第3話 女剣士

 ギルドのカウンターで食事を始めるロジェ。


 近くにいるジェマに護衛の相談をしていた。


「ジェマさん……コーデリアの護衛の件……誰かいないか?」


「そうねぇ……トゥルス帝国は、中央魔大陸でも魔王城の近くにある国よ……いくら平和な世の中だといっても、危険が無いわけではないから、そこそこ強くないと……ランクA級以上が妥当ね……」


 ロジェは眉間みけんしわを寄せている。

 ……A級以上か……知り合い……少ないからな……俺……一人クエスト専門だし……


「……そうだ、Sランクのガランは!! あいつなら喜んで受けてくれるんじゃないか?」


 ジェマは呆れ顔だ。

「……のガランね……あいつ……『強い野郎に会いに行く』って言って一ヶ月前に出てったきりよ……当分の間は戻って来ないわね……」


「そうか……誰かいないか、他に……あっ!? 『天才兄妹』は? ゴブリン退治の時の」


 ジェマは何も知らないロジェに、さらに呆れた顔をしている。

「ふぅー……あの兄妹は今年から、魔法学校に入ったのよ。この国にいないわよ……激励会もしたのよ……あなたは居なかったけど……」


「そうか……」

 ロジェは腕を組み、下を向いたり、横を向いたり、必死に考えていた。


「あなた……仲間がいないわよね……」

 ジェマは悩むロジェを見て、ボソッと呟いた。



「そこにいるのは、ボッチじゃないか」


 声を掛けて来たのは、三年前のゴブリン討伐の時に共闘してから、何かと突っかかってくる女剣士レイナルドだった。

 レイナルドは重厚な鎧を身に着け、さらに甲冑メットをフルフェイスタイプの物に替え、より防御力に磨きを掛けている。


「ああ、レイナルド」

 ……こいつは、俺の事を嫌っているからな……


 レイナルドがロジェに詰め寄ってくる。


「貴様、最近は賢者の仲間とパーティを組む事があるらしいじゃないか。一人クエスト専門だったお前が、もしや……『ボッチ』を卒業するつもりなのか?」


 ロジェはわずらわしそうに答えた。

「……いや、基本は一人クエスト専門だ……あれは、パーティを組むというより、引率みたいなものだから……」


「何だ、そうなのか……弱い冒険者のお守か……そうか、そうなのか……」


 ロジェはムッとした。

 ……何なんだ、こいつは……


 レイナルドはロジェを見て、小刻みに震えていた。

(賢者は女性と聞いていたが……彼女では無かったのか……弱い冒険者を助けているのか……さすがロジェ……優しい男だ……)


「まあ、もし貴様がパーティを組みたい依頼があったら、私が組んでやっても良いぞ。貴様のような弱い奴でも、私がいればAやSクラスの依頼も達成できるからな」


 レイナルドは偉そうにふんぞり返って見せた。


「どうしても、と言うなら、私がにでも手を貸してやっても良いぞ……何かあったら頼ってみろよ。ふん」


 ロジェは唖然あぜんとして聞いていたが、ピカッと閃いたように話し出す。


「その……レイナルド。実はちょうど、頼みたい事があるんだ……」


「はっ!? なんだ……(頼みだと……ロジェが私に、頼みだと……)」

 レイナルドの表情は、兜で隠れて見えないが、顔を赤らめていた。


「魔大陸のトゥルス帝国まで、ある要人の護衛をするために人手がほしいんだ……」



「…………」

 レイナルドは何も答えずにいた。

(これは……ロジェと二人っきりになれるというのか……うわぁぁぁぁぁぁ)


 ロジェはレイナルドから返事がないことを

 ……唐突の話で、怒らせてしまったか? ……だが……S級なら心強い……

 と心の中で考えている。


 ロジェは険しい顔で話を続ける。

「トゥルス帝国を往復するのに、おそらく二、三カ月は掛かると思うが……どうだろう……無理にとは言わないのだが……」


(二、三カ月も……旅行……もしや旅行なのか……ロジェと旅行……無理ぃぃぃぃぃ!! 恥ずかしすぎるぅぅぅぅぅ!!)

