7(ナナ)を継ぐもの 第二章 ツンデレ剣士と訳あり令嬢の婚約道中

ためぞう

第1話 あれから三年後

 太陽がサンサンと眩しく照らす台地。


 広い野原を駆け回るゴツゴツとした鱗を持つ、巨大なトカゲを追う者達がいた。


「そっちに行きましたよ」


 大トカゲが、剣を構える人影に体当たりするように突っ込む、が――剣士はジャンプでヒラリと躱す。


 ジャンプで躱した剣士に目掛け、今度は鋭く長い尻尾を振り回す大トカゲ。


「ウォータボール」

 尻尾が剣士を捉えるより前に、白いローブに身を包んだ魔法使いが、水弾を大トカゲ向けて放った。


「ズドーン」

 鈍い音が響く。真横から水弾を受けた大トカゲは、転がるように弾き飛ばされた。


 杖を構えた魔法使いが剣士に向けて叫ぶ。

「ロジェ、今です」


「ナイスだ、ミレーラ」


 剣士ロジェは着地と同時に大トカゲに向けて走り寄ると剣を振り上げた。


 振り上げた剣は大トカゲの胴体を見事なまでに真っ二つに切断した。


 剣士ロジェが魔法使いに向けて、親指を立てグーポーズする。


 魔法使いのミレーラも同じように『グーポーズ』で返すと笑顔で近づくと手を挙げ、ハイタッチをして笑いあった。


 ミレーラは、嬉しそうにはしゃいでいる。

「これで討伐依頼、達成ですね!! やりました!!」


 笑顔が似合う彼女は、以前に兄探しの依頼をしたミレーラだ。

 その出立いでたちは、幼さが残っていた少女時代とは違い、女性らしく美しく成長していた。


「そうだな、よし、クライン城に向かうとするか」


 そう話す剣士ロジェも以前より、表情が柔らかくなった印象だ。

 体つきは一回り大きくなり、ガッシリとした様子が伺える。


「はい、行きましょう」

 笑顔で答えるミレーラ。


「と……その前に」

 ロジェが腰につけた袋に触り、倒れた大トカゲに近づき手を置く。

 大トカゲを囲むようにゆっくり魔法陣が現れると、大トカゲはボゥッと光に包まると消えいく。


 ミレーラは目を丸くして驚いた。

「凄い便利な魔道具が出来ましたね」


 ロジェは嬉しそうに話す。

「本当だな。これのおかげで、討伐した魔物が消失せずにギルドに届けられるからな」


 不思議そうにロジェの顔を覗き込んむミレーラ。


「……最新の魔道具……『魔造袋』高かったんじゃないですか?」


「高い、なんてもんじゃないさ……とてもじゃないが、俺では買えないよ」


「え……どうしたんですか……まさか、盗ん……」


「!? いやいや、盗んでない」


 ミレーラが杖を向け構えた。

「本当ですか? 泥棒はダメですよ!! いくらロジェでも、捕まえないと……」


「盗んでないよ。クルム伯爵から頂いたんだ」


「クルム伯爵から?」


「ああ、そうだ。『あの戦い』をきっかけに色々と良くしてくれるんだよ」


 慌てながら必死に説明するロジェをミレーラが笑う。


「うふふふ、知ってますよ。冗談ですよ、冗談。ご令嬢のコーデリアさんに会いに行くようになったのも、『あの戦い』のおかげですからね」


 苦笑いを浮かべるロジェ。

 ……クライン城のクルム伯爵令嬢コーデリア……彼女の中の悪魔を倒してから三年か……

 ……それにしても……ミレーラの本気か冗談は、分りにくいんだよな……


 ミレーラが懐かしそうな顔で空を見上げる。


「もう、あれから三年ですね……」


「そうだな……」


 ロジェも空を見上げると、ミレーラとの出会いとなった『失踪事件』を思い出していた。


「よし、クライン城に向かおう。きっとコーデリアが待ちくたびれているよ」

「うふふふ、そうですね」


 二人はクライン城に向けて歩き出した。


 クライン城の城門に到着した二人。

 ロジェが慣れた様子で警備兵に手を振ると二人は城へと入って行った。


 城の扉の前で腕を組み、仁王立ちする少女がいる。

「師匠!! ミレーラさん!! 遅いですわ!!」


 ロジェが少女に手を振る。


「すまん、すまん。少し討伐に手間取って、遅くなったよ」


 ミレーラが頭を下げた。

「コーデリアさん、遅くなってごめんなさい」


 ロジェを『師匠』と呼ぶ少女、コーデリアは身長が伸び、三年前とは見違えるように明るく、元気に成長していた。


 大人びた少女が、頬を膨らましてロジェに近づいた。


「お二人で魔物討伐なんて、羨ましいですわ。いつになったら、私も連れて行って貰えるのかしら!!」


 ロジェは困った顔をしながら、


「コーデリアは『伯爵令嬢』だぞ。何かあったら俺が君の父上に八つ裂きにされてしまうよ」


 コーデリアはズイズイとロジェに詰め寄った。

「大丈夫ですわ。そうならないように師匠が助けてくれたら良いんですから」


 ……武術を教えたせいか……とんだ、じゃじゃ馬娘に育ってしまったな……


 ロジェは呆れた顔でコーデリアを見ると、深い溜息をついた。


「それくらいにしておきなさい」

 扉が開き、そうコーデリアに声を掛けたのは、魔大陸と言われている魔族領と、人間が多く住む中央大陸の境目にある、ヴァルドネル国の辺境伯、クルム伯爵だった。


 コーデリアは、口を紡ぐ。

「お父様……」


