎧を装備していたはずだったが、構えていた剣も消えていた。

 レイナルドは、豪華な刺繍があしらわれ、胸元が大きく開いた、赤く美しいドレスを身に纏っている。

「このドレスは……一体……どういう事だ……」


「レナお嬢様。またこちらにいらっしゃいましたか……」


 啞然とするレイナルドが、声を掛けて来た相手へと振り返る。


「お前は!? ……じいや……」





 時は少し遡る……


 封印の遺跡


 真っ直ぐ伸びた通路を警戒して進んでいく二人。

 どこまで進んでも通路は続いていた。


(……何かがおかしい)


 違和感を感じるヒュームが足を止め、前を歩くレイナルドに声を掛けた。

「……遺跡内の通路が長すぎる……レイナルド、気を付けろ」


 ヒュームが警戒を強めた瞬間――それまで点いていた灯りが一斉に消え、周りを暗闇が包む。


「罠か!?」

 防御結界を張るために印を結ぼうするヒュームだったが――


「「ズドン」」


 と、激しい地響きと同時に足元が揺れると、目の間の床が崩れ始めた。


 引き返すように走る二人だったが、床の崩壊に巻き込まれるように落ちて行った。


 下を向くヒュームは、落ちていく先に巨大な大穴を見つける。


「あの穴は……何だ……」


 足元を失ったヒュームには、どうすることも出来ず、漆黒の大穴へと落下していった。

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