第14話 罪の静寂
ぼんやりとする意識の中、声が聞こえてくる。
「一体、何があったのだ」
(お父様の声だわ……)
「それが……酷いケガをしたレナお嬢様が、馬に乗りお戻りになられました」
(じいやの声も聞こえる……)
手当を受け、ベッドで横になるレナの傍で、父ダニエルと執事のマイクが話をしている。
「今日はピットマン公爵と会う日だったな。どうして、こんなことに……。護衛のザックはどうした」
「ザック様はお戻りになっておりません」
「一体、何があったのだ!!」
行き場の無い怒りから、ダニエルが拳に力を込め、体を震わせた。
その時、ドアが開くと長男のライアンが入ってくる。
「父上!! ピットマン公爵家から使者が来ております」
「……分かった。すぐに行く」
ダニエルは怒りを抑えるように、冷静な顔つきで部屋を後にした。
レナは、意識がハッキリとしない頭でゆっくりと目を開ける。
「お嬢様!!」
マイクがレナに歩み寄っていく。
「マイク。私は……痛っ」
肩の痛みで、自身に起きた現実が思い出される。
「お父様に知らせないと」
レナは痛む肩を抑えて必死に立ち上がった。
「お嬢様、まだ安静にいたしませんと……」
マイクがレナを止めようとするが、
「じいや、お父様に話をしないと……ザック兄様が大変な事に……」
鬼気迫る表情に押され、引き留めることができなかった。
レナは廊下の壁に持たれながらも、必死に父ダニエルのいる広間に向かった。
広間では、ダニエルとライアンを前に、ピットマンの使者が話をしている。
「――そして、レナ様とピットマン公爵の部屋に押し入ったザック殿が、公爵に切りかかり殺害を企てたようです」
「なぜザックが公爵を殺害する必要があるのだ」
「そんな事は分かりません。ですので、その理由を聞くためにも、レナ様を引き渡して頂きたいのです」
「……そのような話を、信じろと?」
「私は、ピットマン公爵家の護衛隊長をしております。隊長である私が、わざわざ使者として、ここに来た意味もお分かりでしょう」
「断れば、力ずくでも連れて行くということか……」
その時、広間のドアが開いた。
「お父様!! その者が言っている事は、偽りです!!」
「おやおや、レナ様。ピットマン公爵がお待ちですよ」
「レナ、目が覚めたか。一体……何があったのだ」
「お父様……」
レナはピットマン公爵家であった事をダニエルとライアンに話した。
「そのような世迷言を……。ダニエル様、レナお嬢様は、気がふれたようですね」
ピットマンの使者は馬鹿にしたような笑みを浮かべている。
怒りに震えるダニエル。
「おい、貴様!! ザックはどうした!!」
「ザック殿……彼は公爵殺害の罪人ですよ。そこのレナさんも同じ罪人ですがね」
「貴様……。私はレナを、ザックを信じる!!」
「そうですか、それは残念ですね」
使者は、おもむろに持っていた袋を放り投げた。
「何をする、貴様!!」
「プレゼントですよ。ピットマン公爵からの」
袋を拾い、中身を見たライアンが驚きの表情で固まると、ダニエルを見て小さく呟いた。
「父上……ザックです」
「何を言っている、何を……」
ダニエルも袋の中を見る。
驚きで声を詰まらせた。
袋の中には、ザックの首から上の頭部が入っていた。
「ザック兄さま……兄さま……そんな……いやーーーー!!!!」
レナは変わり果てたザックを見ると膝を折り、その場で泣き叫んだ。
「レナさん。あなたがおとなしくしていれば、こんな事には、ならなかっただろうに。さあ、一緒に来てもらおうか」
泣き叫ぶレナに手を伸ばすピットマンの使者――が、伸ばして手が吹き飛び、一面に血が広がる。
「あ!?」
自身の手が吹き飛んだ事を理解したと同時に大剣が体を貫いていた。
「何を……する……貴様……」
ピットマンの使者はぐったりとして、動かなくなった。
大剣を握っていたのは、返り血で真っ赤に染まった……まるで血の涙を流す、父ダニエルだった。
その光景を前にして混乱したライアンとレナは、ダニエルに声をかける事が出来なかった。
