第9話 封印の遺跡

 宿屋の一室

 眠り続けるコーデリアから黒い霧フワフワと立ち上ると、音も無く天井に消えていく。


「今のは……一体……」

 驚いたレイナルド。

 ヒュームは眉間に皺を寄せた厳しい表情で答える。

「今の靄がこの病の正体だ」


 困惑した表情のロジェが問いかける。

「……どういう事だ……」


 ヒュームは険しい表情のまま、話し始める。

「この娘が目を覚まさない『ナイトメア・シンドローム』だが……」


「あの……お嬢様は、これで、目を覚ますのでしょうか?」

 ――と、コーデリアの傍にいた侍女のマリーがヒュームの言葉を遮るように口を出す。


 顔を横に振るヒューム。

「……目を覚まさないだろう……だが、死ぬことは無くなった。何が起きているのか、詳しく話そう……」




 三週間程前

 エルマの西にあるリーレ山


 衛兵の二人が山道を登っている。

「落石があった場所はもうすぐか?」


 年配の衛兵に若い衛兵が答えると指を差した。

「ええ、確かあの辺りですね」


 衛兵が指を差した場所に二人が到着すると、大小様々な大きさの岩が散乱していた。

「これは、凄い量だな……。誰もここを通ってなくて良かったな。どれ、上の方も見て行こう」


 二人の衛兵は、山道をさらに登り、落石現場の上まで歩いて行った。


 落石現場の上にたどり着いた二人が奇妙な洞窟を発見する。

「あれ、先輩……こんなところに、洞窟なんてありましたか?」

「いや……無かったはずだ……」

「落下した岩で隠れていたのですかね……入ってみますか?」

「そうだな……気を付けて行ってみることにしよう……」


 衛兵の二人は洞窟内に入って行った。

 入ってすぐに二人の前に巨大な扉が現れる。


「なんですか……これ……」

「……もしかしたら、これは洞窟ではなく、遺跡かもしれないな……」

「遺跡ですか……でも……」


 若い衛兵が扉を開けようと力を込めるがビクともしない。

「先輩、この扉、全然開きませんよ」


 年配の衛兵も加わり、二人で力を込めるが扉が開くことは無かった。

「ダメだな、ビクともしない。仕方ない、町に戻りに上に報告しよう」

 衛兵の二人はその場を後にして町に戻っていった。




 五日後

「先生、あそこの洞窟になります」

 衛兵二人が女性を連れて洞窟に入っていった。


 扉の前に到着した三人。

 若い衛兵が話し出す。

「どうですか、先生……遺跡ですか?」

「おい、偉い学者先生にその口の聞き方はなんだ!!」

 年配の衛兵は注意をした。


「はい、すいません」

 若い衛兵が背筋を伸ばして姿勢を整えた。


「これは……確かに古い遺跡のようですね……ん?」

 学者が扉に目を凝らすと、ほんの少しだけ、扉が開いているように見える。


「たしか……以前お二人が発見した時は、扉は閉まっていたとのことですが……」

「ええ、そうです……今は……開いてますね……」

 年配の衛兵が、恐る恐る扉に触ると、簡単に扉が開いた。


 扉の中に入ろうと灯りを照らす若い衛兵が、急に腰を抜かしたように座り込む。


「わっ、あっ、あっ……」

 青ざめた顔で灯で照らす扉の中を指差した。


 そこには、床全体に広がる大量の血だまりと、多くの死体が転がっていた。


「…………」

 恐怖のあまり、声を失う三人。

 三人はその場から逃げるように立ち去ると町に戻った。




 ヒュームの話しをロジェ達は静かに聞いている。

「その頃から……町で悪夢を見る者達が現れ始めた。やがて……目を覚まさない者が出始めるた……ナイトメア・シンドロームと名付けられた病が広がっていった……」




 スピカ城 謁見の間


 玉座の前にはレースの布が掛けられ、そこに座る者のシルエットだけが見える。

「ヒューム、良く来てくれましたね」


 頭を下げ、跪いていたヒュームが顔を上げる。

「アリス女王陛下のお呼びとあれば、いつ、何時でも馳せ参じましょう」


「そうですか、それは心強いですね……今回、あなたを呼んだのはエルマの町の近郊で、遺跡と思われる扉が発見されました。その調査をお願いします」

「遺跡の扉ですか……」

「そうです……恐らく、封印の遺跡でしょう……」

「…………分かりました……それでは、これから現地に向かいます」

「ええ、お任せしましたよ」

 ヒュームは深々と頭を下げると謁見の間を後にした。


 話しを聞いていた大臣が女王に話し掛けた。

