第7話 最初の町エルマ

 翌朝


 テントから出てきたコーデリアが、朝日を浴びる。

 昨夜から周囲を護衛をしていたロジェに近寄る。


「おはようございます!! 師匠」

「おはよう、コーデリア。旅に出て初めての夜は、よく眠れたか?」


 ニッコリと笑うコーデリア。

「ええ、ぐっすりです。夜中は、何かありましたか?」


 ロジェも笑いかける。

「いや、特に何もないよ。至って平和なもんだ」


 コーデリアは背筋を伸ばし、頭を下げた。

「それでは師匠。朝食までの間、稽古をお願いします」


 ハハハと苦笑いするロジェ。

「ああ、分かったよ」


 ロジェは剣を置くと、手を前に出し無双流の構えをする。

 コーデリアも同じように構えると攻撃を繰り出した。




 アレフがあくびをしながら、テントから出てきた。


 稽古をしている二人を見つけると近寄って行く。


(コーデリア様……こんなにも武術が使えるのですね……)

 コーデリアの武術に驚いているアレフが、ロジェに声を掛ける。

「おはようございます」


 ロジェがアレフに気付き顔を向ける。

「おはよう、アレフ」


「スキありですわ、師匠」

 コーデリアはロジェが顔を背けた隙を見て、顔面目掛けて拳突き出した。

 ――が、顔面への攻撃をサラリと避けると、ロジェはコーデリアの腕を両手で挟み受け流す。


 クルリと一回転したコーデリアが地面に叩きつけらそうになると、ロジェはコーデリア体を掴み、支えるように優しく落とした。


 悔しそうなコーデリアが、足をパンパンと払いながら立ち上がる。

「ふぅー……わざと隙を作ったのですわね……まんまと騙されましたわ……」


 笑顔のロジェが、指を立てて話し出す。

「そう!! わざと隙を作って相手を油断させるのも、戦い方の一つ。覚えておくんだぞ!!」

 ロジェは楽しそうに笑った。


 コーデリアはチラリと笑顔アレフを見る。

「おはよう、アレフさん。ヘラヘラして、何がそんなに楽しいのですか? フン!!」


 アレフの笑顔が苦笑い変わる。

「いやーっ……ハハハ」


「それでは師匠、ありがとうございました」

 コーデリアは、ロジェに頭を下げるとテントに戻って行った。


 ロジェがアレフに話しかける。

「投げられた姿を見られて、恥ずかしかったんだろう。気にしないで上げてくれ」


「はい、分かりました」

 アレフはコクリと頷くと、ニッコリと笑った。


 レイナルドが重厚な鎧を身に着けて魔法ハウスから出てきた。

 ロジェが声を掛ける。

「よぉレイナルド、おはよう」


「ああ、おはよう。警備を交代後は何も無かったか?」

「特に何も無かったよ」


「そうか……分かった……」


 レイナルドは昨夜の警備交代の事を思い出していた。



 草原の中の野営場

 そよそよと草原を吹く風が、心地よい夜空の下。

 焚火の前に腰かけるレイナルド。


 そっと近づくロジェが、コップを差し出す。

「交代の時間だ、レイナルド」


 温かい飲み物が入ったコップから湯気が立ち上る。

 差し出されたコップを受け取るレイナルド。

「すまない……これは、紅茶だな」


 ロジェはレイナルドの隣に座った。

「良く知ってるな。さすがレイナルドだ」


「馬鹿にするな」

(ジェマさんに教えてもらったからな……それより……近いなロジェ)

 レイナルドの鼓動は早くなっている。


(心臓の音が聞こえて、ドキドキしているのがバレてしまう)

 レイナルドは紅茶を口に含むと立ち上がる。


「それでは、私は休むとする」


 そう言って、立ち去ろうとした。


 ロジェが慌ててレイナルドに手を掴んだ。


 レイナルドは、驚きでロジェを凝視した。

(なにぃぃぃぃ、手を握ってくるだと……はぁぁぁー)

 赤面したレイナルドは、興奮のあまりポーっとしている。


 ロジェが慌てて手を放す。


「すっ、すまない。つい掴んでしまった、怒らないでくれ」

 凄い勢いで睨まれたな……


 動かないレイナルドにロジェが話しかけた。

「その……礼を言ってなかったからな……。今回の依頼を受けてくれて、ありがとう」


 フリーズしていたレイナルドが、ハッと意識を取り戻す。

「何を言ってるのだ。け、決して、き、貴様のためでは無いのだからな!」


 ロジェは下を向いて笑う。

「ハハハ、分かっているさ……それでも、助かった。ありがとう。」


「ゴブリン討伐の時も、迷惑を掛けたからな……お前には、本当にいつも助けて貰うばかりだな……」

 そう言うと、下を向いていたロジェが照れくさそうにレイナルド笑いかけた。


((ズキューーーーーン!!))

