第2話 ロジェの悩み

 クライン城 

 鍛錬室


 コーデリアとロジェが組み手を行っている。


 ロジェはコーデリアの蹴りを右手で防御すると突きを放つ。


 両手で攻撃を防ぐコーデリア。


 コーデリアが再び攻撃を放ち、ロジェが防ぐ。


 順番に攻撃と防御を繰り返しながら、ゆっくりとした攻防は徐々に速度が早くなってくる。


 バシバシと激しい音を立て、二人の攻防は、通常の戦いと遜色ない速度に変わっていった。



「よし、休憩にしよう」

 ロジェがコーデリアの拳を受け止める。

 ……この三年で、だいぶ体内のオーラを調整できるようになったな……


「だいぶオーラの動きがスムーズになったな。流石だよ、コーデリア」


 ロジェの言葉にコーデリアは不満気な表情を浮かべた。

「師匠……三年たってこの程度ですわ……まだまだです」


 ガッカリした表情を見せる少女の頭を、ポンポンと叩くロジェ。

「そんなことないさ。三年で技も使えるようになっているし……大したものだよ」


「技だって、早く全部使えるようになりたいですわ。早く続きをお願いします」

 コーデリアは令嬢のお稽古事より、武術の鍛錬が好きで、早く強くなりたいと思っていた。


「休憩も大切な鍛錬だぞ」


「ふぅ…………」

 コーデリアは黙って椅子に座り休憩を取った。


 コーデリアにミレーラが近寄り、水を渡す。

「コーデリアさん、凄く強くなりましたね。その……オーラ? 力強さを感じます」


 ロジェは汗を拭きながら、二人に近づくと拳に力を込め、ミレーラの前に光る手を差し出す。

「オーラは誰にでもある生命力みたいなものなんだが、こんな風に、意識して制御することで強い力を発揮することが出来るんだ……コーデリアは才能があるよ」


 不満気の表情だったコーデリアがロジェの言葉でうつむき、照れくさそうにしている。


 ロジェはコーデリアに笑いかけた。

「無双流の技は、才能が無ければ十年立っても一つも使えない……三年でいくつも技が使えるのは才能がある証拠だぞ」


 俯いていたコーデリアが顔を上げる。

「でも……師匠のようなキレや威力……速さには、とても遠く及びません」


 腕を組み、困った表情のロジェ。


「まぁ……日々の鍛錬が大切だよ。こればかりは一朝一夕にはならないからな」


 ミレーラは両手を握ると、

「コーデリアさん、日々、鍛錬です!!」

 そう言って笑いかけた。


「……そうですわね。日々の鍛錬!! 頑張りますわ」

 コーデリアは力強く返事をした。


 ロジェが話しにくそうに切り出す。

「ところで……コーデリア。その……婚約の話しなんだが……」


 コーデリアは思いがけない言葉に驚く。

「まぁ、師匠、何処でその事を…………お父様から聞いたのですね?」


「ああ、実は護衛を頼まれてね……それで、その……良いのか?」


「何がですの? 婚約の事ですか?」

「ああ、そうだ……嫌じゃないのか、とね……」


「…………」

 コーデリアは、考えるように黙っていたが、

「……そうですわね。婚約と言っても、私は相手を見て決めますわ。良い人でなければ断るだけです。それに……」


「それに……?」


 コーデリアは、屈託のない笑顔をロジェに向けた。

「師匠が居てくれるなら、楽しい旅になりそうです」


 ロジェは、苦笑いを浮かべた。

 ……やれやれ、これは、護衛を断るわけには行かなくなったな……


「それでは稽古の続きをしますわよ。師匠」

「ああ、分かったよ」

 ロジェとコーデリアは立ち上がると、稽古を再開した。




 城のエントランス


 ロジェとミレーラがクルムと話している。


「伯爵、コーデリアの護衛の件だが、受ける事にするよ」


 ほっとした表情のクルム。

「そうか、ロジェ殿。そう言ってくれると思っていた。それでだ……コーデリアの侍女が世話役として同行するが、他にも護衛を雇いたいのだが……もう一人誰かいないだろうか?」


