第7話 学園と友人の話3

 昼休み終了のチャイムがなり、美音は色欲クラスに戻っている。

 正樹は約束通り、嫉妬クラスに足を運ぶ。


 嫉妬クラスに着き、教室内を覗く。そこには部活見学などに行かなかったであろうクラスメイト数人と喋る正樹と美音の知人の少年がいた。


 少年は仲良さそうにクラスメイトと談笑をしている。話の内容はどこの塾に通うかというもの。嫉妬クラスだけあり、勉学で他に劣ることが嫌いなのだろう。


 正樹は会話の邪魔をするのは良くないと思い、話終わるのを待ちながら美音から聞いた学園の話を頭の中で復習する。





 東京都立ホーグリップ学園


 東京都千代田区に位置する高校であり、今年で創立20年になる。できて20年しか経たない高校であるが、現時点で日本国内に存在する高校の中で、ホーグリップ学園はトップに君臨している。


 学園の理念は『希望の中に欲望は必要』というもの。

 ちなみに学園の名前は希望のホープと欲のグリードを混ぜてできた名前である。


 欲望国の出現以来、世界では欲望の研究が大体的に行われている。

 欲望は人が生まれながらに持っているもので、人を構築するのはDNAや細胞だけでなく、欲望の種類にも関係しているというのが30年続けられる研究で言われてきたことなのだ。


 ホーグリップ学園は人の成り立ちが欲望に関係するということに着目してできた高校で、欲望の偏りによって人の得意分野は違うのではというのが学園の教育方針に色濃く出ている。


 ホーグリップ学園には3つの学科が存在し、それぞれ7種類の欲望にちなんだクラスがある。


 学科は一般職専門学科、特殊技能学科、そして特別措置待遇学科の3つに分けられている。


 一般職専門学科は名前の通り、一般的な職業に進むことを目的とした学科である。ただ他の高校と違うのはクラスが欲望値によって編成され、各々のクラスが違う授業を受けていることである。


 先にも言ったがホーグリップ学園は欲望の偏りで得意分野が違うことにいち早く気づいた高校である。得意分野を伸ばすことで優れた社会人になれるという教育方針。


 例を上げれば、傲慢は人の上に立てる社長気質の人間を育成することを目的にし、憤怒であれば格闘家やスポーツ選手など感情爆発させるのが良い職業につける人間の育成を目的にしたりとクラスごと、また生徒ごとに受ける授業が違ってくるのだ。


 美音の通う一般職専門学科色欲クラスは、主に性を武器にして社会貢献できる人間の育成をするクラスである。

 美音が主に選択している講義は接客業と花嫁修行。他にも種類はあるらしいが、過激なものだとキャバクラや風俗などの就職に力を入れた授業もあるらしい。


 そして正樹の通う一般職専門学科暴食クラスは主に食関係。

 名前に食が入るだけあって生徒達の大半が飲食と関わりのある職業に着くため、授業も肉、魚、野菜と料理の種類で分けた授業がほとんどである。




「姉さんが床上手になりたいとかで風俗講座とか選んでなくて本当良かった。姉さんがエロエロになったら....あれ?もしかしてなったらなったで俺、幸せ?」


「....何やってんのお前?」


 クラスの前で血の繋がった実の姉とのエロエロ生活を想像し、身悶え、くねくねする正樹に、ゴミでも見てるかのような冷たい視線で少年が語りかけてくる。


「あ、....待たせた。話終わったんならさっそくシュークリーム食べ行こうや」


「何なんお前?あと目的シュークリームやないから」


 くねくねしていた正樹は背筋を伸ばし、いつもの仏頂面に戻る。


 少年は何があったのかは理解してないが、クラスの前で悶え苦しむ正樹を見て内心気持ち悪いと思うも、とりあえず見なかったことにして正樹と学校周りの探索に出るのであった。










「でな、こないだから股間めっちゃ痛いんよ。あの人マジで許せーん」


「はは、姉さんでもお前にそんなことしないよな」


「されたことないよ。美音さんならマジでウェルカム!はぁ、美音さんにいじめられたい」


 実の弟を前にこいつは何を言ってるんだと思いながら、正樹は少年と喫茶店に向かっている。


「俺はいじめたい方かな、どちらかと言えば」


「いやいや、キモいキモい。お前にいじめられたくねーよ」


「お前相手にじゃねーよ。姉さんをいじめるか、姉さんにいじめられるかの話だろ!」


「あっ、そっちか。ははははは....いや、その発言もキモイわ」


 正樹と少年は笑いとドン引きを繰り返しながら喫茶店に到着するのであった。


 正樹は嫉妬クラスの生徒が教えてくれた「飛び出るイチゴ、カスタードマシマシシュー」を大量に購入し、店内の席につく。


 側面からはカスタードが溢れ出し、生地の頭からいちごのヘタがこんにちはしているシュークリームを目の前にした正樹。

 少年が注文しているにも関わらず、正樹はうずうずを抑えられず、シュークリームに手を伸ばすのであった。


 うんうん、甘くて美味しい。いちごのヘタ取らなきゃか。うーん、普通に美味しいぐらいだな。この勝負びちゃびちゃキムチサンドの圧倒的勝利ー!カンカンカーン。と、今日食べた物を頭の中で戦わせ、リング上で勝ち誇るサンドイッチとクリームを撒き散らしてしなしなになるシュークリームを想像する。


