第3話 アメリカにて

「弱い、弱い、弱すぎるよ。そんなんで自分の国守るとか言ってるなら甘いよ。私と対等にやりたいなら核でも持ってこいねー」


 横並びの陣形をとる戦車小隊は1人の男を集中砲火する。だが男は蚊でも飛んできたかのように戦車の砲弾を叩き落とす。何かに守られてるのか、そう錯覚するほど男の体に弾は届かない。


 男は砲弾の雨の中、高らかと笑っている。


 世界政府アメリカ支部の軍部技術主任であるエマ・アルコーンは、戦車と男が戦うのをモニターで確認していると、背後から声をかけられる。


「さすがは神機と言うべきでしょうか。戦車のような旧世代の兵器では遊びになってしまいますね。さて、僕も準備しますかね。あ、僕は戦車とかではなく、なんて言いましたっけ、そちらの兵器?グリッドアーマー?それと手合わせしたいんですけどどうでしょう?」


「無理言わないでくださいアーサー様。今日は旧世代兵器である戦車や戦闘機で神機とどれだけ戦えるのかを見る訓練なのです。やりたいのであれば後で大統領にでも言ってください」


 ウェーブのかかった金色の髪に赤い瞳。全てを見透かしたような笑みを浮かべた傲慢の王、アーサー・ルシリエッタの提案をエマは跳ね除ける。


「ああ、そうだ。今晩一緒に食事でもどうでしょうか。あなたのような知的な女性とゆっくりと話をしてみたいのです。それに神機について話が出来るのはそうそうない....」


「お言葉ばですがアーサー様。軍事演習後には首脳陣との会談があるのですよ。会談終わりは首脳陣との食事になると思います。私のような1技術者がそのような宴会の場には行けないと思いますよ」


 エマは食い気味にアーサーの誘いを断る。


 傲慢国の王であるアーサーの機嫌を取るのは世界政府にとって大切な職務であると思うエマだが....あまり好みのタイプではなかった。


 アーサーはスタイルも良く、整った顔立ちをしている。ただ傲慢な話し方がエマには気に入らなかった。何かあれば神機はすごい、戦車じゃ自分の実力が出せない、グリッドだけでも十分と言うアーサーが鼻についてしかたなかった。


 欲望に特化した、選ばれた人間のみが使える能力『グリッド』。その能力を向上させる、エマを中心に開発された装備が『グリッドアーマー』である。



「私が作ったグリッドアーマーでタコ殴りにしてやろうか、くそ王子」


 エマはアーサーの耳に届かない程度にぼやく。


 アーサーは弱いものいじめは好きじゃないんだけどなと呟きながら研究室を出ていくのであった。







「隼人、あんたの意見が聞きたい。どうだいあの二人は」


 エマは研究室の壁に寄りかかっている男、榊隼人サカキハヤトに声をかける。隼人は壁から離れ、エマに近づき感想を述べる。


「化け物ですよ、あのフェニクスとかいう神機。攻撃が無効とかの能力だったらエマさんの作ったグリッドアーマーがどんなに優れていても無理でしょうね。あとアーサーの方ですが、神機は今から見るとして、多分グリッド使いとしてもやばいと思いますよ。立ち姿、歩き方見ただけでも分かるっス」


 隼人はエマと同じ考えであった。


 戦車小隊をおもちゃ遊びでもするかのように楽しげに戦う男、神機フェニクスの保持者・チェン・チーリン。チェンが腕を振るだけで砲弾はあらぬ方向に飛んでいく。神の機体と言うだけある。その強さは想像の何倍もやばいものであった。



「お前でも勝てないのか?」


「勝てないんじゃないですか?俺医者希望だし」


 15歳にして日本支部グリッドアーマー部隊に選ばれたエリートの言葉とは思えない、隼人の弱気発言に嫌気がさすエマ。


「興味があるからわざわざ日本から来たんだろ。医者?は?お前はいずれグリッドアーマー部隊の大隊長になるのが約束されてるんだぞ。若いうちからそんな弱々しいこと言ってどうする。勝ちますよぐらい言えよ。玉きれてんのかお前は!その下半身についてる棒は起っきもできないソーセージか、あ?」


 隼人は股間を握りしめられながらの説教という行為を、若干15にして体験するのであった。


 榊隼人はグリッドアーマー部隊でどうなりたいなどは一切考えていない。中学3年生の隼人にとってグリッドアーマー部隊は学校の部活動、言うなれば暇つぶしに近い感覚で入ったものであった。


 隼人の欲は自身の父親のような立派な医者になり、苦しんでる患者を救える人になること。


「なんでも治せるグリッド能力者を探してるだけなんだけどな」


 グリッドアーマー部隊に入ったのは暇つぶしと並行してグリッド能力者との遭遇率を上げるためである。まだ公に確認されていない癒しに属するグリッド能力者を見つけだす。今日神機使いを見に来たのもその一環である。


「グリッドアーマー部隊にいればチャンスはある」


 軋む股間の痛みに耐えるのも自分の目的のためなら仕方ないと思い、上司であるエマの理不尽な攻撃にも屈しない隼人であった。










 軍事演習を終えたアーサーとチェンは世界政府が用意したホテルに1度戻ることにした。


 国を代表するものとして、汗臭いまま対談するのは国の品位を損ねるというアーサー。チェンはくだらないと思ったものの、汗をかいたままでいるのは嫌なので風呂に入ることにする。


