第8話 異世界に舞い戻り新カードを作る
「いよいよ、でよろしいかな?」
弁護士の先生が俺に確認してきた。
依頼していた仕事の最終段階は俺がゴーサインを出さないと始まらないからだ。
「はい、まずは詰めろの一手を指しましょう」
「おやおや、能登さんは将棋好きなんですねえ」
楽しそうに喉を鳴らしながら笑う先生だ。
「下手の横好きですよ」
だからこそリアルで相手にぐうの音も出ないほど追い詰めることができそうなのが嬉しい。
今まで散々辛酸をなめてきたからこそとも言える。
「御心配なく。こちらの手配は抜かりありませんので」
先生が穏やかな笑みを浮かべて言ってくれた。
ホントこの弁護士に依頼して良かったよ。
「ただ、くれぐれも油断はしないように」
「はい」
「常識が通じないからこそ平気でハラスメント行為ができるのです」
「そうですね」
そのあたりは幼い頃から身に染みてわかっているつもりだ。
クズ課長などは生温い方だが、あの手の輩は追い込まれると豹変することがある。
みっともなく許しを請うなら楽な方なんだけど錯乱して暴れ出すのもいる。
手当たり次第にものを投げつけてきたり、ハサミやカッターナイフを振り回したり。
イジメを跳ね返してきた経験がここで生きてくるとはね。
「とりあえず明日は病欠にでもしておきましょうか」
「いいえ。普段通りでお願いします」
「そうですか?」
「内容証明郵便が届くまでは通常通りに勤務してください」
「わかりました」
専門家の言うことには従う方が無難だろう。
ましてや、この先生は経験が豊富な大ベテランである。
何かしらイレギュラーがあったとしても対応してくれるはずだ。
その後は細かな確認事項を話し合って俺は弁護士事務所を後にした。
□ □ □ □ □ □ □ □ □ □
帰宅し着替えた俺は玄関で靴を履く。
「さぁて、異世界へ行きますか」
召喚魔導師のお姉さんも目を覚ましているだろう。
「いっけね!」
迂闊なことに今頃になって大事なことを失念していたことに気付いた。
「お腹すかせてるだろうなぁ」
食べ物は置いてきたんだが明かりがないのだ。
岩山をくり抜いた格好の別荘では【闇夜の目】のイマジナリーカードを使っていたからなぁ。
あんな真っ暗闇な場所でどうしろと?
野生動物じゃあるまいし匂いを頼りにどうにかできるはずもない。
間抜けにも程がある自分に情けなくて脱力しそうになったさ。
「とにかく急ごう」
俺は慌てて【どこで門】カードを使い異世界の別荘へと移動する。
影の壁を抜けると、そこは闇の国だった。
格好良く言っても結果は変わらないので俺の中の罪悪感は急浮上してくる訳で。
申し訳なさが俺のハートに波状攻撃を仕掛けてくるが、それよりも先にすることがある。
今回は【闇夜の目】カードは使わない。
まかり間違って同じ失敗を繰り返すようなことがあっては意味がないからな。
人間は自分でも思ってもみないヘマをする生き物だし。
故に使ったのは別のイマジナリーカードだ。
任意の場所にリモコン付きの照明を設置する【室内灯】である。
ここを撤退することがない限りは設置したままになるものの制限なく新たに作ることができるので問題はない。
まずは通路に設置して照らしてみる。
明るさを調整して同じ設定で寝室にもカードを使った。
「ん?」
室内が照らされれば、さすがのお姉さんも反応するだろうと思ったのだが……
「まだ眠ってるのか!?」
予想外なことに召喚魔導師のお姉さんは起きた形跡もなく寝息を立てている。
生きているのは間違いないが、すぐに申し訳ない気持ちになった。
「そんなに疲労していたのか」
【賢者の目】カードで調べた時にもっとテキストの他の部分も読んでおくべきだったな。
[奴隷]をキーワードにして検索かけたのがミスだとは思わないが、お姉さんの状態を確認しなかったのは明らかにミスだ。
「もっと簡略化したカードが必要かな」
相手の状態を一目で確認できるようなのがいいね。
決して「戦闘力たったの5か」と言いたい訳ではない。
「作るか、新カード」
それほど難しいことじゃない。
どういう効果を持つカードを作りたいのかをイメージするだけだからな。
ただし、イメージがあやふやだと求めていた性能や効果を発揮しなくなる。
このため事前にどういうイマジナリーカードに仕上げたいのかを明確にしておかなければならない。
今回の場合はRPGの戦闘画面で使われるような表示が最適なように思える。
HPとMPの他に状態をアイコンで確認できるようにすれば一目瞭然となるだろう。
【賢者の目】では、そのあたりがすべてテキストに埋もれてしまうから確認しづらかった項目なんだよな。
今までどうして作らなかったのかと言いたくなるくらい便利そうだ。
という訳で相手の状態を見える化したイマジナリーカード【達人の目】よ、カモン!
イメージを湧き上がらせ、それを具現化させるべく集中する。
好きなゲームのシステムを参考にしたので今回は簡単にできた。
状態異常なんかは部位特定しやすいような表示になるようにアレンジはしたけどね。
「よし、完成」
さっそく使ってみる。
お姉さんのHPは満タンだがMPが少ない。
状態異常のアイコンも出ている。
[昏睡][呪い]
「えーっと、どういうことかな」
さっそくミスった。
【達人の目】カードは簡易表示されるだけなので、それ以上の情報が得られないのだ。
だからといって、ここで【賢者の目】カードを使うと本末転倒だし【達人の目】を改良するべきだろう。
【達人の目】バージョン1は使用を中止。
ただし、引っ込めるのではなく待機状態にする。
この状態で【達人の目】に新たな仕様を上乗せするイメージをすれば一から始める必要がないからだ。
この方法で無駄な部分を省くこともできる。
有り体に言えばバージョンアップしていることになるかな。
今回の場合は仕様を追加した修正なのでバージョンは1.1だ。
まあ、数字はいちいち覚えていられないけどさ。
他のイマジナリーカードも同じようにブラッシュアップしてきたからね。
すべてのバージョンナンバーを覚えるなんてナンセンスだろ?
とにかく【達人の目】も鍛える余地は今回だけではないと思うが、まずはお姉さんの状態を詳細に確認できるようにする。
生まれ変わった【達人の目】カードを再使用。
[昏睡]と[呪い]のアイコンが出るのは改良前と同じだ。
しかし[昏睡]アイコンに意識をフォーカスすると吹き出しが現れる。
「えーっと? 呪いによる強制的な睡眠だって?」
今度は[呪い]アイコンに意識を向けると別の吹き出しが出た。
「正規の手順以外で奴隷の首輪を外したことで事前に指定されていた呪いが発動?」
首輪は【なんでも収納】カードで亜空間に放り込んだというのに呪われてしまうなど予想外もいいところだ。
力尽くで外すのは爆発とかしそうでヤバいかなとは思ってたんだよ。
想定外すぎるだろ。
まあ、お姉さんが昏睡状態に陥ったのは呪いの中では穏当な方だと思う。
死なれちゃ困るからだろうな。
それだけ異世界召喚が可能な人材が少ないということの証左でもある。
「厄介なことをしてくれるじゃないか、脂肪キングさんよ」
こんなことなら奴は活火山の火口へ放り込んでやれば良かった。
後悔先に立たずというか、そんな真似をしても結果は変わらないのだが。
とはいえ、今やるべきなのはお姉さんを呪いから解放することだろう。
今度は慎重にやらないとな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます