第12話 会話ができるって素晴らしい

 イマジナリーカードの使い手である俺もマニュアルを持っている訳じゃない。

 初めてのことは手探り状態で確かめていくしかないのだ。

 想像もつかない効果の出方に戸惑いを覚えるのだけど、ふと気付いたことがあった。


「もしかして1枚追加するごとに倍になるのか」


 0と1だけで表記される2進数の考え方をすればつじつまが合うような気がする。

 1の次は2ではなく桁上がりして10となる。

 読み方はジュウではなくイチゼロだ。

 各桁を10進数で相当する数値に当てはめると1から倍々にしていけばいい。

 つまり3枚のイマジナリーカードを使ったことで1枚目で1個、2枚目で2個、3枚目で4個の効果が出た訳だ。

 もし4枚を使っていれば8個の効果が出ていたと思う。


 あくまで仮説ではあるけれど、3枚を使ったのは正解だったんじゃないかな。

 カード2枚じゃアイコンも2個しか消えなかっただろうし、4枚使っていれば効果が倍になると勘違いしていた恐れがあるからね。


「いきなり8枚使わなくて良かった」


 イマジナリーカードを4枚も無駄遣いするところだったよ。

 いや、効果の上では128倍だから120枚分の損失とも言えるので深く考えたくないところだ。


 なんにせよ残りの状態異常はアイコン4個分である。

 仮説通りであるなら3枚で片付く話なんだが、できれば仮説が正しいか確かめておきたい。

 残りのアイコンではイマジナリーカード4枚での確認ができないけどね。

 そんな訳で2枚を2回使うことにする。

 これで状態異常が想定外の消え方をしなければ、とりあえず仮説が間違っていないことにしておく。


 追加検証は後回しだ。

 いまはお姉さんと話をすることが先決である。

 サクッと実行してみたけど、想定通りだったのは言うまでもない。


 状態異常がなくなれば取り付く島もないに等しい状態だったお姉さんも落ち着く訳で。


「あの……」


 向こうの方から声をかけてきた。


「とりあえず座ったら」


 【なんでも収納】カードで椅子を引っ張り出して勧めると正座状態はつらいであろうお姉さんも素直に座ってくれた。


「冷えてない?」


「はい。ありがとうございます」


「床暖房を入れるべきだな」


 石の床だから冷たくて当たり前なんだけど、そこまで気が回ってなかったのだ。


「え?」


「こっちの話だから気にしなくていいさ」


「はあ……」


「で、話があるんだろう?」


「はい。まずはお詫びを」


「それはもういいって」


 土下座の悪夢再びとならなかったとしても、お腹いっぱいである。


「まあ、どうして詫びるのか理由くらいは聞いておこうか」


 気にならないと言えばウソになるし。

 そんな訳でお姉さんの話を聞いたのだが、そこまで謝らなきゃならないほどかと思ったのが正直なところである。

 王の命令で異世界から勇者を召喚するはずが俺を呼び出してしまった。

 そして召喚したにもかかわらず元の世界に返す方法がないと言うのだ。


「いや、俺は元の世界に帰って仕事してから戻ってきたけどね」


「そんなはずはっ」


 勇者を召喚するのは、それだけ難しいのだろう。

 イマジナリーカードはホントぶっ壊れ性能だよな。


「俺には魔法のようで魔法でない不思議な能力があるんだよ」


 その言葉でお姉さんがハッと何かに気付いたような顔をして周囲を見渡した。


「ここは本当に山の中なのですか?」


「地下牢に見えるかい?」


 フルフルと頭を振るお姉さん。

 その割には顔色が悪いのは気のせいではないと思う。


「まさか本当に名もなき神の山だなんて……」


 心中に抱えた不安を消しきれない様子でお姉さんが呟いた。


「あ、もしかしてヤバい場所だった」


「一定以上の高さからは神域とされる山です」


「ここ中腹あたりだけど」


「本来であれば守り神が侵入者に裁きを下すと言われ恐れられています」


 何かヤバそうなのがいるってことかな。


「あー、隠蔽してるから大丈夫じゃないかな。現に発見されていない訳だし」


「やはり貴方様は大魔導師だったのですねっ」


 意味が分からん。

 俺は日本じゃしがないサラリーマンなんですよ?


