第13話 謝る必要はない

 行きたい所も自分でしてみたいこともないとイリアは言う。

 思わずイメージしたのは引退したスポーツ選手とか定年退職したサラリーマンだった。

 いわゆる燃え尽き症候群だけど彼女の場合は似ているようでも別物だろう。

 むしろ学生時代に勉強しかしてこなかった社会人が長期休暇にすることがなくて戸惑う感覚の方が近いか。


 いずれにせよ本当の意味でイリアの心情を理解することはできまい。

 奴隷の首輪をはめられる前から奴隷も同然の扱いを受けていたみたいだし、同じような経験をした者にしかわからないこともあるはずだ。

 いまはイリアの過去より先々のことを慮るべきだろう。

 どうにも手詰まりなんだけどな。


「何か趣味はあるのかい」


 そこを取っかかりにしてと思ったのだが。


「趣味と呼べるようなものは何も」


 イリアは頭を振る。


「すみません」


「謝る必要はない。イリアは犠牲者なんだから」


「いえっ、私などよりカイさんの方がずっと酷い目にあわれたではないですか」


「とてもそうは思えないが」


 気付けば地下牢に放り込まれてはいたけれど、イリアのように奴隷にされたり顔が腫れ上がるほど殴られたりはしていないからな。

 それを指摘しても納得するとは思えないのでスルーしておく。


「カイさんはあの国を脱出できていなければ生け贄にされていたんですよ」


「苦もなく出られたからなぁ」


 魔法で結界とか展開されていたら手こずったかもしれないけど、そんなことはなかったし。


「私はあの国で勇者召喚ができる唯一の存在でしたから死ぬことだけはありませんでした」


 命あっての物種という言葉はあるが、いくらなんでもあの状態は酷いと思うんだよなぁ。


「そうは言うけど、あのままイリアを放置してたら死んでたぞ」


 過度な暴力を受けて満身創痍であるにもかかわらず治療も施されずに地下牢に放り込まれていたんだし。


「いいえ」


 だというのにイリアはあっさりと否定し頭を振った。


「奴隷の首輪がある限り簡単には死ねません」


 何か胸クソが悪くなりそうなカラクリがありそうだ。


「どういうことだ?」


 眉間にシワが寄っているのが自分でもわかる。


「死にかけると首輪が本人の魔力を使って魔法を発動させるのです」


「もしかして強制的に治癒するとか?」


「はい。ただし完全なものではありませんが」


 イリアの説明によると、どんな状態でも死なない程度にしか治癒しないらしい。

 奴隷は生かさず殺さずか……

 脂肪キングに引導を渡さなかったことを後悔したよ。


「やっぱりイリアの方が酷い目にあってると思うけどな」


「そんなことはありません」


 なおもイリアは否定してくる。


「勇者召喚には致命的な欠陥があるのです」


 それについては大方の想像がつく。


「送還できない、だろ?」


「どうしてそれを……」


 呆然とした表情を見せるイリア。


「ラノベとかじゃよくあるパターンだからな」


「ラノベ……ですか?」


 おっと、いけない。


「庶民向けの物語のことだよ」


 一部のという枕詞をつけるべきかとは思うが今は正確性より分かりやすさの方が大事だと思うことにしよう。


「庶民向け……、ガルドラ国では考えられないことです」


 脂肪キングが国のトップじゃ無理もない。


「それから俺は元の世界に帰れるから」


「うそっ!」


 イリアの驚きようは天変地異にも等しいようで、それは彼女の目の見開きっぷりを見ればよくわかった。


「ウソなものか。すでに帰って仕事してきたし」


「ええっ!?」


 連続で信じられないほど驚いたせいかイリアが固まってしまった。

 目の前で手を振ってようやく我に返るような有様だ。


「まあ、こんなことができるのは俺だけだが」


「やはり大魔導師……」


「だから魔法は使ってないんだって」


 その話については堂々巡りになるだけなので強制的に切り上げる。

