第15話 マスター

 へレスティア王国の南に位置するベリアーノ国。

 この国と王国との関係は、現在良好であるが、その昔は、領地をめぐり度々衝突が起きていた。

 王国側の国境線には、防壁が建てられ、入国、出国には警備兵による審査が行われている。


 レナは出国審査が終わると、国外追放の命に従い、王国側の門からベリアーノ国に向けて歩き出した。


「レナ……」

 歩き出すレナに声を掛けたのは長兄ライアンだった。


「ライアン兄さん」

 うつむくレナをライアンが抱きしめる。

「何もしてやれず……すまない」

「兄さん……兄さんは、私の命を助けてくれました……私なんか……生きていても……」

 口をつぐむレナ。

「必ず、俺がお前を戻してやる。時間が掛かっても必ず……待っていてくれ」

 しかし、悲しみにより、瞳の奥が黒く濁ってしまったレナに言葉は届いていないようだった。


「私のせいで、お父様とザック兄さまが……亡くなってしまいました……」


「お前のせいじゃない!!」


「……ありがとう、兄さん」

 ライアンを寂しそうに微笑むレナ。

 ゆっくりと振り返ると、ベリアーノ国に向けて静かに歩き出した。


 ライアンが叫ぶ。

「必ず、お前を迎えに行く!! 待ってろ!! 必ず行くから!!」

 遠ざかるレナの後ろ姿を見ながら、ライアンは涙を浮かべて見送っていた。



 レナはベリアーノ領に入ってしばらく経ったが、特にあてもなく歩いていた。

(私のせいで、二人はいなくなった……。私が弱いから……私が女だから……私のせいで……)

 暗い瞳のまま、ふらふらと歩くレナの前に突然、一台の馬車が止まる。


「お前さんが、レナ・リージアスかい?」

 馬車から降りてきた老婆がレナに声をかけてきた。


「はい……」

 不意に自分の名を呼ばれたレナだったが、なぜかその老婆の問いに答えしまっていた。


「そうかいあんたが……ところで、あんた、なんて顔をしてるんだい!!」

 老婆はレナの顔を見ると大きな声で怒鳴り、背中を叩いた。


「…………」

 その剣幕に、レナは呆気にとられた。


「あたしは、ヘレン・リード、あんたの両親の昔馴染みだ。今回の事を女王から聞いて、お前を引き取りに来た」

「えっ……父上と母上の……それに女王様から……」

「そうだよ、どうせ行く当てなんかないだろう? 私が面倒を見てやるから一緒に来な!!」

 ヘレンはレナの手を取ると強引に馬車に乗せた。


 ヘレンとレナを乗せた馬車が走り出す。

 戸惑うレナにヘレンが話しかける。


「『世界で一番不幸です』って顔をしてるね」

「…………」


「まぁ、良い。あたしは、中央大陸にある町、グレースで冒険者ギルドのマスターをしている。お前さんが、何をするのも構わないが、当分はそこで生活したら良い」

「どうして……私に構うのですか……」

「言っただろう、お前の両親とは昔からの友人だよ。お前が赤ん坊の頃に会いに行ったこともあるんだよ」

「…………」


「今回の件、色々と聞いているよ……大変だったね」


 ヘレンは優しくレナの手を掴む。

「今は辛いだろう。だけどね、生きていれば良いことだってあるさ。お前さんも、きっと笑える日が戻ってくるよ」


 その言葉にハッとしたレナが、ヘレンの手を強く握り返す。

「そんな日が来るのでしょうか。私に……本当にそんな日が……」

「ああ、来るさ。必ずね」


 その言葉にレナは心が軽くなった気がした――と同時に自然と涙が流れ、声を出して泣いていた。


 泣いているレナを優しくあやすように、ヘレンはポンポンと背中をさすった。

 しばらくして泣き止んだレナは、ここ数週間、きちんと眠れていなかったこともあり、そのまま寝てしまっていた。


 二人を乗せた馬車は南の大陸にあるグレースに向けてひた走る。



 レナが目を覚ますと辺りは真っ暗になっていた。

「おや、起きたかい。ちょうど町に着いたところだよ」


(私は……寝てしまって……この人は確か……ヘレンさん……)


