第10話 久々の解放1

 景色の美しさを展望できる代々木公園の川沿いの長ベンチで楓正樹、北大路紫苑、そして見知らぬ青年は握手をし、友達宣言をするのだ。


「....いや、誰ですか?急に入って来て!」


 正樹の叫びと同時に、紫苑はベンチから驚き、立ち上がる。ベンチの裏から手を伸ばしていた青年も後ろに仰け反り、びっくりしている。

 びっくりするのはこっちだと正樹は思うのであった。


 ベンチの裏にいた何故か涙目であった青年。

 青いツンツン髪、左耳には輪っかのピアスが1つ。

 身長は180cmぐらいあるだろうか。正樹の4、5cm上ぐらいの高さ。

 着崩したホーグリップ学園の制服、首元には二の数字。


「あ、俺?ぐすん。あれ?みーちゃんから聞いてない?俺みーちゃんとは仲良い方だと思ってるんだけど」


 青年は涙を拭きながら正樹に言う。


 ホーグリップ学園の特殊技能学科の2年生でみーちゃんと仲がいい。

 みーちゃんとは美音のことを言っているのだろうと正樹は察知する。


 だが正樹は疑っている。

 美音とは15年一緒に暮らしてきて、会話はしょっちゅうする。美音が仲のいい友人の話をすることも多々あるが、男の名前が上がることなどほとんどなかったからだ。

 それに今はそのことより問題なことがある。


「知らないですけど、それより。今、北大路さんに触りましたね?」


 正樹は青年に言う。

 グリッド発動状態の紫苑に触った男は皆、紫苑を好きになり襲うこともあると聞いたばかりである。

 今正樹の目の前にいる男はしっかりと紫苑の手を握っていた。


 いつ紫苑が襲われてもおかしくない状況に正樹は、紫苑を守れるのは自分だと言い聞かせ、青年が襲いかかってくることを警戒する。


 しかし青年は


「おう、俺もお前らと友達なりてーと思ったから手出したしな。いやー、お前らの話聞いてたら泣けてきてよー。辛かったよな。今から俺と友達になれば高校生活が楽しくなること間違い無し!面白そうな2人見つけて、話盗聞きしてたら俺も参加するしかないと思って隠れてるの忘れて出てきちゃったのよ。驚かせたのは悪かった」


 と紫苑に触ったにも関わらず、何事もなかったかのように話し始める。


「何ともないんですか?」


「何とも?ああ、魅了する系のグリッドのことか。俺そういうの大丈夫な方だから」


 青年は紫苑のグリッドの話を聞いた上で手を出したと告白する。


「あの....先輩も私の事好きにならないんですか?」


「おう、ん?いや、好きだぜ!友達になろう。俺はお前らが気に入った」


 紫苑の投げかけに好きだぜと返す青年に紫苑は怯える。

 だが今青年の言った好きだぜがラブではなくライクであるのは青年の態度を見ても理解出来た。正樹は襲って来る気配がないことを紫苑に伝える。


「北大路さん、今日はもう遅いから解散にしない?お母さんも待ってるだろうし」


「ん?そうだな。もう12時か。お母さんを心配させるのは良くないな。今日は解散してまた今度話すか。俺はお前らの話もっと聞きたい」


「あの、ありがとうございます。私も楓くんといっぱいおしゃべりしてみたい....あ、先輩とも話したいですよ。そうですね、今日は帰ります。話聞いてくれてありがとうございました。おやすみなさい」


 襲って来る気配はない青年だが、急に現れて怪しくないとは思えず、正樹はさりげなく紫苑を家に返すことにする。

 それに今まで男性とまともに会話したことない紫苑、初対面の正樹と話すのもいっぱいいっぱいで泣いてたところに、正樹以上にテンションの高い強面男子の登場はキツすぎるだろうと正樹は紫苑の気持ちを察するのだった。


