第9話 解呪と快適化と

 という訳で【賢者の目】カードを亜空間に収納されている奴隷の首輪に対して使ってみた。


「相変わらず長ったらしい説明文だ……」


 調べ物をする時に文字の樹海が目の前に広がっていると鬱陶しくてしょうがない。

 という訳で、呪いをキーワードにして検索だ。

 この機能をつける前の【賢者の目】は本当に使いづらかったさ。

 まあ、つけたらつけたで今回のようなミスが発生した訳だけども。


「ふむ」


 首輪の所有者の血を1滴たらして魔力を流し解錠と唱えることで奴隷は解放される、とある。

 これ以外に呪いを解く方法はなさそうだ。

 とはいえ、脂肪キングが大人しく血を渡してくれるとは思えない。

 それ以前に二度と奴を見たくないというのもある。

 背に腹はかえられないような状況であるなら仕方ないが……


「まだ、手はある」


 正規の手順がダメなら首輪を作った者の想定を超えればいい。

 そのためには、この呪いについて知ることが肝要だ。

 説明文の呪いにフォーカスして別の【賢者の目】カードを使う。


 表示されたテキストの中で効果と持続性についてピックアップして読んでいく。

 それによると首輪を破壊しても呪いは持続するらしい。


「面倒な」


 呪いを及ぼす対象が血の契約に結びつけられた1人に限定されている上に昏睡するだけの弱い呪いであるため解呪が困難とある。


「血の契約に結びつけられた1人というのは、このお姉さんのことだな」


 大した呪いじゃないと思っていたら考えが甘かったようだ。

 色々と制限することで絶対に解呪させまいという執念というか悪意を感じたよ。

 だが、問題はこれをどうするかだ。


「洗ってみるか」


 もちろん使うのはイマジナリーカード、ここの造成でも使用した【穢れは無に】を試してみようと思う。

 実は普段からこれで洗い物とかしてるんだよな。

 洗濯する時は食べ汚しの染みも残さず新品同様になるし、食器を洗う時は頑固な油汚れも残さない。


「これでどうだ?」


 血も汚れとして認識しているから【穢れは無に】の効果が及ぶはず。

 希望的観測ではありませんようにとなかば願いながら結果を待っていると……


「よっし、行けた!」


 【達人の目】カードで表示されているお姉さんの状態から[昏睡]と[呪い]のアイコンが消えた。

 代わりに別のアイコンが表示されている。


[睡眠]


 これなら大丈夫と思ったが念のためアイコンに意識を向ける。

 吹き出しが現れ簡易説明文が表示されたので内容を確認。


「うん、単に眠っているだけだな」


 どうやら呪いで昏睡に陥った場合は状態が固定されてしまうらしい。

 怪我をしているなら回復も悪化もしないという良いのか悪いのかわからない効果がある。

 もちろん睡眠不足についても同様だ。


「今から本当の眠りにつくようなものか」


 ならば無理に起こすこともあるまい。

 俺は現地語の手紙を書いてお姉さんの枕元に残し寝室を後にした。

 手紙は俺のこと、この場所のこと、食事が用意してあることを簡潔に書いておいたので俺がいない時に目覚めても状況は理解できると思う。

 信じてもらえるかどうかまでは知らんけど。


 とりあえずリビングに移動した俺は高床式のユニット畳の上に寝っ転がる。

 深く息を吐き出すと急速に意識が遠のいていった。

 寝てなかったもんな。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 目が覚めたが何かが変わったような感じはしない。