 レイナルドの思考は停止していた。


「貴様と……魔大陸まで護衛の仕事だと……断る。ふざけるな!!」

 レイナルドは思考が停止した中、平然とした態度で答えた。


 ロジェは申し訳なさそうに頭を下げた。

「……そうだよな……。変な事を言ってすまない……。忘れてくれ」


 ……こいつ、プライドが高そうだし……俺の持ってきた依頼なんて、受けるわけないよな……

 がっかりして、肩を落とすロジェ。



「…………」

 レイナルドは黙ってロジェを見下ろしいた。


(つい、断ってしまった……どうしよう……旅行なんて、恥ずかしいけど……一緒にいられるチャンス……でも……無理ぃぃぃぃぃ!!)

 再びレイナルドの思考は停止していた。



 肩を落としたロジェがジェマに声を掛ける。

「ジェマさん、今日は帰るよ。明日、また探すことにするけど、他に推薦出来るような冒険者がいたら教えて欲しい……」



 レイナルドは微動だにせず。

(断っていまった……よし、次に誘われたらOKしよう……ロジェ、諦めるな。もう一度、私を……私を旅行に誘うのだ!!)


 ジェマが小さく手を振った。

「分かったわ。みんなに声を掛けてみるわね」



 レイナルドはロジェをジッと見ている。

(ほら、早く、私を誘え……もう一度だ……諦めるな…… ロジェ!! さあ……。この臆病者!! 勇気を出して、もう一度、私を誘えぇぇぇぇ!!)



「よろしく頼む」


 ロジェはジェマに軽く手を振ると歩き出した。

 ……レイナルド、相当怒ってるな……そんなににらまなくても……



「まてぇ!!」


 ロジェはレイナルドの声に驚き、振り返った。


 ロジェは申し訳なさそうに話した。

「ああ……すまないレイナルド。別に悪気わるぎがあったわけでは無いんだ……」


 レイナルドがロジェの前に仁王立ちしている。


(思わず……呼び止めてしまった……どうしよう……このチャンスを逃すわけには……)

 レイナルドの思考が、ものすごい速さで動き出すと、言い方を考えだす。


「さ、先ほどの件……依頼の……依頼料によっては、受けてやっても良いぞ……」


 肩を落としていたロジェは、思いがけない言葉に喜んでいる。

「えっ、本当か? 依頼料は大丈夫だと思うぞ。そうか、本当に助かった。Sランク冒険者が一緒だと心強い」


 そんな中、

(心強いだと……ロジェに頼りにされている……)

 レイナルドの頭からは、湯気が立ち上っていた。


「貴様……勘違いするなよ。依頼料の為に助けてやるのだからな!! 仕事だから仕方なくだ!! 決して貴様のためでは無いのだからな!!」


「ああ、分かってるさ、ありがとう。それじゃあ、明日雇い主に話してくる。また今日と同じ時間にここで会おう」


「……ああ、良いだろう」

(時間指定だと!! デートか……これはデートなのか!!) 


 そう言うとレイナルドは足早にギルドから出ていった。



 ロジェがジェマに声を掛ける。

「……そういう事だから、さっきの件は大丈夫になったよ」


「……そうね……どういう風の吹き回しかしら……まぁ、とにかく良かったわね」


「ああ、そうだな」


 ……睨んでいたのに……急にどうしたんだ……あいつ……よっぽど金に困っていたのか……

 ロジェは不思議そうに、レイナルドが出ていったドアを眺めていた。




 レイナルドはギルドから出ると、スキップをしながら家路に向かった。


(明日はデート、デート。ロジェとデート……ヤバい……嬉しくて眠れない……きゃぁぁぁぁぁぁ!!)


 レイナルドの仮面の下は、満面の笑みであった。 

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