第3話 脱獄のススメ

 脂肪キングが俺の世界の無人島に放り出されたことで勇者召喚が再び行われる恐れは無くなったと言って良いだろう。

 これで帰宅しても憂いはない。

 ないのだが……


「せっかくの異世界なんだし、このまま帰るのは勿体ないよなぁ」


 どうせなら【どこで門】カードで行ける場所を増やしたい。

 そのためには外に出ないといけない訳で。


 俺は【なんでも収納】カードを起動して靴を取り出した。

 牢屋の床に置こうとベッドの外を見たところで──


「マジかよぉ」


 今更ながら横たわる人間がいることに気付いてしまった。

 独り言をバッチリ聞かれているとか恥ずかしすぎるとか言ってる場合じゃない。

 何度も殴られたのか顔面が腫れ上がっているのだ。


 着ている衣服から推察するに俺を召喚したとおぼしきお姉さんである。

 服の方も映像で見たような綺麗な状態じゃないので全身がボロボロの状態なんじゃなかろうか。

 痛みで呻いてもおかしくなさそうなんだけど今は気を失っているから静かなものだ。


 とはいえ見ていて痛々しい。

 ここはイマジナリーカードの出番だろう。


「【医者いらず】は違う」


 あれは病気や怪我に耐性がつくカードだ。

 今も常時使用している。

 治療するのは【応急手当】か【集中治療】のカードだ。

 前者は病気の進行を止めたり軽めの怪我を治すもので後者は重病や重症を治す。

 いずれも使い捨てになるので使ったら補充する必要がある。


「今回は【集中治療】だな」


 サクッと使えばお姉さんの顔面の腫れが瞬時に引いた。

 他の部分も治っているはずだ。

 ホッと一安心だとおもったのだが……


「ん? 首輪?」


 彼女の首に首輪がつけられていることに気付いてしまった。

 神官っぽい服とはミスマッチな無骨なものだ。


「こんなの召喚直後にはつけてなかったよな」


 ノートパソコンで動画を確認してみたが無かった。


「てことはアレなんだろうな」


 異世界系ラノベあるある。

 人が首輪をつけられていたらイコール奴隷。

 脂肪キングも勇者を召喚したら奴隷にするとか言ってたし間違いないだろう。

 このお姉さんが奴隷になった経緯は【監視カメラ】では記録されていないので不明だが。


「見てみるか」


 まずは俺が推測した通りなのかを確認すべく【賢者の目】のカードを使おう。

 このカードは異世界ものではおなじみのスキルである鑑定と同等の効力がある。

 ただし、対象はひとつまでで使い捨てだ。

 大量にストックしてあるから構わないんだけど。


 まずはお姉さんからだ。

 【賢者の目】カードを使う。


[イリア・ルミニア:女:24:召喚魔導師]