 それでも美味しいのでシュークリームは続けて食べる。


「そんなに食って夕飯食えるや?まあ、正樹なら食えるか。俺にも1個くれよ」


 コーヒー片手に少年は正樹の向かい側につく。


「1個?1口じゃなく?おこがましい!」


 正樹は少年の発言に怒りを覚えたが、コーヒーしか購入してないのを見て少し考えを改めた。

 バイトしているとはいえ所詮は高校生。シュークリームを買う金もないのだろうと思い可哀想な物を見る目で正樹は少年にシュークリームを分け与える。



 2人は受験から入学までに起きた出来事を面白おかしく話した。

 正樹は家の事、受験勉強の時期、合格通知についての話。少年はバイトで起こった出来事について話す。


「美音さんの障子正拳突きの話超面白いわ。あの人綺麗やけどそういうとこあるよなー。今朝も飛び蹴り凄かった。グリッド使える人みたいな動きしてたわ」


「いや、お前の股間握られた話もなかなかよ。手後ろに組んだまま直立で股間握られるとか!大人怖えーわ」


 少年と一緒に話をするのはとても楽しく、普段仏頂面の正樹も少年の前では笑いをこらえることが出来なかった。




 明るく楽しく会話を弾ませる2人であったが店内は逆に重たい空気がたちこめていた。

 正樹と少年の座る席から3つ分離れた席でスーツ姿のおじさんとアロハシャツを着たガラの悪い金髪おじさんが口論しているのだ。話の内容が聞こえるぐらい大声で怒鳴る金髪おじさん。それに対して深々と頭を下げるスーツおじさん。

 話の内容と2人の行動から推察するに借金の取り立てであろうことはすぐわかった。

 金を出せ、臓器の1個や2個なら大丈夫、嫁と娘を売れ。金髪おじの脅しは酷いもので、聞いてるのが不快であった。


「悪い正樹、気分悪いわ。ちょっと注意してくる」


 少年が席を立ち、金髪おじのところに行く素振りを見せる。それに対して正樹はすかさず少年の制服を掴む。


「やめとけって。学校入った初日で問題になるようなことするなよ」


「心配すんなって。すぐ終わるよ。静かにしてって頼むだけやから」


 少年は正樹の手を剥がし、金髪おじの所へ行く。正樹は仕方なく3人の動きを観察しながらシュークリームをほうばる。


 少年が2人に話しかけ、スーツおじは大丈夫です、すいませんといった手を前にやるジェスチャー。その後少年が金髪おじに話しかける。


「ガキが調子こいたこと言ってんなよ。怖い思いしたいんか?わかった、表出ろ。奥歯ペンチで抜いたるからな!オラ、来いや」


 大声で怒鳴り散らかした後、金髪おじが少年を引っ張り、店の外に連れていく。やばい事になったと、店内にいた人達は皆ひきつった顔になる。


「やっぱりそうなるじゃん。静かにしてで終わるわけないじゃん」


 正樹は首の力が抜け、ガックリ頭を落とす。


 店の店員やスーツおじが正樹に駆け寄り、お友達は大丈夫ですか?本当にすいませんと心配してくれる。

 だが正樹はシュークリームを食べる手を止めず、無言で苦笑いを返す。



 ガシャンパリンパリンパリンガシャンパリンドタン!



 店の裏で大きな音がする。店員達はやばいやばいと言いながら店を出て、様子を見に行く。


「ああ、私のせいでお友達が....本当にすいません。ああ、どうしよう....」


 スーツおじが涙目で謝るのを見た正樹は、シュークリームを一旦置き、1回事態の収拾をつけることにする。


「いえ、こちらこそすいません。お父さんのこと考えたら、あいつは止めるべきだったんですけど。正直お父さんの立場が今後悪くならないかが心配です。本当にすいません」



 正樹は謝るスーツおじに謝り返す。なぜ謝られたか分からないスーツおじだが、友達が心配だと言い、正樹と店を出ることとした。


 スーツおじは外に出て喫茶店と隣の店の間にあるゴミ置き場を見る。



 そこら中に散らばるジュース瓶が入っていたであろう箱。

 まばらに割れて飛び散ったジュースの瓶の破片。

 破片の上に寝転がる金髪アロハシャツ。

 そしてポケットに手を突っ込んで仁王立ちする少年。



「....どういうことですかこれは?あれ逆、え?え?」


 状況が理解出来ず、スーツおじは頭を抱える。少年が酷い目に合うという色んな惨いイメージを膨らませたスーツおじだが、考えたものが1つも起こっておらず、気が動転して、失神してるであろう金髪アロハシャツを抱き抱えようとするところに、後からついてきた正樹が話しかける。


「やっぱりこうなりましたか。俺の友達が本当にすいません。後でお父さんのとこにとばっちりが来るかもしれないのがかなり心配です。警察の方呼んだ方がいいかもしれないですね」


 正樹はかがんだ状態のスーツおじの肩を叩き、警察に事情を説明しとく方が身のためになるかもと提案する。


 正直なところ正樹はこの状況になることを最初から最後まで分かっていた。


 たぶん喧嘩をふっかけたのは少年の方で、店の裏に連れ出されたことで自己防衛という名目を作り、金髪アロハシャツをボコボコにするシナリオ。


「ごめん正樹。やっちった!」


 周りがひきつる中、少年は正樹に笑顔を向ける。






 普段は元気で無邪気な明るい少年。美音と顔を合わせる度に美音を怒らせる少年。実は正義感があるが手が出やすい少年。父を尊敬して自分も医者になりたいと願い、目的があるからと言って世界政府直属の軍隊でバイトをする少年。


「勘弁してくれよ隼人」


 正樹の親友、アホ少年『榊隼人サカキハヤト』は暗闇で笑っていた。




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