第6話 出発
三日後……クライン城
ロジェとレイナルドは、出発前の準備を終え、ドアの前でコーデリアを待っている。
「ロジェさん、レイナルドさん、おはようございます」
パカパカと黒馬が引く馬車の運転席で、手綱を握る少年アレフが、笑顔で手を振る。
トゥルス帝国の紋章が描かれた客室台車はピカピカに磨かれていた。
アレフは馬車を城の出入口前に止めると、運転席から降りてロジェに近寄って行く。
近寄るアレフにロジェが気さくに声を掛ける。
「アレフ、元気だったか?」
「はい、この三日はグレースの町を観光させて頂き、満喫しておりました。それにしても、貿易の町だけあって珍しい食べ物がたくさんありました。良いお土産が買えましたよ」
十分に満足した様子のアレフが笑う。
「それは良かったな」
レイナルドがアレフの肩をポンと叩く。
レイナルドは相変わらず重厚な鎧に身を包み、完全防備だ。
「あ、そうだ、お二人の乗る馬はこちらです」
アレフは二匹の黒い馬を見せた。
「魔大陸の馬アレオン種です。間違っても落ちないように気を付けてくださいね」
ロジェはハハハハハと、苦笑いをしながら頷く。
相当なスピードで走る馬だからな……気を付けよう……
城の扉が開くとクルム伯爵とコーデリアが出てきた。
コーデリアを見たロジェは驚いていた。
「コーデリア……その恰好は……」
しかめ面のクルム伯爵の隣には、ドレス姿ではなく、冒険者のような軽装のコーデリアが並んでいた。
「師匠、何か変ですの? 旅は動きやすい恰好が一番ですのよ!」
クルリと周って見せたコーデリアが、ニッコリと笑いかける。
その横では、明らかに怒っているクルムがいる。
「婚約者に会いに行くのに、そんな恰好で……」
コーデリアはぷぅっーと頬を膨らませた。
「あら、お父様。あちらに着くのはだいぶ先ですわ。初めからドレスアップなど堅苦しくて出来ませんことよ。到着する前にきちんとしますから大丈夫ですわ」
「しかしだな……伯爵令嬢としての格式が……」
クルムの会話を遮るように話し出すコーデリア。
「――お父様、格式も大切ですが、馬車に揺られて移動するだけなのに、きついドレスなど着れません!」
クルムとコーデリアのやり取りは、しばらく続いていたが……
「これ以上文句があるのなら、私は行きませんからね!!」
この言葉に、クルムが黙ると渋々だが了承させられていた。
クルムがコーデリアの後ろに立つ、一人の女性を紹介する。
「お二人とも、こちらがコーデリアの世話係として同行する、侍女頭のマリー・フランクだ」
紺色のワンピースに白いエプロン、いわゆるエプロンドレスを纏った女性が頭を下げる。
「ただいま、ご紹介頂きました、侍女頭のマリー・フランクと申します。ロジェ様、レイナルド様、アレフ様。よろしくお願い致します」
キリっとした姿勢の彼女は、黒いメガネを掛け、頭には髪が乱れないように白いキャップを付けている。侍女頭と言っても年齢は若く、ロジェ達と同年代に見えた。
コーデリアとマリーが馬車に乗り込むと、ロジェとレイナルドも馬に跨る。
クルムがロジェとレイナルドに声を掛けた。
「お二人とも、娘の護衛……よろしく頼んだぞ」
「ええ、安心して、ご令嬢のお帰りをお待ち下さい」
レイナルドがクルムに答えると、ロジェも小さく頷き、軽く手を上げる。
コーデリアがクルムに微笑む。
「それではお父様、行ってまいります」
「ああ、気を付けて行ってくるのだぞ……」
クルムはコーデリアに優しく手を振った。
出発する一向を見送りながら、クルムは旅の無事を祈っていた。
(ロジェとの旅が始まる……)
レイナルドも胸の高鳴りを感じていた。
馬車に並走するように、左右に分かれてロジェとレイナルドが馬を走らせる。
通常は馬車を揺らさないようにゆっくりと走るが、アレフが手綱を握る馬車は、ガラガラと車輪を鳴らし、かなり早い速度が出て進んでいた。
二人も周りを警戒しながら、遅れないように並走して馬を走らせる。
「アレフ! 少し早すぎないか?」
こんなに早く……馬車の中は揺れで酷くならないか……
心配したロジェが声を掛けた。
「これくらいなら大丈夫ですよ。この馬車の中は魔法で揺れにくくなっていますから」
そう笑うアレフに、ロジェは馬車の乗った時のことを思い出していた。
俺の時も、揺れは小さかったな……あれはそういうことだったのか……
アレフが二人の顔をチラッチラッと見る、
「ついでに言うと、お二人の乗る馬の鞍には、風よけの魔法が付与されておりますから、スピードを出しても平気なはずですよ」
「そういえば……確かに……あまり風を感じないぞ」
レイナルドが不思議そうに言うと、ロジェはコクリと頷いた。
馬上よりレイナルドがアレフに声を掛ける。
「これからの計画はどうなっているのだ」
「休憩を取りながら、まずは隣国のスピカ領にある一番近い町、エルマに向かいます」
エルマ……確か、魔大陸に渡って、最初の町か……
ふとした疑問をぶつけるロジェ。
「直接トゥルス帝国に向かわないのか?」
アレフは呆れ顔をしている。
「ロジェさん……トゥルス帝国は、中央魔大陸でも奥地になります……いくらマレオン種の馬でも一年近くかかりますよ……」
ロジェは照れ笑いを浮かべる。
「冗談だよ、冗談」
……そんなに遠いのか……よく考えたら、そんな遠くまで行くのは初めてだな……
アレフは話を続ける。
「スピカ国には、トゥルス帝国への魔法ゲートがありますので、それを使います。これから、いくつかの町を経由してスピカに入る予定です」
「エルマなら……このスピードで走れば、明日にでも着くんじゃないのか?」
予想以上の速さで走る馬に、レイナルドは不満そうに話しかける。
アレフがうーんと考え込んだ。
「確かに、そうですが……無理をしないで休みながら進みますので、予定通りに行けばエルマまで二日程ですかね」
「二日か……そうか、分かった」
(あまりに早く旅が終わってしまったら、と心配したが……大丈夫そうだな!!)