 いまの状況を鑑みれば長い付き合いになりそうだし、いずれはイマジナリーカードのことも理解してくれるだろう。


「とにかく俺もイリアもあの国の犠牲者なんだよ」


「いえ、私は加害者です」


「召喚は強制させられたんだろう?」


「はい」


 イリアの話によると勇者召喚が可能な魔法使いが国中から集められ王の勅命として強制されたそうだ。

 それも最初のうちはは何も召喚できずに失敗していた。

 異世界召喚の負荷に耐えきれず召喚魔法使いが死んでしまったからだ。

 数々の対策を施して召喚だけは成功するようになったものの生き残った魔法使いはいない。

 しかも勇者が召喚されずじまいで最後に残ったイリアの番が来たという。


「思うんだけどさ」


「はい」


「全員で召喚すれば負荷は分散したんじゃないか?」


「それを提案した人もいましたが王は許可しませんでした」


「失敗すれば一気に召喚魔法使いがいなくなるから、か」


「そのようです」


 脂肪キングは態度から想像できるイメージに違わずミニマム級の器の持ち主だったようだ。


「よく生き残れたな」


「生け贄が使われていましたから。それに気付いたのは召喚後のことですが」


「もしかして生け贄を使うなら召喚しないとか言ったから痛めつけられたのか?」


「仰るとおりです」


「で、次の召喚を強制するために奴隷の首輪をはめられたと」


「はい」


「何処までもクズだな、あの王は」


 吐き捨てるように言うとイリアが焦った様子を見せた。


「王は執念深いです。滅多なことは言わない方が……」


 こんな場所で部外者に聞かれる恐れなんてないのにな。

 それとも悪口に反応する魔法とかあるのだろうか。


「ここには聞きとがめるような奴はいないし追っ手に見つかるような場所でもないよ」


「そうでした」


 俺の指摘で現状を再認識できたのだろう。

 恥ずかしそうにイリアはその身を小さくさせた。


「それ以前に俺たちを捜す余裕なんてあの国にはないと思うぞ」


「どういうことでしょうか?」


 俺の言葉にイリアは困惑の表情を浮かべる。


「脂肪キングは島流しにしたからな」


「脂肪キング? 島流し?」


 おっと、イリアには通じない言葉だったな。


「脂肪キングってのは俺が勝手につけたあだ名だよ。奴は脂肪を無駄に溜め込んでただろ」


 プッと吹き出すイリア。


「そうですね」


「それから島流しだが、逃げられない遠方の場所に隔離する刑罰のことだ」


「それでも捜索の手が伸びれば、どうなるか」


「無理だね。俺の世界の無人島だし」


 万が一、保護されるようなことがあっても元の世界には戻れないのはイリアの方が痛いほど分かっているだろう。

 その割には唖然とした表情で固まってしまっているが。


「それにあの国じゃ奴を本気で捜索したりはしないと思う」


「どうしてそう思うのですか?」


「奴の身内に清廉なのがいたら、あそこまで暴走させたと思うか?」


「あ」


「きっと跡目争いが激化するだろうな」


 似たもの同士しかいないなら間違いなくそうなると断言できる。

 捜索どころじゃなくなる訳だ。

 というより形だけ捜索したことにして早々に死んだことにしてしまうかな。


「そうですね……」


 加えて勇者召喚は継承される可能性がゼロに近いと俺は考えている。

 召喚できる人材がいない上に一度も成功していなかったからな。

 勝ち筋のないギャンブルより目先の利益を優先するだろう。


「とにかく俺たちには関係のない話だ。先のことを考えよう」


「どうして」


「ん?」


「どうして、そこまでしてくださるのですか」


 俺は頭を抱えたくなった。

 これは本人が納得するまで話が進まない面倒くさいパターンだ。


「寝覚めが悪いからだよ」


「え?」


「同じ牢屋に放り込まれた人間がとびきり不幸になろうとしているのを見過ごしたら後々まで引きずりそうだったんでね」

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