「あの、町に着いたって……」

 不思議そうな顔のレナにヘレンが馬車のドアを開けるとスタスタと降りて行く。


「ようこそレナ、ここがあたしのギルドだよ」

 そう言ってギルドに手を向けるとメイドのように腰を縮めてお辞儀をした。


 レナは呆気に取られながら馬車を降りる。

「ヘレンさん。私はベリアーノ国の国境近くにいましたよね……そんなに、数日間も、寝てしまっていたのですか?」


 ヘレンは驚いているレナに笑いかける。

「数日……? あっはははは、あんたはそんなに寝ちゃいないよ。もっとも夜になるまでは寝ていたがね」

「では、どうやって……こちらは中央大陸なのでは……」

「ふっふふふ。ベリアーノ国からグレースまで馬車で移動したら、数カ月は掛かってしまうよ。でもね、ゲートという移動手段があってね」

「『ゲート』?」

「そう。町と町、祠や神殿なんかを繋いでいて、一瞬で遠くに行ける場所だよ。色々な場所にあるからね、そこを通ってきたんだよ」

「そんな便利な移動があるのですね……知りませんでした」

「お前の知らない事は、まだまだ世界にはたくさんあるよ。少しずつ知っていけば良いさ」


 ヘレンはレナの肩を優しく叩くと、ギルドの中に案内した。

「さあ、とにかく中に入りな」


 扉を開けてギルドに入る二人。

 夜も遅いためか、閑散としている。

 ヘレンは中央カウンターにいる赤髪の背の高い女性に声を掛けた。

「ジェマ、今帰ったよ」

「マスター、おかえりなさい。その方が……レナお嬢様ですか?」


 レナは赤髪の女性にお辞儀をする。

「はい、レナと申します」


 赤髪の女性も丁寧にお辞儀を返した。

「私は、ジェマと申します。よろしくお願いします。レナお嬢様」

「……あの、『お嬢様』はいりませんので……」

「はぁ……そうですか、では、レナさんとお呼びしますね」

 ジェマは硬い表情のレナににっこりと微笑んだ。


 ヘレンが二人の間に割り込む。

「よし、挨拶は終わったね。じゃあジェマ、後は任せたよ」

「はい、マスター」

「レナ、後の事はジェマに頼んであるから、ゆっくり休みな」

 ヘレンは、奥の部屋に歩いていった。


「じゃ、レナさん。帰りましょうか」

 ジェマはレナの手を取るとギルドの外に歩き出した。


「あの……ジェマさん。どこに行くのでしょうか」


「レナさんが住む家の準備が、数日かかるのよ。だから、申し訳けど、数日は私の家で我慢してもらうしかないのよ。ごめんね」


「え……ジェマさんのお宅にですか。ご迷惑を掛けてしまい……こちらこそ、申し訳ありません」


「いいのよ、迷惑じゃないわよ。私は、賑やかな方が好きだから。遠慮しないでくつろいでね」


 優しく微笑むジェマに連れられてレナは申し訳なさそうに小さく呟く。

「……ありがとうございます」


 それから、レナは数カ月、ジェマの家で過ごした。

 特にやることもないレナは、ジェマと一緒にギルドの仕事を手伝うようになっていた。


 動いていた方が、嫌な事を思い出さなくて済むからだ……。


 しかし、あの事件が時折、悪夢として現れ、眠れない夜が続く日もあった。

 そんな夜、レナはいつも、ベッドの上で膝を抱えて泣いていた。

(私が弱いから……私が女だから……みんな……死んでしまった……私のせいで……)


 ある日の夜、家で酒を飲んでいたジェマに付き合うように、酒を飲んだレナが、酔った勢いで、自身の過去と悩み打ち明けた。

 途中から泣き出すレナの話を静かに聞いていたジェマは、話を聞き終えるとレナの頭を優しく撫でた。



 翌朝、レナが起きていつものようにギルドに行く準備をしていると、ジェマが声を掛けてきた。

「レナさん、ちょっと良いかしら……」

 ジェマに呼ばれて外に出るレナ。


「あの、ジェマさん?」

 不思議そうな顔のレナに木剣を手渡すジェマ。


「ジェマさん?」


 ジェマは自身も木剣を構えた。


「レナさん……。あなた、このままじゃ自分に負けてしまうわ」


「何を言っているのですか……ジェマさん……」


 レナの問いかけに無言のまま、ジェマがレナに斬りかかった。

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7(ナナ)を継ぐもの 第二章 ツンデレ剣士と訳あり令嬢の婚約道中 ためぞう @tamezou556

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