「しまったな。監視セットを使っておけば良かった」


 監視セットというのは【監視カメラ】と【アラート】のカードを組み合わせて使うことである。

 寝室の出入り口に設置しておけば、お姉さんに動きがあった時にわかるからな。

 ちょっと様子を見に行ったけど[睡眠]のアイコンは消えていない。

 起きるまではそっとしておいた方がいいだろう。

 睡眠は大事なんだぜ。

 健康を維持するためだけでなく、まともな思考を保つためにもね。


「さて、手持ち無沙汰だな」


 【通訳いらず】カードで言葉は通じるので異世界の街とか見てみたい気もするのだけど踏ん切りがつかない。

 俺にはこっちの常識がないから悪目立ちする恐れがあるのだ。

 服もジャージだし、外出するなら多少なりと情報を仕入れてすぐにボロが出ないようにしてからにしたい。

 情報源はお姉さんということになる。

 すんなりお話ができるかどうかは彼女が目覚めてからでないとわからないけれど。


 とりあえず待つしかない。

 スマホを取り出して時間を確認してみたが日の出前の時刻だ。

 当然、出勤までかなり余裕があるんだよな。


「充電しておくか」


 この別荘にコンセントはないが俺にはイマジナリーカードがある。

 充電用のケーブルをスマホにつなぎケーブルのプラグ部分を指定して【電源供給】カードを使えば充電が始まった。

 このイマジナリーカードは指定したものに指定の電圧で電源を供給する。

 電圧の違う機器にも使えるので便利だ。


 ちなみに家ではあまり使っていない。

 電気代が安くなりすぎて周りから変に思われるのも嫌だからな。

 何事も程々が一番である。


 スマホを充電している間に別荘の快適性をアップさせようと思う。

 現状は地下室みたいなものなので圧迫感があるんだよな。

 通路や各部屋を広めにしてるけど限度がある。


「やっぱ、外の景色が見られないのはダメか」


 窓のあるなしは思った以上にメンタルに響く訳だ。

 という訳で窓の代わりを設置しようと思う。

 【監視カメラ】カードで外の映像をリアルタイムで表示させるだけだ。

 とはいえパソコンを壁に掛けて使う訳にもいかない。

 そもそもサイズが小さすぎて窓の代役は務まらないだろう。


 故に新たなイマジナリーカードを作る。

 俺はイメージを固め【モニター】カードを作り出した。

 指定した映像を指定した場所で流すというだけなので難しくはなかったな。

 完成した【モニター】を断崖絶壁方向の壁にセットし【監視カメラ】とセットで使用。


「うひょ~、高ぇ~」


 興味本位で【監視カメラ】を真下に向けてしまったのが良くなかった。

 空を飛んでいる時は何も感じなかったけど、こういう形で見るとすくみ上がってしまいそうだ。

 慌てて【監視カメラ】の設置角度を横方向へと修正した。


「思ったより遠くまで樹海が広がっているな」


 こうして見ていると樹海という言葉の意味がよくわかる。

 登り始めた朝日に照らされたそれは、まさしく緑の海だったからだ。

 逆に何もないとも言えるんだけど。

 それこそ大海原で遭難したかのような感覚にとらわれそうになるほどである。

 崖の外という条件で見ればこんなものだ。


 今度は反対側の壁に【モニター】をセットする。

 【監視カメラ】はそれなりに離れた場所から岩山を映す感じで。

 本当にこれが窓であるなら矛盾した映像になるが細かいことを気にしてはいけない。

 それに、この【監視カメラ】の配置は防犯に近い意味合いもあるのだ。

 いくら頑丈な作りにしてあるとはいえ、それで安心していると痛い目を見ないとも限らないからな。

 敵が来ないに越したことはないが用心しておいて損はない。


「そうなると発見されにくいようにしておかないとな」


 【遮断する壁】カードの出番である。

 これは任意の場所に見えない壁を設定し振動や熱などを遮断するイマジナリーカードだ。

 別荘全体に設定すれば中での様子をうかがい知ることは困難になる。

 敵が透視能力を持っていたなら話は別だが。

 それがなくても空気穴の空気の流れは不自然になっているはずだから発見される恐れはある。

 よほど丹念に調べないと難しいとは思うが。

 何しろ出入りはイマジナリーカードを使うから尾行される恐れがないしな。

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