空腹のドナウ
ゴシ
第1話 プロローグ、世界の話
地球は丸い。そんなことを言われていた時期があったらしい。実は微妙に楕円形であると言われた時期もあった。
だが現在は違う。
2030年の地球は完全な楕円形である。学校にあるリレーのトラックに似た形をしているのだ。
2000年の12月25日、昔クリスマスと言われ、皆が楽しく過ごしていた時に大厄災が起きた。ロシア、中国などがが完全に分断する形で大地が割れた。死者、行方不明者の具体的な数は未だ分かっておらず、数十億人を超えたという情報しかない。
その当時の人達は地球が割れた、世界は終わったと思ったことだろう。しかし世界は終わらず、新しい世界の幕開けとなった。
大地も海も割れ、地球が綺麗に半分ずつに別れたところから、新たな7つの大地が浮上してきたのだ。
2000年に浮上してきた大地は人も建造物もない、ただの大地であった。どの国がその大地を所有するかが議論される中、誰がどうやってか、数年のうちに国が建国されたのだ。2030年、現在では建物が並び、人が住んでいる。それぞれの大地が1つの国として成り立っているのだ。
欲望国とは傲慢、強欲、嫉妬、憤怒、色欲、暴食、怠惰の7つの欲望にそれぞれ特化した人間のみが住める、新たに浮上した大地に設立された国である。
傲慢国は秩序がしっかりしているものの1癖も2癖もある人が多く住み、強欲国は争いを好む人が多く、日々騒ぎを起こしている。
欲望に特化した人間しか入れない国なだけあって、それぞれの国が欲望の色に染まった生活を送っている。
その中でも強欲国は戦争を起こすのではないかと世界政府は日々緊張が絶えない。だが30年経っても国同士の戦争は起こっていない。
強欲国が他国と争う気が無いとは言えない。強欲国の人間による盗み、暴動など小さなものは日々起こっている。
戦争を引き起こしかねない強欲国がなぜ戦争を起こさないのか。考えられる答えは1つ。
神機とは大地が誕生したと同時に現れた各欲望国を守る人型のロボットである。サイズは人より一回り大きいぐらい。人が装備するタイプのロボットであり、今確認されているのは5体のみ。
『傲慢のライオット』
『強欲のバナード』
『嫉妬のフェニクス』
『憤怒のバルザーク』
『色欲のアリエッタ』
その5体はそれぞれ特殊な能力を持っているらしい。だがその能力自体は公表されていない。各欲望国は主力である神機の能力は明かさず、神機の存在と名前のみが公表されている。神機があると公表するのは、他国への牽制の意味もあるだろう。
それぞれの能力は明かされていないとは言ったが、1つ共通した能力を持っている。
自国の閉鎖機能である。
神機は対応した国にある時のみ、欲望国は欲望に特化した人間しか入れない国になる。神機を外に持ち出すと、欲望の弱い人間や他の欲望持ちの人間でも入国できるようになるため、神機を使った他国侵略をしようものなら逆に自国が攻められてしまう。それが強欲国が他国侵略を大々的に行わない理由であろう。建国して30年経たない小国が神機無しに戦争するほどの力は無いだろうから。
現在暴食と怠惰の神機は確認されておらず、2つの大地は人も住んでいない状態である。世界政府は欲望国5国と対等に戦う力を備えるため、今も暴食と怠惰の神機捜索を続けている。
現存する5国がどのようにして神機を手に入れたか、国を建国した目的は何か、そもそも神機とは何なのかなど分からないことは多い。だが1つだけ明らかなことがある。人間は7つの欲望で成り立ち....
「....欲望7種類言えたら合格とかにならんかな」
2030年2月10日、
15歳の正樹は2月15日にある高校受験の対策のため勉強しようと思ったが、2、3ページ見たところで断念する。
2030年に入って出版された参考書を読み始めるとか、どんだけ受験舐めてるんだろうと正樹は自分につっこむ。
正直高校に行かず、家でやることやれば生活はできるであろうという気持ちが勝ってしまった。
正樹の欲は美味しい物を食べて、家族と平和に暮らすというささやかなもの。
偉くなりたい、強くなりたいなどの欲は微塵もなく、高校に行く意味があまり分からなかった。
ただ周りの人間から高校は行った方がいいと言われ、仕方なく高校受験に臨むのである。
「家族だけで楽しく過ごせるならなんでもいいのに」
ため息を吐きながら正樹は自室の畳に寝転がる。
これからどういう人生を歩むのか、天井に敷き詰められた木の板同士でできた隙間のあみだくじを辿りながら自分の道を考える....
「正樹様、勉強中のところすいません。夕食の用意が出来ました」
襖越しに声がする。どれくらい時間が経ったのか。もうそんな時間かと思いながらも、正樹は眠気に負け、目をつぶっていると
「正樹様?失礼しますよ....正樹様!大丈夫ですか!」
寝転がってる正樹は体を揺すぶられる。寝てるだけで大袈裟なこだとだと思いながら、正樹は体を揺らすのをやめさせる。
「寝てただけだよスティーブン。寝てるだけでそんな驚いてたらきりないよ」
正樹は心配そうに自分を抱き抱えるスティーブンをなだめ、一緒に食堂へ行くことにした。
でも今日はスティーブンの食事担当か。正樹は長い廊下を歩きながら不安を覚えていた。
アメリカ人であるスティーブンは元々ある大企業の社長であった。
そんな優秀な人材がなぜだろ。父である
父がどのようにしてスティーブンを入会させたのかは分からないし、正直興味もなかった。それよりも今は電子機器を専門に扱う大企業の社長だった人間が作る飯とは何か。
美味しくなかったら許さんぞ、と心に思いながら正樹は重くなる足を食堂へ向ける。
「姉さんは今日いるの?部活で遅くなるかもって聞いてたけど。」
姉さえいれば、仮に飯が不味くても楽しく会話して済ませられる。そう思いスティーブンに姉のことを聞くと、帰ってきてるという返事が返ってきたと同時にスティーブンの携帯電話が鳴る。
スティーブンはぺこぺこしながら電話を取り、話を始めたかと思うとすぐ電話を切り
「美玲様が部屋を出たそうです。急いで隠れてください」
と正樹に伝える。
正樹とスティーブンは近くの空き部屋に身を潜め、母である
「正樹様。失礼ながら質問をよろしいでしょうか?美玲様の事なのですが」
スティーブンはまたぺこぺこしながら母に対する疑問を投げかけてきた。
普通に考えたらおかしい事だろう。母親が部屋から出ただけで隠れるなんて一般家庭ではありえないことだ。
でも正樹はずっと思っていたことがある。一般的とは何か。自分の考える一般が果たして合っているのか。
無理もない、なぜなら
楓家は宗教団体であるからだ。
宗教団体『楓の樹』
正樹の父である楓正義が作ったもので「みんな仲良く楽しく暮らそう!」という大雑把な理念を掲げる団体である。
そんな誰でも考えられそうな理想を掲げる団体であるにも関わらず、入信者数は約20万人もおり、各県に支部が存在する。
入会の条件は財産を全て正義に譲渡し、楓の樹の敷地内で暮らすこと。こんな酷い入会条件であるにも関わらず20万人も入会するのは正義の人柄なのか、誰1人疑問を持つことなく信者達は楓の樹の敷地内にある田畑を日々耕して生活している。
スティーブンもその1人で、元々の社長という立場を正義に明け渡したのだ。
仕事を辞め、財産を失う。それでも笑顔で過ごしているスティーブン。
楓の樹の何がいいのだろうと思う正樹である。
そして正樹の母である楓美玲の話だ。
美玲は元々娼婦、いわゆる体を売る仕事をしていた人間である。
背は170cmと女性にしては高く、長い白髪の美人らしい。『らしい』と言ったのはその情報は正樹自身が普段から見て知っているのではなく、姉や女性の信者達から聞いた話でそうなのだろうと思っているだけなのだ。
写真は1枚もなく、正樹が美玲をまじまじと見たのは5歳の頃が最後。
あまり当時の記憶が定かではなく、最後に顔を合わせた時は、怒られてビンタを食らった覚えがある正樹。ただ5歳の頃だったので何をして怒られたのかは分からない。
怒らせたせいなのか、母の『男嫌い』に関係しているのかは分からないが、正義から顔を合わせないように言われてから以降、付き人に電話が入り美玲の行動は正樹に知らされ、美玲が部屋から出て戻るのを身を潜めて待つか、外出して時間を潰すようになった。
「ってことだから母さんとは顔を合わせないんだ。俺も母さんと飯食ったり買い物行ったりとかしてみたいんだけどね。なかなか難しいというか。10年経った今でもこれが続いてるから、向こうも会いたくないんだろうな」
スティーブンは正樹から美玲との関係を軽く説明される。
まだ聞きたいことは山ほどあったが、あまり感情を表に出さない正樹の悲しげな顔を見て、スティーブンは納得することにした。
スティーブンにも思い当たる節はある。
1年前に楓の樹本部に入信した際、正義の妻である美玲に挨拶をするのは当然だと思っていたにも関わらず、未だに顔を合わせたことがない。
楓の樹の決まりで男性陣は美玲と顔を合わせることは禁止されており、唯一正義だけが美玲の部屋で会うことができるのだとか。
周りを女性だけで固めてることから、正樹のいう男嫌いというのは本当なんだろうと思えた。
娼婦であった美玲が男嫌いになるというのはトラウマなどがあるのかもと思える。しかし正義とは会い、正樹は断絶するというのはあまりにも酷い話だと思ったスティーブンだが、正樹にこれ以上悲しげな顔を向けられるのも辛くなると思い、スティーブンは沈黙することとした。
「アメリカ人の作る料理てなんかな。冷めないうちに部屋帰ってくれんかな。ハンバーグ?ステーキ?オムライス?あれ、意外と興味湧いてきた」
身を隠す生活が慣れていることもあり、スティーブンが思っているほどの悲しさはなく、正樹は呑気に料理当てゲームを頭の中でやっている。
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