 クルムはロジェとミレーラにも声を掛ける。

「いつも、わざわざ城に来てもらって、すまないな」


 ミレーラが深々と頭を下げた。

「いえ、こちらこそ遅くなってしまい、申し訳ございません」


「いやいや、娘の為に無理をお願いしているのは、私だからな」

 クルムはコーデリアの肩に手を置いて笑いかけるが、コーデリアは苦笑いを浮かべていた。


「そうだ、ロジェ殿、折り入って相談したい事があるのだが、時間を貰えるかな?」


 ……伯爵からの相談か……面倒事な気がするが……何かと良くしてくれているからな……


「ええ、構いませんが……」

 ロジェは疑いながらも、渋々返事を返した。


「それでは後ほど」

 クルムはそう言うと、城の中に戻って行った。


「じゃあ、コーデリア様、いつも通りに行きましょう」

 ミレーラはコーデリアの手を掴むと、城の中へと歩き出す。


「師匠!! また後でねー」

 手を引かれて歩く少女がロジェに笑顔で手を振っていた。


 ……気が進まないが、クルム伯爵の相談を聞きに行くか……

 ロジェはクルム伯爵のいる部屋へと向かった。


 コン、コン、コン


「伯爵。よろしいか?」

「ああ、入ってくれ」

 ノックの音を聞いたクルムがロジェを部屋に入れ、机の前に座らせた。


「先ほどはすまない、いつも娘が面倒をかけるな……」

 クルムは呆れ顔だ。


 眉間みけんしわを寄せて話し出すクルム。

「それで、相談というのも……コーデリアの事なんだが……」


「あの事件から三年が経ち、ロジェ殿のお陰で病弱だった娘も元気に……むしろに、くらいになった」


 ロジェはバツが悪そうな顔をしている。


「それでだ……実は……コーデリアに婚約の話しが出ているんのだ……」


 ロジェは驚いて目を見開いた。

「婚約!?」


「そうだ……コーデリアも十歳になるからな。婚約の話しが出てもおかしくないのだ。婚約と言っても、結婚は数年先の話になるがな」


 『婚約』か……国同士の繋がりや政治的な目的があるからな……


 ロジェは静かに頷くとクルムに言葉を返す。


「……そうですか、それで、相談とは?」


「婚約者から、顔合わせとして城に招待されているのだが……その護衛をお願いしたいのだ」


「護衛ですか……城の騎士団ではダメなんですか?」


「ああ……大人数で向かう訳には行かないのだ……」


「それは……どうしてですか……」


 暫しの沈黙が流れる。


「その……婚約者の国というのが、魔大陸の戦闘国家、トゥルス帝国なのだ……騎士団などで出向き、難癖を付けられたら戦争になりかねない……」


 ロジェが顔をしかめると苦笑いを浮かべる。

「それは……また、大変な国と……」


「それで、少数精鋭での護衛が絶対条件になるのだ……そこで、ぜひ、ロジェ殿にお願いしたいと思ってな……」


 ロジェの表情は曇っていった。


 ……トゥルス帝国……魔大陸でも魔王が住む城に近い国だ……魔大陸中央奥地……出来れば、関わりたくないところだな……


「……考えさせて下さい」


「……そうか……よろしく頼む」

 クルムはロジェの手を強く握った。


 コーデリアのためとは言え……何とか断れないか……


 ロジェはなるべく顔に出さないようにしていたが、心の中では引きつった表情をしていた。



 コーデリアとミレーラは、普段は騎士たちが使っている稽古場にいた。


 目を閉じて座るコーデリアに、ミレーラの手から光が注がれる。

 コーデリアの体は光に包まれていった。


 稽古場にロジェが入ってくると、困惑した表情でコーデリアを眺めた。


 ……あのが婚約か……



 体を覆っていた光が消えていく。


「今日はこれでおしまいです」

 ミレーラはコーデリアに笑い掛けた。


「コーデリアさんの中にある悪魔を抑えていた魔力も、だいぶ安定していますね。これなら、もう私は必要ないかもしれませんね」


 コーデリアが目を開ける。

「えっーーー。ミレーラさんとお会いできなくなるのは寂しいですわ……。きっと師匠もご一緒できなくて寂しくなると思いますから、これからも会いに来て下さい」


 ミレーラは驚くと、ほんの少し顔を赤らめる。

「ロジェは関係ないですよ……でも、そうですね、私も寂しくなりますから、もう少し続けましょう」


「やったぁー」

 コーデリアはミレーラの手を掴むとブンブンと上下に振り、喜んでいた。


 ふと、ロジェが見ていることに気づくと、

「ミレーラさん、ありがとうございました。これからも師匠と一緒にお願いします」

 そう言いながらミレーラにウィンクをするコーデリアが、ロジェへと駆け寄った。


「師匠!! お待ちしておりました。早速、稽古をお願い致しますわ」

 コーデリアは手を合わせ、ロジェに頭を下げた。


 ……婚約話しが出ている令嬢に、武術を教えて……大丈夫か……


「ああ……やるか、コーデリア」


 ロジェは言葉と裏腹に、頭を悩ませるのであった。






ウォータボール=水魔法 初級……水弾を対象に向け放つ

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