 ……あと一人か……

「ミレーラは行けないのか?」

 ロジェがミレーラに目をやる。


 ミレーラは残念そうな顔をしている。

「ごめんなさい。一緒に行きたいのですが、光聖教会の仕事があるので……」


「そうだよな……。伯爵、誰か他の人を探して見るよ」


「よろしく頼む」

 クルムはロジェの手を強く握った。


 ……うーん……誰が良いだろうか……知り合いが少ないからな……俺……

 頭を悩ませながら、ロジェは城を後にした。




 冒険者ギルド


 相変わらずガヤガヤとうるさいが、活気が溢れていた。


 カウンターにいる女性にミレーラが話しかけた。

「ジェマさん。今回の討伐依頼を達成しましたよ」


「ミレーラちゃん、おかえり。今回も順調だったわね」

 そう答える冒険者ギルド、受付案内係のジェマは、三年前と変わらずに凛として美しい笑顔を見せた。


 ロジェがカウンター脇の通路から戻って来る。

「討伐した大トカゲは、奥の解体場に置いてきたから……」


 ジェマは不思議そうにロジェに声を掛ける。

「ロジェもご苦労様……あれ、何か元気ないわね」


「実は……」

 ミレーラがクルムからの依頼をジェマに説明した。


 ジェマもまた頭を捻り考えている。

「なるほどねー、魔大陸の奥に行くとなると、それなりに強くないとね……誰かいないかしら……」



「ミレーラ」

 ギルドに入って来た男が声を掛ける。


「兄さん!? どうしたの?」

 声を掛けたのは、兄テオドルだった。


「近くを通ったから、一緒に帰ろうと寄ったんだ……。あっ、じぇ、ジェマさん、こ、こ、こんばんは」

 テオドルはジェマに頭を下げた。 


 ジェマは笑顔を返す。

「テオドルさん、こんばんは……。光聖教会に帰って来ていたの?」


「はい!! 先ほど、町に戻って来ました!!」


「テオドルさんは、確かエクソシストでしたよね。取りついた悪霊なんかを払う……私、霊とか苦手だから、何かあったらお願いしますね」

 ジェマのお願いは、冗談とも本気ともとれる。


 顔を赤らめるテオドル。

「はい、任せて下さい!! その……今日も……お元気そうで……何よりです。はい!」


 ジェマはさらに笑顔をいた。

「テオドルさんも、お元気そうですね」



「はい、ありがとうございます……では、私たちはこれで……帰るぞ、ミレーラ」

 テオドルがさらに顔を赤らめると、ミレーラの手を引いて歩き出す。


「あっ、はい。では皆さん、またお会いしましょう。ロジェ、旅の無事を祈っていますよ。お気をつけて」

 慌てたミレーラが、後ろ髪を引かれるように挨拶をすると、ギルドを後にした。


 一人になったロジェは、カウンターの席に座る。

「なぁジェマさん、コーデリアの婚約話……どう思う? 俺は男だから……よく分からなくて……」


 ジェマは難しい表情をしながら、

「そうね……本人が納得しているなら、周りがどうこう言う問題じゃないわね」


 ロジェが呟き下を向く。

「まだ……コーデリアは10歳なんだ」


 下を向いているロジェの頭をパカッと叩くジェマ。


「そんなに心配なら、あなたが自分の目で相手を見てきたら良いんじゃない? その上で本人に聞いてみたら?」


「コーデリアも『相手を見て決める』って言っていたよ……」

 ロジェは、ふぅーと軽く溜息を付いた。


「だったら尚更、あのの力になってあげなさいよ。『師匠』なんだから」

 そう言って、ジェマはまた、ロジェの頭をパカッと叩いた。


「確かに、そうだな……」

 頭を抑えるロジェの目からは、迷いが消えていた。

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