ダニエルは、声を出せない程震え、ザックの首を抱えて怯えるレナに近寄る。
「レナ……。大変な思いをさせて申し訳なかった。ダメな父を許してくれ」
ダニエルは優しくレナの頭を撫でた。
「ライアン。後は任せるぞ……」
ライアンに頭を下げると、ダニエルは広間から出る扉に歩き出した。
「父上!! 私も一緒に行きます」
ライアンは遠ざかるダニエルに叫ぶ。
「「ならん」」
ダニエルは振り返らず、威圧を感じる程の言葉を放つ。
「お前は、レナと……この家を守るのだ。それが、お前の役目だ!!」
そう言うと、ダニエルは広間から出て行った。
レナは父が出ていく扉を薄れゆく意識の中、呆然としながら眺めていた。
レナが次に目を覚ますと、全てが終わっていた……
「お嬢様、目を覚まされましたか、良かったです。あなたが無事で、なによりです」
レナの横で膝を折り、涙を流す執事のマイク。
「じいや……私は……」
「お嬢様、三日もお眠りでございました。すぐにライアン様を呼んで参ります。お待ちください」
マイクは足早に部屋を後にした。
「私は、一体……」
部屋のドアが開くと、息を切らしたライアンが飛び込んでくる。
「レナ……良かった。具合はどうだ?」
「兄さん……」
ボーっとしていたレナだったが、ライアンを見た事で、ピットマン公爵との一連の事件が頭の中で駆け巡った。
レナは震えが止まらず、自身の肩を抱き、体をすぼめながらも、必死に話し出した。
「兄さん……お父様は……」
ライアンはレナをそっと抱きしめた。
「レナ……父上は……亡くなった」
「そんな……」
レナ抱きしめる腕に力を込めるライアン。
「公爵家に乗り込んだ父上は、守る兵士を退け、ピットマンを成敗した……」
「お父様が……」
「その後……ピットマンを斬った後……父上は自害された。武人として堂々とした最後だったらしい」
「……そうですか……」
「レナ? 大丈夫か?」
ライアンは、妹が泣き叫ぶと思っていたが、静かに冷静な態度に驚きと戸惑いを感じていた。
「ええ、大丈夫です。お兄様」
不思議と体の震えが止まっていたレナは、涙一つも流さずに無表情のまま答えた。
一カ月後
ライアンとレナは、へレスティア王国女王、ティリアスに呼ばれ城で謁見している。
玉座に座るティリアス。
その姿は、凛として威風堂々、見るものに圧倒的なオーラだけでなく神々しささえ感じさせた。
「ライアン・リージアス、レナ・リージアス。この度の件、聞き及んでいる。大変であったな……」
ライアンとレナは、跪いて頭を下げている。
「元大臣であるピットマンの暴挙により、騎士団長ダニエル・リージアス、ザック・リージアスという優秀な人材を亡くした事……国家の損失である」
「そのようなお言葉……感謝致します」
顔を上げたライアンが感謝を述べた。
「今回の件でピットマン家が持つ、公爵の地位は剥奪した。ピットマンの暴挙である事実は承知しているが、当事者であったレナ・リージアスを無罪放免とする訳にもいかない。」
レナも顔を上げると女王の言葉に頷いた。
「はい、分かっております」
「レナ・リージアス。
レナは一旦目を伏せると、動揺することなく、再び女王に向かい顔を上げた。
「……謹んで、お受け致し――」
その時、隣にいたライアンが頭を下げたまま、叫んだ。
「女王陛下!! 意見を述べる事、お許しください」
「よい、申せ」
「父ダニエル、弟ザックは、名誉のため、騎士として武人として死にました。私は、その二人に妹を託されたのです……なにとぞ、ご慈悲を……」
しばしの沈黙が流れる。
「……そうか、分かった。貴殿にまでいなくなられたら、我が国の騎士団に暗い影が落ちるだろう……」
ティリアスは玉座から降りると、二人の前で立ち止まった。
「レナ・リージアス。お前は国外追放とする……」
ティリアス女王の言葉に息を飲むように、周りは静寂に包まれていた。
「……かしこまりました」
静寂の中、レナの声が小さく響いていた。
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