「いや、そんな大層な肩書きは持ってない」


「そんなはずはありません」


 本人が否定しているのにお姉さんは認めない。


「私の奴隷の首輪が外されていますし守り神に悟られず神域に立ち入るなど魔法を極めたものにしかできないはずです」


 だから大魔導師だって?


「冗談きついな」


 俺が使ったのはイマジナリーカードであって魔法なんて一切使ってないんだから。

 まあ、魔法じみているとは思うけどさ。


 そのあたりを説明したものの通じるはずもなかった。

 未知の能力を理解しろという方が無茶だというのはわかるんだけど。

 現代文明の利器だって数百年前の人間からすれば魔法で動いているようにしか見えないだろうしな。


「とにかく俺は魔法を使えない。似たようなことはできるけどな」


「そんなことができるのは勇者しかいません」


「俺は勇者じゃなかっただろ?」


 召喚直後に調べられた結果、俺は眠ったままベッドごと地下牢送りにされたし。

 お姉さんだって責任を取らされて奴隷に落とされたはずだ。


 責任を取る必要があったとは思えないけど八つ当たりされたようなものだしな。

 思い通りにならないと癇癪を起こす子供と何ら変わらない脂肪キングが王様じゃ理屈は通じないだろう。


「確かに貴方様は勇者ではありませんでしたが──」


「その貴方様ってのはやめてくれないかな」


 俺は話を続けようとするお姉さんを手で制して言葉を被せた。


「俺の名は能登珂伊。こちらの流儀で言えばカイ・ノトってことになるかな」


「ノートカイ……。カイ・ノート」


 能登という名字は発音がしづらいらしくノートになってしまった。

 ノットじゃないんだな。

 いずれにせよ、こちらの世界で活動する時にはその名前を使う方が良さそうだ。


「あっ、すみません!」


 お姉さんがガバッと勢いよく頭を下げた。

 一瞬、状態異常が復活したのかと思ったがアイコンは出現していない。


「私はイリア・ルミニアと申します」


 名乗っていなかったことに気付いて謝っただけのようだ。

 ホッと一安心である。


「ルミニアさんね。よろしく」


「どうかイリアとお呼びください」


 名字じゃなくて名前で呼べって?

 非モテの俺にその指定は高難易度なんですがね。


「俺のことを貴方様と呼ばないなら、そうしよう」


 故に交換条件だ。

 どれほどの効果があるかはわからんが、これしか手札がなさそうだからしょうがない。


「わかりました。では、カイ様と」


「様も禁止」


「ですが……」


「人が嫌がることをするもんじゃないよ」


 そう言うとイリアは目から鱗が落ちたかのような表情を見せた。


「ではカイさん、でよろしいですか」


「いいよ、イリアさん」


「私のことはイリアとお呼びください」


「それじゃ平等じゃないだろう」


「人の嫌がることはなさらないのではありませんか?」


「うっ」


 先程の発言を逆手に取られてしまった。

 しかも、これを覆す手を思いつくことができない。


「では、イリア」


「はい」


 完全敗北した気分である。

 というか、イリアはついさっきまで土下座してたんだよ?

 切り替えが早すぎというか状態異常から立ち直った後のしたたかさが想像の斜め上なんですがね。

 女の人って、こういうところがあるから怖いよな。

 それを悟られると更にかさにかかってくるから油断できないし。


「君は自由の身となった訳だが、これからどうしたい?」


「わかりません」


「行きたい場所があるなら送っていくけど」


「ガルドラ国から出たことがないので……」


 無いってことなんだろうな。

 無理もないか。

 社畜同然で働かされていたようだし将来のことなんて考える余裕もなかったのは容易に想像できるしな。


 さて、どうしたものか。

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