 レイナルドは心を撃ち抜かれたような衝撃を受けた。


「そ、そ、そ、そんなことは無い……き、き、き、気にするな!!」

 挙動不審な態度を悟られまいと、足早にその場を離れるレイナルド。


 少し離れた場所でレイナルドが振り返ると、ロジェを見つめる。

(ロジェ……あなたは、覚えていないかもしれなけど……)




 現在


 食事を終えた一向が出発の準備をしている。


 一礼をするマリー。

「アレフ様、よろしくお願い致します」

 準備を終えたコーデリアとマリーが馬車に乗り込んだ。


「それでは、出発しましょう」

 アレフは手綱を握り、ロジェとレイナルドに合図を送ると、馬車は走り出す。


 草原の中の街道を二人を乗せた馬車がひた走る。


 時折、コーデリアが野生のヤギの群れやシカの群れを見つけると、大はしゃぎで喜んでいた。


 何事も無く順調に旅は進み、翌日の昼過ぎには、最初の町であるエルマに到着した。



 スピカ国入って最初の町エルマ。

 国境から一番近い場所に位置し、東からの入国者にとっては玄関口にあたる。

 町はぐるりと壁に覆われ、入るには門を通過する必要がある。


 門番が馬車の紋章をマジマジと見ている。

「あなた方はトゥルス帝国の王族関係者の方々か?」


 アレフが頭を下げる。

「はい、そうです。客人を当国にお招き致しまして……」

「そうですか、分かりました。一応、お連れ方々の身分証を確認致します」


 レイナルドとロジェが冒険者ギルドの登録証を見せた。


 門番が手を振る。

「確認しました。どうぞ、お入り下さい。良い旅を」


 一向は門を通り町の中に入って行く。


 レイナルドは不思議そうにロジェを見ていた。

「ロジェ、貴様は……冒険者登録が武道家なのだな……」


 ロジェは照れくさそうに笑う。

「ああ……冒険者登録した時に、色々あって……」


「そうか……だから今日は装備が違うのだな」


 ロジェの腰には、いつも掛けている剣が無く、代わりとして両手に指部分が開いているナックルグローブを装備している。

「ああ、武道家登録だから、いつもの剣装備で疑われると面倒だからな……」


(これは……貴重なロジェの姿を見れたぞ……ウフフフ)

 レイナルドは満足そうに馬を走らせる。


 アレフが町の宿屋の前に馬車を止めた。

「今日はこの町で一泊しますので、こちらの宿に泊まります」


 コーデリアとマリーが馬車から降りて来る。


 両手を上げ、うーんと唸りながら体を伸ばすコーデリア。

「初めての町ですわね」

 嬉しそうにキョロキョロと周りを見ている。

「たくさんの魔族の方々がいますわね」


 アレフも辺りを見渡す。

「ええ、この町はスピカ国の玄関口として商業が発展しておりますからね、ただ……」

 何か納得いかないような顔をするアレフ。


 レイナルドがアレフに声を掛ける。

「どうした……何かあるのか?」


 眉をひそめながら、アレフが再び辺りを見渡す。

「えーっと……何か……以前よりも活気がないような……」


 ロジェが不思議そうにアレフを見る。

「そうなのか? 特に変わった感じはしないが……」


「そう、ですね……きっと、私の勘違いですね。あははは」

 アレフは照れくさそうに笑った。


「それでは宿の手配をしてきますので」

 そう言うと、アレフは宿屋に入って行った。




 その夜


 ベッドで寝るコーデリアにお辞儀をするマリー。

「それではお嬢様、おやすみなさい」

「おやすみマリー」


 マリーは部屋を出ると、ドアの外で警護をしているロジェに一礼して自身の部屋に入って行った。


 夜が更けて行く。


 スヤスヤと眠るコーデリアを、怪しい黒いもやが覆っていった。

 黒い靄に包まれたコーデリアは、うなされるように苦しみだした。

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