第10話 帰ってきたら報告会?
出勤時間が迫ってきたので日本に戻ってきましたよっと。
結局お姉さんは目を覚まさなかった。
枕元にサイドテーブルを出して食料も出しておいたので飢えることだけはないだろう。
あとトイレとか風呂の使い方を説明したメモとタオルも置いてきたので劣悪な環境ではないと思いたい。
「あー、洗濯機とか乾燥機がほしいよなぁ」
今まで屋外で活動する時はイマジナリーカード頼りだったので、そこまで気が回っていなかった訳だ。
まあ、トイレや風呂の時のように洗濯乾燥機もどきをイマジナリーカードで設置すればいいだろう。
それとお姉さんの着替えも必要か。
下着類はネット通販を使えば男の俺でも購入できるだろうけど、それでも俺にはハードルが高い。
肝心のサイズがわからないことにはどうにもならないからだ。
寝ているお姉さんのサイズを測るとか変態じみた真似をする気にはなれん。
同意があるならやぶさかでは……じゃなくてっ。
そのあたりの話についてはお姉さんが目覚めてから本人と相談ってことで保留だ。
そして朝の身支度をして出勤する。
出かける時間は昨日と同じ。
イマジナリーカードを使えば、もっと遅くても大丈夫なことはわかっているんだけどね。
ただ、その場合は御近所さんから変に思われる恐れがある。
特にネックなのが距離感ゼロのスピーカーオバさん。
不躾に話しかけられるだけならまだしも、転職したのかと話しかけてきて否定する前に勝手な思い込みで肯定したことにされてしまう迷惑な存在だ。
もちろんご近所中に広められてしまうのはお約束である。
デリカシーが著しく欠如していなければ少しお節介なだけの世話焼きなオバさんで済むんだけど。
「引っ越すか」
通勤時間と家賃の折り合いが良いという条件だけで決めたアパートだから何の執着もない。
むしろ利便性をもっと考慮すべきだったと反省しているくらいなので引っ越す上でネガティブな材料は何も浮上してこない。
今まで引っ越さなかったのはそんな暇がなかったからだ。
クズ課長が俺に仕事を振りまくってくれたせいなのは言うまでもない。
そんな訳で引っ越すのはブラック上司との問題を解決してからになるだろう。
うん、それももう間もなくだ。
クズ上司に引導を渡すまでのカウントダウンが始まったからな。
ただ、平社員同盟の皆はクビ確実のように言っていたけど降格処分からの左遷がせいぜいじゃないだろうか。
会社に内容証明を送ってきた山川ならクズ課長に慰謝料を払わせるためクビを回避する要求をするだろうと思ったからだ。
俺が送る内容証明でもそこまでは要求していない。
何もかもを失った奴は非常識なことも平気で実行するのは今までにも何度か見てきたからね。
アレは一種の狂気だと思う。
失う前からその領域に踏み込んでいたのなら話は別だが、生かさず殺さずがベストな選択だと思う。
クズ課長はそういう境遇がお似合いだ。
山川の立場からすれば万死に値すると言っても過言ではないと思うのだけど日本の法律がそれを許してはくれない。
ならば生き地獄を見せてやるしかないだろう。
一般人が合法的にやるなら慰謝料の請求が一般的である。
山川ならそこそこの額になるはずだし俺からも請求が行けば更に厳しくなる。
身軽な独り身なら短い年数で慰謝料の支払いを終え大きなダメージにはならないのかもしれない。
しかしながら密偵の茂こと営業の谷口氏によればクズ課長は子沢山な上にローンで家を買ったばかりだという。
離婚は不可避だろうな。
財産分与に養育費、更に家庭崩壊を招いたってことで慰謝料もむしり取られるんじゃなかろうか。
そこに会社からの処分が加われば結構な生き地獄になるはずだ。
思惑通りになるかは神のみぞ知る、だけど。
そんなことを考えながら会社近くの喫茶店でモーニングを食べながら時間を潰す。
