第14話 恩返しの押し売りですか?

 俺の言葉にイリアが動揺している。

 どうやら彼女には信じ難いことのようだ。

 俺としては罪悪感にとらわれたが故に後悔のないようにと勝手に助けただけなんですがね?


「私などのために、もったいないことです」


 イリアは悲痛な面持ちで頭を下げたが先程の状態異常もこういう心境が暴走した結果なんだろうな。

 何にせよ自己評価が低いのだけは間違いあるまい。


「そう自分を卑下するもんじゃないよ」


「え?」


 どうやら本人は無自覚のようだ。

 今までの人生の悲惨さがうかがえようというものである。

 尊大になれとは言わないが、もう少し自分に自信を持ってもいいんじゃないかとは思う。


「恩を受けたと思うなら感謝するだけでいい」


「ですが!」


 俺が納得して充分だと言っているのに何が不満なんだろうか。


「過ぎたことは覆せない。なら前を向くしかないだろう?」


「それでもっ」


 どうあっても納得してくれないとは筋金入りの頑固者だね。


「先に進む上で何を選択し実行するかは自分しだいだと思うけどな」


 受けた恩義を返すというのなら、そうすればいい。

 そんなことは誰かの許可を得てすることではないだろう。

 イリアもそれに気付いたようだ。


「では、この身はカイさんのお役に立ててください」


「は?」


 突拍子もなさ過ぎる発言に思考が追いつかないんですけど?

 どうにか言葉の意味を理解するまでしばし。


「え?」


 理解したらしたで裏がありそうな表現の仕方に赤面しそうになる。

 俺にリア充の対応を求められても困るんですがね。


 まずは落ち着け、俺。

 あの物言いでは誤解をしかねないが、おそらく彼女に他意はない。

 単に恩返しがしたいから働かせてほしいというだけのことだ。

 そうだ。そうに違いない。


 決してエッチな意味は含まれていないはず。

 そうでないと俺が困る。

 俺も男だから興味がないと言えばウソになるが、この状況はそれが目的でイリアを助けたみたいに見えてしまうじゃないか。


「ダメですか? カイさんが求められるなら私はどんなことでも──」


「うわあああぁぁぁぁぁっ、待て待て待て待て待てっ!」


 慌ててイリアの言葉を遮った。

 あれ以上、話を続けさせたらどんな言動に及ぶかわかったもんじゃない。

 俺みたいな陰キャ系非リア充には劇薬も同然、理性がオーバーヒートしかねないって。

 まあ、獣にならないとは思うけど。

 たぶん頭の中が真っ白になるだけか失神するかのいずれかであろう。

 ……自慢にゃならんな。


「雇えというなら雇うから自分を捨てるような物言いはしないでくれ」


「捨ててはいません。奴隷ではないのですから」


 あの物言いで何処が?

 とてもそうは思えないのだが。


「それに瀕死の状態から救ってもいただきました。これは私の命の代価です」


「奴隷の首輪があれば死ねないはずじゃなかったか」


「あれは死なない程度にしか治癒しません。いずれ心は死んだでしょう」


 短い時間とはいえ脂肪キングのクズっぷりを見た後では否定できない。


「この状態で、このまま何もお返ししないのは恥知らずというものです」


 どうあっても彼女が納得するまで押し通されてしまいそうだ。


「雇うんだから恥知らずにはならずにすむだろう?」


「雇うと仰いますが、もしかして給金があるのですか」


「現物支給の形になると思うけどね」


「そんな……、勿体ないことです」


 色々と縛りを入れてくれるものだ。


「タダ働きなんてさせられないっての」


 俺の精神衛生上の話になってしまうけれど。

 そういや、もっともらしい理由もあるな。


「そんなの奴隷と同じじゃないか。逆戻りはしたくないだろう」


 そういう風に言われるとイリアも反論できないようだ。

 ただ、何故か悔しそうにしているんですが?