 紫苑を家に返し、青年と2人きりになったところで正樹は青年の素性や目的を聞くことにするが


「あの....あなたは」


「俺も帰るわ。さみーし。じゃ、みーちゃんによろしくー。またなー正樹」


 正樹の話は聞かず、4、5mはあるであろう外灯に飛び乗り、月明かりに向かって青年は一瞬で消えて行った。


「えぇ....」





 特殊技能学科2年の青年、素性も知らないその男が、今後正樹と深い関わりになることをその時の正樹自身予測もしていなかった。





「聞きたいこといっぱいあったのに。まあ12時だし俺も帰るか....あ」


 深夜の12時、遅く家に帰って美音に怒られることは正樹自身予測できることであった。








 2030年4月8日、正樹は昨日と同じように鏡の前に立って寝癖を直していた。

 入学式の日、1日だけでいろんなことがあったと思い出す。

 電車で男子生徒たちにに囲まれ、隼人は金髪おじを撃退、紫苑と友達になり、知らない先輩と出会い、美音に帰りが遅くて怒られる。


 正樹は紫苑達と別れ、家にたどり着いたのは1時過ぎであった。

 さすがの美音も寝てると思っていたが、玄関を開けた途端にドタドタドタと駆け寄って来たのにはびっくりした。

 隠れて女に会いに行ったことが許せなかったらしく、そこから2時間ほど説教を食らう正樹だったのだ。

 ベンチで会った青髪ツンツン青年について美音に聞きたいことがあったが、夜中の3時で眠過ぎてか、聞くことも忘れて説教後はすぐさま自室の布団に入ったのであった。


「姉さんそういえば聞きたいことあるんだけど」


「凪のことでしょ?聞いてるよー。メールで正樹と会ったって来てた来てた。でも後にしてくれない?ちょっと今忙しいの」


 浴室の鏡前に立つ正樹は寝癖を直しながら美音に昨日の青年について聞こうと大声で質問すると美音は自室から大声で返事を返した。


 凪....あいつが凪?

 正樹は凪という人物に心当たりがあった。

 美音が度々友人としてあげる名前に凪という人物がいた。

 てっきり美音が友達という凪は女だと勘違いしていた。


「男の名前だったんだ、凪って....本当に友達なんだ」


 昨日の夜美音と仲良いと言ってたのが本当だと確認できたのと同時に、正樹は美音に男友達がいた事に少し寂しさを感じていた。





 学園に向かっている最中、正樹は美音に凪についていろいろと聞いた。


 西園寺凪サイオンジナギ

 ホーグリップ学園特殊技能学科強欲クラスの2年生。

 現在特殊技能学科の強欲クラスにいる凪であるが、1年の後期が始まるまで一般職専門学科の色欲クラスに所属しており、美音とはクラスメイトだっだのだ。

 なんでも学園在学中にグリッドが使えることに気づいたらしく、途中から学科を転属したらしいのだ。


 後天的にグリッドに目覚めることは少なからずあること。

 現に欲望国出現前からいた人、つまりは30歳を超えてグリッドが使える人というのは、後天的にグリッドが使えるようになったのだ。


 それを踏まえて凪が一般職専門学科から特殊技能学科に変わるのは分かるが、色欲クラスから強欲クラスに変わるなど有り得るのかと不思議には思う。


「変わってるやつだからね凪って。昔から変だったからクラス変わってもあいつはあいつのまま。凪ってば私に生徒会長目指せとか言ってくるの。センスあるからとか言って。何のセンスよ」


