第8話 ナイトメア・シンドローム

 顔に鮮血を浴びたロジェが血に染まる剣を手にたたずんでいる。

 目の前には、頭の無い胴体と転げ落ちた首。


「…………ル」

 声のする方を振り向くロジェの姿は、返り血で真っ赤に染まっていた。

 ……なぜ……こんなことに……なった……何を……間違えた……



「ロ……ジェ……ロ……ジェ……」

 ……誰だ……声が……聞こえる……



「おい!! ロジェ!! ロジェ!! 起きろ!!」


 激しく揺さぶられるロジェは、驚いた表情で目を開ける。


「レイナルド……か……」


 ロジェを揺さぶりながら、懸命に声を掛けていたのはレイナルドだった。


「やっと目を覚ましたか……うなされていたぞ……起こしてもなかなか目を覚まさないから……その……心配したぞ……」


 ロジェは眉間に皺を寄せながら周りを確認する。

 ここは……そうだエルマの町の宿屋だ……


 壁に寄り掛かるように眠ってしまったロジェは、うなされたことにより全身が汗でグッショリと濡れていた。

「俺は……護衛中に寝てしまっていたのか……」


 レイナルドが手を差し出すと、ロジェは手を掴み立ちあがる。

「そのようだな……交代の時間だ。後は任せてしっかり休め」


「ああ、すまない……」


 ロジェは宿屋の外に出て行く。


 ……護衛中に寝てしまうなんて……それに……体が重い……


 指輪を地面にかざし、魔法陣から簡易ハウスの入口が現れると、ロジェはだるそうに入って行った。




 翌朝


 ロジェは昨夜の事を思い出しながら、宿屋の入口でコーデリアとマリーが出て来るのを待っている。


 昨日は何だったんだ……何だか……嫌な夢を見た気がする……



 考え込むロジェにアレフが声を掛ける。

「ロジェさん、おはようございます。何だか元気が無いようですね……どうかしましたか?」


「おはようアレフ。いや……何でもない」

 久しぶりの旅で、疲れが出たのかもしれないな……


 ロジェはアレフに心配を掛けまいと笑顔で話した。


 宿屋からレイナルドが慌てた様子で飛び出して来た。

「ロジェ!! 大変だ!! コーデリア様が目を覚まさない!!」


 驚くロジェ。

「どういう事だ?」


「いいから、来い」

 レイナルドはロジェの腕を掴むとコーデリアの部屋に連れていった。


 ベッドで眠るコーデリア。

 かたわらに不安そうな表情のマリーが付き添っている。


 レイナルドが、唖然とするロジェに話しかける。

「かなり前からマリーさんが起こしているが、コーデリア様が起きないのだ……」


「そんな……バカな……」

 目を覚まさないコーデリアのそばまで近寄るロジェ。


「コーデリア!! コーデリア!!」

 腕を掴み、コーデリアを揺さぶるロジェだったが、全く反応は無かった。



 ロジェの肩に手を置くと首を横に振るレイナルド。

「呼吸はしている、脈もある。特に変わった様子は無いのだが……何をしても目を覚まさないのだ……今、医者を手配している……」


 コーデリアから手を放すロジェは、肩を落とし下を向いた。



 宿屋に医者が到着すると、マリー以外は部屋の外に出され、診察が始まる。


 心配そうなアレフの頭を、レイナルドが優しく撫でた。

「きっと、大丈夫だ……」

 レイナルドの言葉にアレフは小さく頷いた。



 コーデリアを診察した医者に呼ばれた一同が部屋に入る。


 医者は厳しい表情で重い口を開く。

「この方の病気は、最近、この町で流行っている『ナイトメア・シンドローム』です」


「その……『ナイトメア・シンドローム』とは……なんなのだ?」

 聞いたことの無い病名に戸惑うレイナルド。


「一ヶ月前から急に見られるようになった病気で、悪夢を見る事で、目を覚まさなくなる病気です」


 ロジェが驚いて声を上げる。

「何だって!?」

 ……悪夢だと……昨夜の……あの夢……


 医者は話しを続ける。

「悪夢を見るだけで目を覚ます方々がほとんどですが……稀に、この方のように目を覚まさない方がいます……」


 マリーは、立ちあがると医者に詰め寄った。

「お嬢様は……お目覚めになられるのですか?」


「……分かりません。ただ、これまでに目を覚まされた方は……おりません。残念ですが、私に出来ることは……ありません」

 医者は目を背けると悔しそうな表情をしている。

「申し訳ありません」

 そう言って頭を下げると、医者は部屋を出ていった。


 ……どうしたら良いんだ……

 重苦しい雰囲気の中、時間だけが静かに過ぎて行った。



 アレフが立ち上がる。

「町で病気について何か聞いてきます」

 そう言うと、少年は走って部屋を出て行く。


 レイナルドがロジェの肩を叩くと二人は顔を見合わせて頷く。

「俺たちも町で情報を集めて来る。マリーさんはコーデリアの傍にいてやってくれ」


 マリーが頷くと、二人も部屋を後にした。




 夕刻

 三人が部屋に戻って来た。


 マリーが三人の傍に寄って行く。

「何か……何か分かりましたか?」


 マリーの問いかけに、三人とも暗い表情のまま黙っている。

 コーデリアが重い口を開く。

「何も……分からなかった……すまない」


 マリーは顔を手で覆い、涙を流してコーデリアの傍で泣いていた。

 その場にいた誰もが、希望が見えず、何も言えずに立ち尽くしていた。



「コン、コン、コン」

 ドアをノックする音が聞こえた。


 レイナルドが声を掛ける。

「何用だ」


「この宿に『ナイトメア・シンドローム』で目を覚まさない者がいると聞いて来たのだが入ってもよろしいか?」

 ……ん? この声……どこかで……

 ロジェは聞き覚えがある声の主を思い出していた。


 レイナルドがイライラした声で訪問者に答える。

「医者か? それならもう見て頂いた」


「いや……私は医者では無い」

 ……やはり、聞いた事がある……

 ロジェはスタスタとドアの前まで行くと無言でドアを開けた。


「おい!! ロジェ。勝手なことをするな!!」

 レイナルドがロジェを睨む。


「あんたは……確か……」


 ロジェの前には、顔にタトゥーの入った、見覚えのある男が立っていた。

 ……あの時の結界師……


 男はロジェを見ると思い出したかのように話し出す。

「ん? お前は……確か……クライン城にいた剣士だな……」


 尋ねて来た男は、クライン城で悪魔退治の際に共闘したヒュームだった。


「どうしてあんたがここに……」

 驚きの表情を浮かべるロジェ。


「今はそんな事を話している場合では――」

 ヒュームは寝ているコーデリアに目をやるとロジェを押しのけるように、ズカズカと近寄った。


「なんだ貴様! 無礼だぞ!!」

 怒るレイナルドがヒュームに掴み掛かろうとしたその時、部屋全体をヒュームの結界が囲んだ。


 部屋が光りに包まれると、コーデリアの体からじわじわと黒いきりが浮かび上がる。

 霧は体から離れると、そのまま天井へと消えて行った。


 掴み掛かろう伸ばした手を止めたレイナルド。

「今のは……一体……」


 ヒュームがレイナルドをジッと見つめる。

「今の靄が、この病の正体だ」


 ヒュームの言葉に、不穏な空気が一同を包み込んだ。

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