 聞くのが怖いのでスルーしておこう。


「無理のない範囲で頼む。でないと俺の心臓が持たない」


「そう、ですか?」


 何か釈然としないものをイリアから感じるものの俺の意思は尊重してくれるようだ。

 どうにか恩返しの押し売りをされずにすみそうである。

 問題は彼女がどのくらいでトントンだと思うかなんだが皆目見当がつかない。

 彼女の必死さからすると貸しひとつレベルではないのだけはわかるのだけれど。


 きっと長期に及ぶのだろう。

 早々に終わってほしいところなんだが、こればっかりは本人の意思で決まることだからなぁ。


「では、まずは身の回りのお世話からさせてください」


「んー?」


 まずはってどういうことよ。

 身の回りの世話って家政婦みたいなことをするつもりなんだろうけど、それだけで充分以上だっての。


 おまけに、あれもこれもとオプションを付随させるつもりとしか思えない口ぶりだし。

 そもそもこっちの世界じゃ、この別荘しか住む所がないんだ。

 つまり、住み込みになるんだぞ。

 そこまで来ると家政婦よりメイドと言った方がしっくりきそうじゃないですかってんだ。


「申し訳ありません」


「じゅっ、充分だから。しばらくはそれに専念して慣れてくれればいいさ」


 できれば、ずっとそのまま仕事を増やさないでくれたらありがたい。


「わかりました。これからよろしくお願いいたします」


「はい、よろしく。できれば普通に喋ってくれると助かる」


「普通ですか。でも……」


「一応は雇い主ってことになるんだろうが、俺は主従の関係なんて求めてないからさ」


「えーと、ハイ。わかりました」


 肯定的に返事はしてくれたけれど、なんとなく不安を感じるのは何故なんだろうね。

 とりあえずはゆっくり休んで明日の出勤に備えよう。


「とりあえず俺は元の世界に帰るから、ここの管理は任せるよ」


「ちょっと待ってください」


 慌てた様子でイリアが呼び止めてきた。


「食材とか必要そうなものは置いていくから心配いらないけど?」


「そうじゃありません」


「では、何?」


「カイさんが帰ってしまうと、お世話ができなくなります」


「ふぁっ!?」


 思わず変な声が出てしまいましたよ?

 なに言ってんですかね、このお嬢さんは。

 いや、俺が勝手に住み込みのメイドとか思い込んでいただけでイリアは言葉通りのことをしようとしているだけか。


 日本にまで着いてくるつもりとは本気度がやばい。

 断っても諦めたりはしないだろう。

 逃げても来るたびに懇願されるとか勘弁してほしいんですが?


「先に言っておくが魔法が一切ない世界なんだぞ」


「えっ!?」


 心底、驚いたという顔をするイリア。

 実際そうなのだろう。


「でも、カイさんは魔法が……」


 こんな風に言うくらいだからな。


「俺のは魔法じゃなくて特殊能力なんだよ」


 もしかすると魔法の一種なのかもしれないが、そんなのは調べようがないしな。


「他の誰にも使えないから俺も秘密にしているくらいだ」


「それは……」


「でなきゃ、どんな目にあうか」


 良くて珍獣扱い、悪けりゃ迫害とかモルモットにされたりするだろう。

 いずれにせよ今まで通りの生活なんて望むべくもない。


「いや、生きていられる保証すらないかもな」


「いくらなんでも……」


「そんなはずはないと言い切れるのか?」


 俺の問いにイリアは言葉を詰まらせる。


「召喚魔法のせいで死んだ人間が何人もいるはずだよな」


「……そうですね」


 引き合いに出すには類似性が低いかもしれないが、特別な力のせいで人死にが出たことだけは間違いない。


「それを肝に銘じて向こうでは人前で魔法を使わないと約束できるなら好きにするといい」


 もしかすると日本じゃ魔法が使えないかもしれない。

 しかしながら使えてしまった時のことを想定して予防線は張っておくべきだよな。

 できれば諦めてほしいという願望も込められていたが。


「わかりました。約束します」


 イリアはしっかりと考えた上で迷いのない返事をした。

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