切り札は俺にしか見えないっ! ~異世界でも日本でもチートなカードで万事解決~
柚月 雪芳
第1話 イマジナリーカード
目が覚めると薄暗い部屋の中だった。
自室で寝ていたはずなのにアーチ型の天井とかまるで見覚えがないんですがね。
ならばアレを言わねばなるまい。
「知らない天井だ」
気恥ずかしさもあって呟いたつもりだったが声はそれなりに響いた。
壁も天井も石材が使われているからだろうか。
空気はひんやりしていて湿っぽい。
「地下なのか?」
その問いに答える者は誰もいない。
一人暮らしのアラサー会社員の俺が自宅で誰に話しかけるのかって自分にツッコミを入れそうになって自嘲した。
「ハハッ、自宅じゃなかったな」
現実を受け入れきれていない証拠だ。
「横を見れば鉄格子、か」
どう見たって牢屋だよな。
理解不能な環境に放り込まれたようだが夢を見ている訳でも寝ぼけている訳でもない。
もちろん記憶を失ったりもしていない。
自分が誰かもちゃんと思い出せる。
名前は能登珂伊、年齢は31才の中堅企業で勤めている平リーマンだ。
会社はホワイトでもブラックでもないといったところか。
残業はそれなりにあるが過労死するほどではないしサビ残にもならない。
今年から異動してきた上司は俺専用モンスターだけどな。
まあ、各種ハラスメントと横領の証拠はそろっているので奴がいなくなるのも時間の問題だ。
「まさか奴がそれを察知して俺を拉致監禁したのか?」
あり得ないだろう。
パワハラの証拠を集めるのにカメラやボイスレコーダーなどは使っていない。
俺は誰にも悟られぬ方法で証拠をそろえることができるのだ。
現に学生時代のイジメも同じ方法で解決してきたけど最後までバレなかったし。
「アレは酷かったよなぁ」
切っ掛けは小学生の頃に関西から転校してきたことだった。
当時は関西弁が抜けきらず、それだけが理由でイジメが始まったのだ。
次第にエスカレートして中学に上がる頃には殴る蹴るは挨拶代わり。
金品の要求も当然のごとく行われるようになっていた。
監禁された小屋に放火されたこともあるほどだ。
そういう数々のピンチも物心ついた頃には得ていた特殊能力のお陰で乗り越えてきた。
もちろんイジメ関係者たちには報いを受けさせたさ。
主犯以外は中学卒業前に数々の証拠を受験した高校に送って浪人してもらっただけだがね。
たったそれだけで浪人した全員が引きこもりになって未だに社会に出られずにいるというからお笑い種だ。
何年もイジメを続けてきた粘り強さは何処に行った?
慰謝料を請求されなかっただけ有り難いと思ってほしいね。
当時はそういう知識がなかったから請求しなかっただけなんだが。
だけど、あの頃の経験があったからこそ特殊能力に磨きを掛けたので損をしたとは思っていない。
お陰で高校時代のイジメも余裕で乗り切れたし大学時代は詐欺被害にあわずに済んだ。
俺専用モンスター上司の件も帰ったら次の段階へと移行するつもりである。
「そのためには、まず何が起きたか把握しないとな」
俺は脳裏にカードを展開させた。
妄想などではなく本当にTCGのようなカードが俺の中に存在するのだ。
これらの見えないカードを使用すると魔法のように書かれたことが実現する。
カードは想像することで作り出されるため無くなることはないし、想像力しだいで改良も新たに創造することも可能。
故に俺はイマジナリーカードと呼称している。
使えるようになった当初は単に切り札とか呼んでいたけどな。
小学生の語彙力じゃ、そんなもんだろう。
どうして使えるのかとか、どういう原理かとかは俺にもわからない。
わかるのはイマジナリーカードの使い方だけ。
「まずは【監視カメラ】のカードだな」
俺の脳裏に同一のカードが何枚も浮かび上がった。
上部のイラスト欄には街中で見かけるような防犯カメラが描かれている。
テキスト欄は効果や使用方法などが書かれているんだけど何度も使っているので読み込んだりはしない。
このカードは指定した位置で指定した対象を四六時中撮影し続けるものだ。
カメラの存在は誰にも察知されないので防犯カメラとしては最強と言っていいだろう。
カードの半分は半透明になっているが、これは使用中ということだ。
透けていないカードを同じ条件で使用開始すると半透明になったカードが追加された。
それから先に半透明だった方を停止させる。
録画していたデータが保持されているので、まだ収納はしない。
続いて【データコピー】のカードを呼び出して使用。
これはイマジナリーカードで集めたデータを任意の媒体に記録するカードだ。
まずは【監視カメラ】のデータを吸い上げる。
更に【なんでも収納】カードを引き出した。
名前から想像がつくと思うが、某猫型ロボットが腹部に装着したポケットと似たような代物だ。
こちらは何もない空間に出し入れするんだけどな。
一応、俺には穴が見えているけど何処につながっているのかとかは知らん。
とにかく俺は【なんでも収納】カードで設定した謎空間からノートパソコンを引っ張り出して吸い出したデータを転送した。
パソコンを起動させていなくてもデータを記録してくれるから便利だ。
しかも、フルのデータだけでなく1時間ごとに分割したものを同時になんて芸当も可能。
これが一瞬で完了するからありがたい。
さっそく再生するためにパソコンを立ち上げる。
全データの方は昨日1日の出来事がまるまる記録されているのでスルー。
用があるのは俺が就寝してからだから分割した連番ファイルの後ろの方のやつだ。
「たぶん、このファイルでいいだろ」
勘で選んだ連番ファイルを再生する。
ウィンドウには使ったカメラの数だけ分割された画面が映し出された。
分割画面のひとつに就寝中の俺が映っている。
適当にスキップさせながら再生していく。
「これじゃなかったか」
次のファイルを再生したが、これも違った。
その次もハズレ。
「明け方頃とか言わないでくれよ」
そんな時間帯なら何かあれば目を覚ましていたと思うのだが。
いや、このところ残業続きで寝不足だったからそうとは言い切れないかもしれない。
なんにせよ順番にファイルを開いて見ていく。
「おっと」
深夜2時過ぎのファイルで変化があった。
適当にスキップさせていたが場面がいきなり変わったのだ。
何が起きたのかを確認すべく変化の起きる前まで巻き戻した。
「このくらいかな」
倍速で再生して見ていくと寝室がいきなり謎の発光現象に包まれた。
それは一瞬のことだったが部屋全体を白く染め上げるほどの光だった。
明らかに部屋のライトではない光だ。
よく目が覚めなかったな、俺。
よほど疲れていたらしい。
「は? 何これ」
そして光よりも謎の現象。
「何処だよ、ここは」
俺の部屋ではない何処か。
なんか広い場所なのはわかるけど見覚えはないし、何人か人がいる。
壁は石材で天井が高い。
なんだか儀式でも行われそうな空間だがベッドで寝ている俺が場違いな空気を発していた。
「え、どういうこと? ドッキリ?」
素人相手にそんなことをする番組はなかったはずだが。
いやいや、そうじゃない。
一瞬で見覚えのない場所に移動したのは明らかにおかしい。
世界一のマジシャンでもこんな瞬間移動トリックは実現させられないだろう。
ということは答えはひとつ。
「異世界召喚かよ」
アニメやラノベの中で当たり前のように扱われている出来事が現実に?
悪い冗談だ。
いや、イマジナリーカードを使える俺が言うのも変だとは思うけどさ。
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