 氏名、性別、年齢、職業はこんなところだ。

 その後にあれこれとテキストが続いているけどな。

 長すぎて全文を読んでられないので[奴隷]をキーワードに検索してみた。


「やはりか」


 思った通りお姉さんは奴隷落ちしていた。

 勇者召喚に失敗した叱責を受けている際に次の召喚を拒否したのが、ことの始まりとある。

 脂肪キングの不興を買ったことで殴る蹴るの暴行を受けたが拒否し続けたというから余程のことがあったのかもな。

 そのあたりもテキストの詳細を読み込めば判明するとは思うけど、そこまでの気力はない。

 とにかく業を煮やした脂肪キングの命令でお姉さんは奴隷落ちした訳だ。

 勇者召喚ができる人材が国内では彼女だけということで奴隷にしてでも言いなりにさせる必要があったみたいだね。


「これなら解放してもいいかな」


 もし彼女が脂肪キングに負けず劣らずのクズ人間だったら放置して立ち去っただろう。

 我欲に走る人間ではないようなので首輪はどうにかすることにした。

 ストックしている【賢者の目】カードを呼び出し、今度はお姉さんの首輪を対象として使った。


「んんっ!? どういうことだ?」


 所有者が空欄になっていた。


「あ、もしかして……」


 鑑定結果のテキストを読み進める。

 奴隷の本来の所有者は脂肪キングで間違いないようだ。

 が、当人が異世界に跳ばされたことで死亡扱い、すなわち所有者が空欄となった。

 これにより彼女は奴隷ではなくなったため首輪は何の制限もなく外すことが可能だという。


 もし誰かの奴隷のままだったら手間が増えていたかもしれないと考えるとラッキーだ。

 脂肪キングを島流しにして正解だったな。


 ともかくお姉さんの首輪は【なんでも収納】カードを使って回収する。

 触れなくても亜空間内に収納できるのが楽でいい。


「では、脱出するとしようか」


 靴を履いてベッドを【なんでも収納】で作り出した亜空間に回収。

 続いて【耳目の式神】で視覚を共有しつつ【どこで門】を外に接続した。

 【どこで門】だけなら行ったことのある場所しかつながらないが、他のカードとコンボで使えば条件を緩和できる。


「では、陰気くさい地下ホテルとはお別れだ」


 未だに目を覚まさないお姉さんは【念動力】カードで浮かせて運ぶ。

 放置していくと脱獄した俺を逃がした罪に問われそうだしな。


 出てきた場所は城壁のすぐ外。

 目の前に広がるのは樹木の海だった。


「田舎の小国なのかね」


 だとすれば、それで他国に戦争を仕掛けようと目論むなど脂肪キングの頭の中身の残念さが際立つというもの。

 いや、だからこそ勇者を欲したのか。


「勇者って、どんだけ凄いんだよ」


 犠牲者が山ほど出たであろうことを考えると召喚されなくて本当に良かったと思う。

 代わりに俺が召喚された訳だけど、犠牲者は最小限のはずだ。

 生け贄になった人たちについては冥福を祈るしかない。


「さて、次はどちらへ向かうかな」


 それを決める前に【忍び足】カードを使っておこう。

 気配遮断や認識阻害などを付与した状態で無音行動ができる怪盗の孫も真っ青な効果を持つカードだ。

 いじめられていた学生時代は、これで何度も危機を脱したものである。

 同行者であるお姉さんにも使っておく。


「これで良し、と」


 何処へ向かうか決めないといけないが何の情報もない。

 当てずっぽうに移動すれば後悔する結果になったとしても不思議ではない訳だ。

 こんな時もイマジナリーカードの出番である。


 無人島やジャングルの奥地など秘境を見つけるために作ったカード。

 その名も【敵意レーダー】だ。

 敵意を持つ相手を感知するレーダーであり結果は脳内において光点として把握できる。

 赤なら敵意あり、黄色は中立、青は親しい相手だ。

 感知対象を指定すれば対人レーダーとしても使える。


「んー」


 さっそく使って確認してみると近場では背後に反応がある。

 後ろにあるのは城壁なんだから、その内側に人がいて当たり前だな。

 それ以外の人の集まりも幾つかあるが背後ほどの規模ではない。


「腐っても王都ってことか」


 そう考えると、ここと同等以上の人の集まりを探すのがいいかもしれない。

 もしも追っ手を差し向けられたりしたら、人の少ない場所だとすぐに見つかってしまうからな。

 人を隠すなら人混みの中ってね。


「あー、でもなぁ」


 寝間着がわりのジャージ姿じゃ意味ないか。

 普段着でも異世界人にとっては変わった格好に見られる恐れがある。

 人の多い場所は先に情報を仕入れてからの方が良さそうだ。

 となると誰もいない場所に移動して潜伏するのが無難か。


 当面の安全確保はカードを使ってしのぐとしよう。

 まずは【光学迷彩】のカードを2枚使って俺とお姉さんを他者から見えなくする。

 続いてお姉さんにも使っている【念動力】のカードを俺自身にも使った。

 使いこなせば空も飛べるからね。

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