第2話 勇者じゃないそうですが何か?
流しっぱなしの動画の中では慌ただしく人が動いている。
1人だけ疲れ切った様子で杖にすがりつくようにして膝をついているお姉さんがいるけど。
「そういや、召喚されたのは牢屋じゃないんだよな」
何処をどうすればベッドごとこんな場所に放り込まれることになるのか確かめねばなるまい。
事情が分からないことには動きようがないからなぁ。
まあ、真っ当な事情ではないんだろうけど。
動画を辛抱強く見ていると身なりだけは良い脂ギッシュで脂肪の塊のようなオッサンが現れた。
宝冠を被っているところを見ると王族らしいな。
顔を真っ赤にさせて怒っているんだけど威厳は微塵も感じられない。
ただヒステリックなだけだ。
おっと、なに言ってるかわかんねえ。
こういう時はイマジナリーカードの出番だ。
確か予備を何枚かキープしていたはず。
出でよ! 【通訳いらず】カード。
え? ネーミングがダサい?
俺だってベストだとは思っちゃいないが思いつかなかったんだからしょうがないだろ。
とにかく、このカードは名前の通りの効果を発揮する。
未習得の言語での会話と筆記を母国語レベルにしてくれる便利な代物だ。
さっそく起動させる。
さーて、この脂肪キングは何を言ってるのかな?
『また勇者ではなかっただとっ!?』
何やら厨二病くさい台詞を吐き出しているんですけど。
どうやら異世界召喚されたのは俺が初めてではないようだ。
『今度こそ勇者を召喚してみせるのではなかったのかっ!?』
室内で右往左往していた人たちが平伏して許しを請うている。
『奴隷にして戦争で使う計画が台無しではないかっ!』
人が寝ているからって暴露してくれてありがとう。
『またしても延期とは忌々しい』
戦争を回避できたのであれば幸いだね。
もし勇者として認定されていたら最前線に送られていたんだろうし。
勇者というくらいだからチート能力があって簡単には死なないんだろうけど、それだけに地獄を見続けることになったのではないだろうか。
考えれば考えるほど憂鬱な気分に覆われていくようだ。
勇者だの英雄だの俺の性に合わないっての。
どうせなら自分の意思で魔物を倒して稼ぐスローライフならぬスロー冒険者なんてやってみたくはあるけどね。
あと異世界貿易なんかも夢がある。
それよりも気になるのは俺のことをどうやって勇者じゃないと見極めたんだろうな。
動画を見た限りでは特別なことをしていたようには見えないがスキルや魔法で見分ける方法がありそうだ。
ゲームやラノベとかを基準に考えると鑑定のスキルなんかが最有力候補である。
俺も似たようなことができるカードは持ってるぞ。
いま使っても意味ないけどさ。
『忌々しい猿めっ』
猿って俺のことか?
俺の方を見て吐き捨てているから、そうなんだろう。
「悪かったな、豚野郎」
その後はあまり情報が得られなかった。
俺が目を覚まして騒ぐと面倒だからって理由でベッドごと地下牢に運ばれてしまったからだ。
ひとつだけ重要な情報があったな。
このままだと俺は次の勇者召喚のための生け贄にされてしまうらしい。
脂肪キングの口が軽くて助かったよ。
「とにかく脱獄しないとなぁ」
ここから脱出しても再び召喚されては元の木阿弥だ。
もし召喚されやすい要因が俺にあるのなら2回目が無いとは言えないだろうし。
二度と勇者召喚ができないようにするか。
ただ、バレないようにやらないと脂肪キングの恨みを買いそうだ。
ここが日本だったら奴を拉致監禁で逮捕してもらうだけで済むけど生憎と異世界じゃ警察も来られないもんな。
それ以前に管轄外か。
日本の法律だって適用されないだろう。
「他の手を考えるしかあるまい」
生け贄予定の俺が逃げれば召喚ができなくなるかとも思ったけど代わりの生け贄が用意されるだけだろうしなぁ。
ということは俺の召喚時にも生け贄がいたってことか。
犠牲になった人の冥福を祈るばかりである。
「召喚できる人材を連れ去るとか、どうだろうな?」
お姉さんだけが疲労困憊だったことを考えると、この召喚儀式は誰でもできるものではないはずだ。
だが、まあ現実的な案ではないか。
「そもそも何処にいるのかすら知らんし」
そうなると脂肪キングを消すか?
俺を殺そうとする相手に遠慮はいらないよな。
ここは法治国家の日本じゃないし。
日本でだって相手しだいで厳しい対応はしたことがあるんだけど。
拉致監禁から放火のコンボを決められた時は相応の復習をした
有り体に言えばイマジナリーカードを使って二度とイジメができないようにした。
使ったのは【猛禽の狩り】というカード。
視野範囲内にある指定したものを収奪するものだ。
何でもかんでもって訳ではないけどね。
命なんかはその典型例だ。
が、記憶であれば部分的にではあるが奪える。
だから【猛禽の狩り】カードを何枚も使って数年分の学習内容を奪ってやった。
反省するなら元に戻しても良かったんだけど俺を殺しても事故で済ませようとしていたのでカードを破棄。
奪った記憶もカードもろとも永遠に消え去った。
新たにカードを創造することはできるが、まっさらな状態だし消したものを戻すこともできない。
元よりそんな真似をするつもりもなかったけどね。
奴が勉強し直せば済むだけの話だったし。
もっとも勉強することにストレスを感じてイジメを続けていたような奴にそんな気力があるはずもない。
結果、イジメ首謀者の1人であった奴は登校拒否から引きこもりになった。
いまも社会復帰できていないと聞いたことがある。
いじめる側ってのは精神的な苦痛に慣れていないから脆いものだよな。
「とはいえ、これは使えないなぁ」
脂肪キングの記憶を多少奪ったところで折れたりはしないだろう。
欲望の塊みたいな奴だったから手持ちの【猛禽の狩り】で奴の欲を上回るほど記憶を奪えるとは思えないもんなぁ。
そこまでカードを増やすのに何日かかることやら。
その前に生け贄にされるのがオチだ。
だいたい奴が視野範囲にいない。
他のカードとコンボで使えばできなくはないけど、そこまでの手間をかけても成果が得られるか微妙だし。
「他の手か」
二度と勇者召喚できなくする方法があればいいんだけどな。
手っ取り早いのは脂肪キングがこの世から消え去ることだろう。
同じような考えを持つ者が後継者にいると厄介だけど。
殺すのは短絡的だ。
奴が呆気なく死んでは生け贄にされた人たちの無念も晴れないかもしれないし。
どうせなら生き地獄を見てもらわないとね。
「うん、見つけたな」
事前に使っていたカードで脂肪キングの居場所が判明した。
影から影へと移動可能な【影の門】と【耳目の式神】で作り出した偵察用の式神を城内各所に送り込み偵察させていたのだ。
式神とは任意で視覚聴覚を共有できるのが便利なんだよな。
視覚に関しては脳裏に浮かぶ感じで慣れないと気持ち悪いんだけど。
脂肪キングはすでに夢の中のようだ。
追加で【影の門】のカードを使って引き寄せる。
目を覚まされると面倒なのでさっさと片付けよう。
使うカードは【どこで門】だ。
行ったことのある場所なら何処でもつなぐことができる。
続いて【念動力】のカードで奴を持ち上げ、つないだ場所に放り込んだ。
いじめていた連中を送り込もうと色んな場所に行っていたのが、ここで役に立つとはね。
せいぜいサバイバル生活を楽しんでくれ。
熱帯の無人島だけど住めば都って言うだろう?
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