久々にすがすがしい気分で出社できそうだ。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
昼休みは平社員同盟で集まってハンバーガーショップである。
「ハンバーガーじゃ腹持ちしないなぁ」
「ここ以外に昼間っから作戦会議のできる所なんてないでしょ」
誰かが愚痴るように言うと受付嬢の沢田女史が反論した。
うん、おっかない。
だから作戦会議じゃなくて報告会と言うべきなんじゃないかとは言うまい。
「それで密偵の茂はどんな情報を仕入れてきたんだよ」
「クズ太郎が出勤してなかったよな」
「やっぱり昨日の内容証明とかかが影響してるのか?」
席に着くなり矢継ぎ早に質問が繰り出される。
「端的に言えば処分決定まで謹慎だとさ」
どよめきに包まれるハンバーガーショップの一角。
昨晩に続いて再び悪目立ちしてしまった。
恥ずかしいったら。
「これはいよいよクビが確定的なのでは?」
「そのあたり、どうなんだよ?」
「そんなの簡単に決まる訳ねえだろ」
期待のこもった問いかけを呆れ気味に切って捨てる谷口氏。
「上の雰囲気もそんな感じじゃなかった」
続いた言葉に白けた空気が漂い始める。
「山川なら強く要求してくると思ったんだけどなぁ」
「鬱が影響してるのかな」
「それよりも会社が弱腰すぎないか」
「人を鬱にまで追い込んだ奴がのうのうと会社に残るとか信じらんないぜ」
「俺には無理だ。耐えられずに自分から辞めると思う」
「案外、会社もそれを狙ってるのかもな」
「なんでだよ。懲戒処分なら退職金を出さなくて済むんだぞ」
「変に恨まれたくないんだろ。アイツ妻子持ちだしな」
「加害者なのに家庭持ちだからって優遇されるのかよ」
「山川くん、可哀想」
「いや、退職金で慰謝料が支払われるならそうとも言い切れないんじゃないか」
「なるほど。一括清算されるなら山川もクズ太郎と長くかかわる必要がなくなるだろうな」
皆はどうあってもクズ課長が会社から放り出される方向へ話を持っていきたいようだ。
それだけ嫌われている証拠だな。
部署の垣根を越えて嫌われるって余程のことだと思うのだが。
さすがは見境なくセクハラをし所属に関係なく人を扱き使おうとするだけのことはある。
「考えが甘いな」
俺がそう言うと口々に喋っていた皆が静まりかえった。
空気読めって言われそうな雰囲気だ。
「アレが自主退職するような玉かよ」
途端に「ぐぬぬ」な空気に変わる。
「それに山川は辞めさせようとはしないと思うぞ」
「「「「「ええっ!?」」」」」
またしても昨晩のような注目を集める結果になってしまった。
俺の発言の結果なので勘弁してくれとも言い難いのがジレンマである。
「どういうことなの?」
沢田女史に問われたので朝食の時に考えていたことを俺の事情を省いて説明した。
「きっついなぁ」
「慰謝料だけでも大変なのに家のローンなんて地獄だろ」
「養育費も大きいって」
「家は手放すしかないかもしれないかもな」
「クズ太郎の奴、離婚待ったなしだろ」
「うわー、悲惨」
「金の切れ目が縁の切れ目とは、よく言ったものだよな」
結局、昼休憩の時間は井戸端会議になってしまった。
続きは退勤後ということになったものの俺はそれには不参加だ。
服とか食料とかの買い物がしたかったのでね。
後で聞いたところによれば谷口氏も大した情報は仕入れられていなかったみたいで昼と同じような感じになったそうだけど。
なお、後に発表されたクズ課長の処分内容は俺の読み通りだった。
課長から平に降格&左遷。
当然のごとく離婚され親権は奪われたという。
因果応報。同情の余地はない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます