第7話 平社員同盟

 今日は久々に定時で退社できた。

 というより平社員は全員が強制的に帰らされた。

 困惑しつつもタイムカードをセンサーにピッと読み取らせて帰路につく。


「おーい、能登さーん」


 歩いていると背後から声をかけられた。

 適当な場所でイマジナリーカードを使おうと思っていたのでヤバかったな。

 気をつけないと。


 誰かと思って振り返れば、昼休憩の時の面子に何人か加わった平社員たちが固まっている。

 たびたび集まって情報交換と称して食事会なんかを行っている面子だ。

 いつの頃からか集まりは平社員同盟なんてちょっと厨二チックな呼ばれ方をしていた。


 実は俺もそのうちの1人だったりする。

 毎回参加している訳じゃないが、いま休職中の同僚に誘われて何回か付き合っているうちにメンバー的扱いを受けるようになっていたのだ。

 まあ、気のいい人たちなのは間違いない。


「密偵の茂が追加情報を仕入れてきたってさ」


「晩ご飯のついでに聞いてみない?」


「行こうぜ」


「どうやら能登さんも関係ありそうだし」


「それを言うならクズ太郎の部下全員じゃない」


「言えてるけど、一番の被害者は能登さんだと思う」


「だよなー。よく耐えられたと思うよ」


「俺なら、とっくに会社辞めてるね」


「自慢にゃならねえぞ。まあ、俺もだけど」


「私も辞表を出そうと思ったことあるわ」


「それはここにいる全員じゃないかな」


「言えてるー」


 なかなか賑やかなことになったと思っていたら……


「能登さんも行くわよね?」


 唯一の女子メンバーに誘われてしまった。

 俺が返事をする前に全員がウンウンと頷いているので面子に加わるのは、なかば確定しているみたいだな。


「御飯だけならね。アルコールを入れられない用事が控えているんだ」


 用事は、こちらの世界と向こうの世界の両方がある。


「大丈夫なの?」


「晩ご飯を食べてからの待ち合わせだから大丈夫」


 相手が忙しくて、そういうアポになってしまったのだ。


「もしかしてデートかい?」


「それなら御飯を食べていくのは考えにくいだろう」


「ちょっとアナタたち、プライベートの詮索は良くないわよ」


「「へーい」」


 俺が答える前に話が完結するが、その方がありがたい。

 先方にはことを起こすまでは口外無用と念押しされているからな。

 だからといって皆に害がある訳ではない。

 むしろ、今後のことを考えると有益な結果になることだと思う。


 そんなこんなで晩ご飯はお好み焼き屋に行くことになった。

 居酒屋よりはアルコールが入らないだろう。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



「で、谷口大先生はどんな情報を仕入れてきたんだよ」


 座敷席に全員が着座するなり話を促してきたのは谷口氏と同期で同じ営業部の岩本雅昭だったか。

 確か谷口氏には岩ちゃんと呼ばれていた。


「先に注文くらいさせろよ」


「悪い。昼の話を後で聞いて気になってたんだよ」


 その後は注文をして谷口氏の仕入れてきた情報の報告会となった。


「クズ太郎がヘマをしたって話は聞いてるか」


 谷口氏の話を聞いている面子で頭を振らなかったのは俺だけだ。


「おや、能登氏は知っていたのか」


 何時の間にといった様子でちょっと驚いた表情を見せる一同。


「クズ課長が呼ばれた段階で想像がついただけだよ」


「どういうことだい?」


 不思議そうに聞いてきたのは俺と同じ課の同期である植木丈二だ。


「いつも仕事のデータをパクられてるのは知ってるだろ」


「ああ」


 植木は普通に答えたが、他の課の面子はギョッとした顔になっていた。


「意外に知られてなかったんだな。割と有名な話だと思ったんだけど」


「そんな訳ないだろう。その話が広まっていたら、もっと早くにクズ太郎は首になってる」


 興奮気味にそう言ったのは佐々木勇といったか。

 いつか平社員同盟だけで集まった酒の席で勇気の勇と書いて「いさむ」と読むのだと力説されたっけ。

 名前をよく間違われるストレスがたまっているんだろう。


「無理だろ。アイツ、上へのゴマすりだけは一級品だし」


 反論した大林洋文は所属課が違うのによく見てる。


「言えてるよなぁ」


「仕事はできない奴の典型パターン」


 竹嶋成宏が同意し大塚茂治がボソッと追撃した。


「そんなことより話を進めましょうよ」


 受付の沢田嬢が脱線気味の話を修正してきた。

 皆の視線が俺に集まる。


「今日は奴より早く出勤できたから仕事のデータをパクられる前に上層部に送信したんだよ。いつもはパクられてますって一文を添えてな」


 全員が呆気にとられた表情になり、そして破顔したかと思うと爆笑した。


「能登氏もやるなぁ。俺の情報なんて大したことないじゃないか」


 谷口氏が笑いながら両手を挙げて降参のポーズをする。


「そんなの確かめてみないとわからないじゃない」


「そうだな。話を聞いてからじゃないと決められない」


 という訳で谷口氏の話が始まった。

 クズ課長がヘマをして上層部からよってたかって絞られているという。

 ヘマの内容まではつかめていなかったそうだが、俺の件が該当するだろうということになった。

 俺もそう思うし皆も納得していた。


「けど、2時間も絞られるかね」


「それだけ悪質と判断されたんだろ。まだまだ続くっぽい感じだったぞ」


 大林が疑問を呈したが岩本が持論で否定する。


「岩ちゃんも情報収集してるじゃないか」


「たまたま会議室の前を通りかかっただけさ。専務の怒号が聞こえてきてビビったぜ」


 岩本の話を聞いて全員が震え上がってしまった。

 仏の湯河原と言われるほど温厚な専務だがマジギレすると人格が逆転したのかと思うほど鬼と化すことでも有名だからだ。


「きっと他にも何かやらかしてるんだよ」


「それな」


「山川が鬱に追い込まれた件もあるみたいだぞ。内容証明郵便が届いたってさ」


 谷口氏の追加情報に全員が神妙な面持ちとなった。


「それって午前中のことじゃないか」


「どうしてそう思うの?」


「だって上層部がバタバタしてただろ」


「「「「「あーっ」」」」」


「クズ太郎が訴えられるとしたら会社の責任も問われるよな」


「管理不行き届きってやつか」


「じゃあ、会社も訴えられるのかな?」


「どうだろう。山川は会社を恨んではいないと思うけど」


「クズ太郎に厳正な処分を求めるための駆け引きの材料として弁護士が利用してくることは考えられるんじゃないかな」


「あるかもー」


「クズ太郎、完全に終わったな」


 誰もその言葉を否定しなかったが、俺にとってはまだ始まったばかり。

 言ってみれば反撃の狼煙が上がっただけのことである。

 この後、本格的に反撃するための打ち合わせに行くんだよな。

 さすがの密偵の茂もこの情報はつかめていないはずだ。



 □ □ □ □ □ □ □ □ □ □



 あれから皆と別れて俺は弁護士事務所にいた。

 応接室に通されたが目の前のお茶はすでに冷め切っていた。


「お待たせしました」


 そう言いながら弁護士の先生が入ってきた。


「なかなか粘る人がいたものでね」


「いえ、こちらこそお忙しいところすみません」


「何の何の。たまたま依頼が重なっただけですよ」


 なんだかブラックな働き方をしている先生だ。

 ちょっと心配になったが自分で仕事量を調整しているのだと信じたい。


「それでメールでは今週中に内容証明を送りたいとありましたが」


「はい、実は──」


 俺は今日の出来事を出社直後から詳細に説明した。

 もちろん、お好み焼き屋で谷口氏たちから得た情報も込みだ。


「──という訳で先走ってしまいました。申し訳ありません」


 俺が報告を終え頭を下げると先生は大口を開いてカラカラと笑った。


「能登さんは機を見るに敏ですなぁ」


「そんなことはないと思うんですが」


「いやいや、私の仕事がしやすくなりましたよ」


 そう言って先生が不敵な笑みを浮かべた。

 楽しんで仕事してるねえ。

 この調子だと働き過ぎを心配する必要はなさそうだ。

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