レイナルドは手綱を握る手に力を込めると、静かにガッツポーズしていた。
草原の道を馬車がひた走る。
小窓から外を見ていたコーデリアが山のように巨大な物がゆっくりと動いているのを遠方に見つけ興奮していた。
「マリー!! 見て見て、大きな象よ!! 山のよう……凄いわ」
巨大な山が遠方の山間を動いているのが、微かに分かる。
辺りが夕暮れ時を迎えたころ。
馬車が静かに止まる。
「今日はここで一泊しましょう」
アレフが馬車を停車した場所は、街道に面した広い野営場であった。
ロジェとレイナルドも、馬から降りた。
「こんな場所があるんだな……」
ロジェは周り見渡すと、馬を繋いでおける柵があり、雨除けに屋根まで設置してある。
「街道のあちこちに、このような休憩場所があります。魔物の発生も少ないので比較的安全で休むことが出来ますよ。行商人や旅人などで賑わう場合もあるのですが……」
アレフはロジェに話しかけながら周囲をきょろきょろと見ているが、人影は無かった。
「何か面白い話でも聞けれ良かったのですが……誰もいないなら、仕方ないですね」
残念そうな表情を見せるアレフだった。
コーデリアとマリーが馬車から降りて来る。
「師匠!! 途中の動く山を見ましたか? あれは一体、何ですの?」
目を輝かせたコーデリアがロジェに詰め寄る。
アレフは、フフフと笑いながらコーデリアに答えた。
「あれは、遥か遠く、ダビー領の国境付近にいる魔獣アースですね」
首を傾げるコーデリア。
「魔獣アース?」
「はい、魔獣アースは、ハーフダルドの広大な岩山地帯にいます。山のように大きいので、知らない旅人が登ってしまい、急に動いて驚いた……なんて笑い話がありますよ」
「さすが魔大陸ですわ。とんでもない魔物もいるのね……あれ!? 魔獣?……魔物ではないですの?」
不思議そうに聞き返すコーデリア。
「そう、魔獣です。大昔からいる魔物ですが……その伝説的な姿や力から、魔獣と呼ばれています。アースの他にも何体かいますよ」
「……あの巨大な魔獣が襲ってきたりはしないのですか?」
コーデリアは興味津々で楽しそうだ。
「うーん……言い伝えでは、魔獣の怒らせてしまい、町がなくなったなどありますが……今では、魔法で保護されていて、接近自体が禁止されております」
アレフは、子供とは思えないほど、悠長に説明した。
「そうなんですのね。あんなのと、どう戦っていいのか、分かりませんわ……」
顎に手を当て、本気で戦い方を考えるコーデリアだった。
おいおい……我が弟子よ……アレと戦うことを考えているのかよ……
そんなコーデリアを冷めた目で見るロジェは、引きつった笑顔を浮かべた。
「お嬢様、準備が整いましたのでこちらにお入り下さい」
マリーがいつの間にかテントを建てている。テントの中には魔法陣が書かれていた。
コーデリアが魔法陣に入るとスッと姿が消える。
馬を繋いだレイナルドがテントに入って来た。
「これは……魔法ハウスだな」
「はい、そうでございます。旅の間は、こちらがお嬢様のお部屋になりますので、よろしくお願いします」
マリーは深々と頭を下げた。
「お三方も、それぞれ魔法ハウスをお持ちと聞いておりましたので、私共ではご用意しておりませんが……」
「ああ、私は大丈夫だ。ロジェとアレフは平気か?」
二人はレイナルドに頷いた。
「それでは、お食事の準備が出来ましたら、お呼び致します。お食事は是非ご一緒にというのが、お嬢様の願いですから、お願い致します」
ロジェが嬉しそうに答える。
「そう言って貰えると助かるよ」
飯の心配をして、日持ちする食べ物を持ってきていたが、あまり美味しくないからな……安心した……と、ほっとするロジェ。
そんなロジェをレイナルドが見つめる、
「……では、食事中は私が警護に着くので、ロジェはご令嬢と一緒に食事を頂いてくれ。私は後からで良い」
「そうか……何だか悪いな……ありがとうレイナルド」
ロジェはレイナルドが気を使ってくれていると察して、肩をポンと叩く。
「き、気にするな」
レイナルドは足早にコーデリアのテントを出て行った。
レイナルド……案外、良い奴なんだな……
ロジェはテントを出ると、仁王立ちで辺りを警戒するレイナルドを見て、そう思っていた。
一方のレイナルドは……
(
仮面の下で、満面の笑みを浮かべていた。
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