 正樹には美音が凪について話す様子がとても楽しそうに見えた。

 美音が凪と下の名前で呼ぶのは苗字が長くてめんどくさいかららしい。

 だが恋愛無知正樹からすると、男女が下の名前で呼び合うなんてのは、もはやカップルの所業。

 美音大好き正樹は二人の仲が気になってしょうがなかったが、美音に凪のことを聞いて恋人として好きなどと言われた日には……。


「仲良いんだね凪って人と。俺も機会があったら話してみたいな」


 正樹は美音ではなく、凪の方を問い詰めることを決めた。






 朝の授業を終え、楽しみにしていた昼食の時間が始まる。

 美音と2人で食事をするのが楽しみな正樹。今日は何を持ってきてくれるのかと楽しみにしていた。なのに…


「焼きそばパンて。普通過ぎ」


「黙って食えよ!買ってきたの俺だぞ!美音さんが代わりに頼むって言うから買ってきてやったのに。気に入らないなら自分で買えよ!!」


 昨日も来た学校の屋上、隣にいるのは美音ではなく、隼人であった。

 聞けば美音は人と話があるからと言うことですぐには来れなかったらしく、代わりに廊下ですれ違った隼人に飯を買って屋上に行くようにお願いしたらしい。

 美音がいないのも悲しいし、昨日のサンドイッチのような目が飛び出るほどの飯を期待していたところに現れたのがこの目新しいものもないこの焼きそばパン。

 正樹はがっかりしながらも、腹は減っていたので焼きそばパンを渋々口に運ぶ。


「で?姉さんが人と話って、相手が誰か聞いた?」


「えっと。言ってた気がする。んー。誰だっけ?あー、わりー忘れた」


 飯もまともに買って来れない、人の話もまともに覚えれない。

 こんな奴に国の守りを任せて大丈夫なのかと正樹は思った。



 正樹は昨日の夜のことについて隼人に話す。

 紫苑と仲良くなったのはいいが、何をしたらいいかが分からないと伝える。

 エバーグリッド症候群のことや父親のことで悩む紫苑が気になる正樹は、少しでも友達として助けになりたかったのだ。


「エバーグリッド症候群か。今でも問題になってる話だからなそれ。紫苑ちゃんのも大変だろうし、酷い人だと獣人化してどっかの奥地に身を隠して生活してるとからしいしな。親父に教えてもらったことあるけど、まだ治療法は見つかってないらしいぞ。そうだな、今度軍に行くことになってるからそこで聞いてみてやるよ。ただ欲望因子治療に詳しい親父が無理なら難しいと思うけど」


 隼人は正樹の悩みに素直に向き合ってくれた。

 話したこともない相手を紫苑ちゃんと呼ぶのは引っかかっていたが、正樹は隼人に相談して良かったと思った。



 美音を待って50分が経過した。昼休みも残り10分というのに。

 正樹と隼人は屋上に吹く強い風の中、焼きそばパンの袋に空気を閉じ込めた風にふわふわと浮くゴミボールでリフティング合戦をしていた。



「あ、あ、あ。袋飛んでった」


「ちゃんとゴミは拾えよー。ところで正樹って紫苑ちゃんのこと好きとかってあんの?」


「いや、そういうんじゃ....?」


「あれ?まんざらでもない感じ?まあ紫苑ちゃんって俺らの学年の中で見てもなかなか可愛い方やと思うしな。」


「.......!」


「まあ、美音さんに比べたら貧乳やしまだまだなとこもあるけど、俺は正樹と紫苑ちゃんって組み合わせいいと思うぜ。雰囲気似てるって言うか」


「..........」


「お前が紫苑ちゃんと付き合ってー、俺が美音さんと付き合ってダブルデート!....とか言っちゃってー!.......おいおい、1人で話してるみたいやんけ。正樹隊員応答願います!とか言って.......あれ正樹?」


 風の強さで焼きそばパンを入れていた買い物袋のビニールが宙を舞う。

 追いかける正樹とリフティングを続ける隼人。

 隼人はリフティングに集中しながら正樹に話かけていたが一向に返事が返って来なくなる。

 ゴミでできたボールから視線を外すと隼人の周りには誰もいなかった。




「何やってんだ、ふざけんな!ぶっとばす!ぶっとばすぶっとばすぶっとばす!!何が仲良いだよ、ふざけやがって。絶対ぶっとばす!!!」


 目を血走らせた正樹はビニール袋のように浮く....のではなく、屋上から地上に向かって全力で落下している最中であった。



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