「女王陛下、あのような者に任せてよろしいのですか?」


 女王アリスは、静かに話した。

「彼と『封印の遺跡』には、深い因果がございますから……」





 現在の宿屋


「依頼を受け、10日ほど前に町に到着した私は、すぐ遺跡へ向かったが……扉が閉まっていて入ることは出来なかった……」

「扉は閉まっていた? どういう事だ? それにその遺跡とコーデリアの病と何が関係しているんだ?」

 ロジェがヒュームに問いかけた。


「見つかった扉は『封印の遺跡』だ……」

「その『封印の遺跡』とは何だ!」

 ヒュームの答えに不満そうなレイナルドが叫ぶ。


「『封印の遺跡』とは、大昔に魔物が封印された遺跡の事だ……私が調査を始めて、この町の書庫に古い文献を見つけた。そこには、悪夢を魅せる魔物を壺に封印したと書かれいた」


「封印された、悪夢を魅せる魔物……だと……」


「こいつは悪夢を魅せ、その者の心が弱ったところで、生命力を喰う……過去のトラウマが強い者は、悪夢から覚める事が出来ずに、そのまま喰われ続け……いずれは死ぬ」


「……その魔物が……復活したのか……」


「おそらくは……調べて行く内に、町の周辺にいた盗賊団が消えていた事が分かった。おそらくは、財宝目当に扉を開け、魔物が封印された壺を開けてしまったのだろう……」


 ヒュームとレイナルドの会話を黙って聞いていたロジェが口を開く。

「……でも、扉は閉まっていたのだろう?」


「扉はただの入口に過ぎない。『封印の遺跡』の扉には何かしらの条件を満たさないと入る事ができない……」


「条件?」


「ああ……状況から推測するに……女だ」



 ヒュームの言葉にレイナルドが反応した。

「なに……だと?」


「……『封印の遺跡』は封印された魔物によって条件が変わってくる……衛兵や私では扉は開くことは無かったが、女である教授をつれて行くと扉は開いた。盗賊団にも女がいたのだろう……」


「それは、女性を……弱い者を……選んで殺すのか……なんてゲスな魔物だ」

 レイナルドは怒りに拳を合わせた。


「魔物を再び封印しなければ、この病は治らない……」

 ヒュームが冷静な口調で話した。


 真剣な表情のロジェ。

「そうか……分った……それで、封印は可能なのか?」


 ヒュームは小さな壺を出して見せた。

「可能だ。この封印の壺で再び封印するだけだ。私は、その為に来ているからな」


ロジェが手をパチンと叩いた。

「よし、それなら話は簡単だ。魔物を封印すれば解決だろう?だったらすぐにでも出発しよう」


 ドアに向かい歩き出すロジェをレイナルドが止める。

「ちょっと待て!! ロジェ。お前はここでお嬢様をお守りしろ……その魔物封印には私がついて行く」


 困惑するロジェ、

「だが、しかし……」


「この状況でお嬢様から護衛がいなくなる事はできない。それに……私は、この男を完全に信用してはいないからな……」

 レイナルドはヒュームを睨んだ。


 ロジェに向け自身の胸の甲冑をドンと叩くレイナルド。

「何より……の私が行けば扉は開く……そうだろう貴様!!」


 レイナルドに問いかけに驚くヒューム。

「確かに女性がいないと扉は開かないが……お前……だったのか?」


 ヘルメットを外してヒュームに詰め寄るレイナルド、

「貴様!! よく見ろ!! 私は何処をどう見ても女だろうが!!」


 ……またこのくだりが始まったよ……

 大変な状況の中、いつもと変わらない光景に、クスっと笑うロジェ。

「分かった、分かったレイナルド、ここはお前に任せた。魔物を倒してコーデリアを目覚めさせてくれ」

「もちろんだ……」

 ロジェの顔をジッと見るレイナルド。


「……すぐに出発するぞ。夢を喰う魔物……魔喰の封印に」

 ヒュームは足早に部屋を後にした。


 アレフがレイナルドの手を握る。

「レイナルドさん、お気をつけて……どうか無事で……」


 すかさず、マリーもレイナルドの手を握ると頭を下げた。

「コーデリア様を助けて下さい、お願いします」


 静かに頷くレイナルドが部屋を出ようとする。


「レイナルド……頼んだぞ」

 そう言いながら、ロジェがレイナルドの肩に手を乗せた。


 肩に乗った手を力強く握るレイナルド。

「任せておけ」

(ラブパワー……全快だ!!)


 決意を込めたレイナルドが封印の遺跡に向かい、歩き出した。

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