「....で、なんで私たち一緒の風呂に入ってるね?」


 チェンは温泉に浸かるアーサーを睨みつける。


 世界政府が用意したホテルには個室の浴室がなく、風呂に入るには大浴場に行くしかなかった。

 そのためアーサーとチェンは一緒になって温泉に入るはめとなっていたのだ。


「サービスなってない。用意した世界政府は欲望国舐めてるよ。会談で集まるのは各国の首脳陣らしいし、殺してしまうか?」


「チェンさんは短気だねー。気持ちいじゃないか温泉。それに俺はチェンさんと温泉入るのいいと思ってるよ。2人っきりで話したいこともあるし」


 アーサーは殺気立つチェンをなだめ、会談で話すことの口裏を合わせようと提案する。


 アーサーとチェンがロサンゼルス会談を世界政府に提案した目的。

 それは世界の戦力を『一時的』に均衡にするためであった。


 今日の軍事演習を見てもわかるが、旧世代兵器である戦車や戦闘機などでは神機どころか、戦闘向きのグリッド能力者にも劣ってしまう。


 今強欲国と憤怒国は大規模な戦闘を起こす準備をしており、今のままの世界政府では歯が立たず、世界滅亡という最悪な結末を迎える可能性がある。

 グリッドアーマー部隊というのがどれほどのものかは分からないが、神機には到底太刀打ちできないであろうというのがアーサーとチェンの共通見解であった。


「私たちが戦うでもいいけどそれは困るかもなのよね。どの神機であろうと今失うのは」


「チェンさん、それ以上は言わなくていい。俺も神機から聞いている」


 アーサーは会談でも話を伏せようと思っていた神機の必要性を話始めるチェンを止める。


「今はまだ神機も世界も存在しててもらわないと困る。その認識をチェンさんが持ってることが確認出来ただけでいい。後で行う対談ではその話はしない方向で行きましょう」


「そうね。私が世界政府の立場なら、話を聞いた段階で神機の争奪戦やりたくなるね」


 7つ神機も世界政府も『今は』必要なものだ。

 それを理解してるはずの強欲国と憤怒国の王はなぜ戦争を起こすのか。

 アーサーは理解に苦しむ。


「まあ強欲と憤怒って戦争大好きみたいな欲なんでしょ。感情で動く人のことなんて考えてもしょうがないね」


 チェンの一言をアーサーは渋々受け入れる。

 同じ神機持ちでありながら、欲が違うだけでこんなに考え方が違うものかと思うのであった。

 また事情を知った上で会談の参加を拒否した色欲国に対しても、何を考えているのか分からないという苦悩を抱えるアーサーであった。



「....色欲国のこと考えてふと思った事なんだけど」


 アーサーは少し顔を赤くしながらチェンをまじまじと見る。


「チェンさん男の人だよね?なんて言うか....めちゃくちゃ美人さんで、一緒の風呂に入ってるとこう....」


 アーサーはモジモジし始める。


 チェン・チーリン。

 嫉妬国の王で神機フェニクスの保持者。

 普段は三つ編みで黒装束に黒いマスクの不気味な感じだが、今アーサーの目の前にはサラサラの青い髪をなびかせる美人なチェンがいた。


「私のどこに胸があるね?チンチンもちゃんとついてるよ。舐めたこと言うならあなたから先に殺ろうかね?」


 チェンは湯船からクナイのような形状の武器を取り出し、アーサーの首元に当てる。しかしそれと同時にチェンは背後に気配を感じる。


「すごいすごい、温泉から武器が出てきた。それチェンさんのグリッド?でも今はやめましょうよ。でないと俺もチェンさん攻撃しちゃうよ?」


 アーサーは顎で後ろを見てみろとチェンに合図する。

 チェンが後ろを振り向くと、そこには金色の槍が1本、空中で待機状態になっていた。


 お互いに目を合わせ、グリッドの能力考察を始めるが、手の内がバレないようすぐさまグリッドを引っ込める。


「私達が争うのは良くないね、ごめんなさい、感情的になったわ。でも私を美人と言うのは良くないことよ。また言うなら寸止めしないかもよ」


 チェンはアーサーを睨みつけ、大浴場を去って行った。


「褒めたつもりだったんだけど。禁句だったかな」


 アーサーに悪気はなかった。ただ思ったことを言っただけであったが、チェンにはそれが怒りの引き金であったのだ。

 やっぱり他人の感情とは分からないものだなと、アーサーは去っていくチェンの姿を湯気越しに見つめていた。


「あのグリッドがどんな能力なのかはまだ分からないけど、チェンさんの動きは....あれはやばいね。ジャパニーズ忍者かと思ったよ」


 アーサーはチェンが怒り、自分に襲いかかって来ることは目視出来た。

 だがチェンの懐に飛び込む速さは、アーサーが距離を取るために下がったスピードよりも格段に速かったのだ。


 協定を結んだチェンだが、敵になったら厄介。

 アーサーはチェンの動きを間近で見れたことが嬉しくて、長湯していることも忘れて温泉に浸かっていた。





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