第11話 久々の解放2

「間に合え、間に合え、間に合え間に合え間に合え間に合えー!」


 正樹は学園の屋上から、急いで地上に降り立たなくてはならなかった。


 風に浮き、飛んでいくビニールを追いかけていた正樹。

 壁際で止まるビニールを拾い上げた正樹は、金網越しに地上にあるゴミ捨て場が目に入る。そこには考えもしない光景が広がっていたのだった。



 地面に倒れ込む複数の男子生徒。

 女子生徒の腕を引っ張る、青いツンツンと逆立つ髪をした青年。

 そして青年に引っ張られる白髪ロングの美少女。



「姉さーーーーーん!」


 地上に到着するや足、腰、背中、肩と順々に地面につけながら転がり、落下の勢いを殺す。

 痛みはあるものの無事地上に降り立った正樹は、再度状況を確認する。


 地面に転がっている男子生徒達は入学式の日に電車の中で会った、美音を美音様と慕う生徒達であった。顔はボコボコにされ皆、気を失っている。

 青いツンツン髪の西園寺凪、片手は腕を引っ張り、もう一方の手は顔の横に構えている。顔の横に構えられたその手には血が点々とついている。

 そして腕を掴まれる白髪の女神である楓美音は額から血を流し、スカートもズタズタで泣きじゃくっていた。

 正樹は状況の確認を終え、確信する。



 西園寺凪は美音を泣かせる『敵』である。



 正樹は体勢を立て直すと共に美音と凪の間に割って入る。

 正樹は獣のごとく凪を睨みつける。

 その様子を目の前にした凪だが、正樹に


「お前もみーちゃん助けに来たの?上から降って来て。まさか屋上から来たわけじゃないよな?いやー、みーちゃん!こいつ男だわ!勇気ある。やっぱみーちゃんの弟だけあって肝座ってるわ!!偉いな正樹」


 飄々ひょうひょうねぎらいの言葉を送るのであった。

 だが怒りに怒った正樹には、凪の言葉は1つも届いてなかった。


 美音を傷つけた、美音を泣かせた、美音と仲良いとか言っておきながら。

 正樹の頭の中はそのことでいっぱいいっぱいであった。


 正樹は美音を下がらせ、右拳を振り上げ、凪の顔めがけて突き出す。

 急な正樹の行動に驚きはしたが、凪は反射でガードを上げる。



 ドゴーン、ガサガサガサ



 骨が軋む程の鈍い音、ゴミ袋の擦れる音。


 凪は宙を舞い、数メートル先のゴミ捨て場まで飛んでいく。

 ゴミ袋の山に埋もれる凪。


 凪のガードは間に合っていた。正樹の拳と自分の顔の間に左腕を入れることには成功した。だが正樹の力は普通の人間のパンチ力では想像がつかない重さであり、凪はガードごと吹き飛ばされることになった。

 普通の状態の凪には正樹の拳は止めれるはずもないのだ。


「お前.......グリッド使ってるな?」


 切れた唇を拭きながら凪は察する。

 上から降って来てもすぐ立ち上がり、ガードごと吹っ飛ばせる程のパンチ力。

 グリッド能力持ち特有の身体強化がなければそんな芸当は無理なのである。


「お前もグリッド使えたんか。一般職学科やからみーちゃんと同じでグリッド無いと思ってたわ。何でこんなことするんか知らんけど、いいぜ、先輩として後輩の遊びには付き合わないかんよな」


 ゴミ捨て場のゴミ袋をかき分けて出てくる凪は1人楽しそうに呟き、


「出てこい!『双頭のツインヘッドドラゴン』。まーさーきー。せっかくやるんなら、ちゃんとグリッド出してやろうやー」


 正樹と美音の目の前に、色は深紅の、1つの胴体に首の2ついた、3mはあるであろうドラゴンを凪は召喚してみせた。

 両手両足には鋭い爪が備わった鋭い牙を持つ2頭の龍。口からは今にも火を噴くことを待っているかのようにモクモクと熱気が立ちこめる。

 美音は正樹に逃げるよう言いたかったが、怖さで口が開けず、正樹の制服を引っ張り、逃げて欲しいと表現する。

 だが正樹は


「大丈夫、姉さんは俺が絶対に守るから。あいつ黙らせてボコボコにして姉さんに謝罪してもらわないと気が済まないわ」


 頭に血が上りすぎており、美音の気持ちを一切汲み取れなのであった。

 何か言いたげな美音を危ないからと物陰に隠し、正樹はちゃんとグリッドを出して迎え撃つこと決める。


 凪が言う『ちゃんとグリッドを出して』というのは、グリッド能力の第1段階である身体強化ではなく、第2段階であるそれぞれが持つ固有の能力を使って戦おうと言っていることを正樹は理解出来た。


 はっきり言って人前でグリッドなど使いたくない正樹。

 自分の能力が人に向けていいものでは無いと自覚があるのだ。

 だが美音を泣かせるやつは絶対に許せない。

 現状グリッド無しに戦うのはキツいと思う正樹は美音にも見せたことのないグリッドの1つを発現する。




 はらぺこ人形ハングリーパペット




 正樹は隼人にしか見せたことの無い自身のグリッドを美音と凪の前で発現する。


 凪は正樹の両腕に現れた2つの人形を確認する。

 両腕にはそれぞれ1体ずつ人形が装備され、その外見は青い服を着た、男の子に見える短髪の人型の人形であった。

 子供のテレビ番組に出てきそうな可愛らしいフォルムの人形を目の当たりにし、笑い出しそうになる凪だったが、すぐさま、笑ってられないと気を引き締め直すことになる。


 グリッドを発現した正樹は人形の口を開き、ドラゴンの首元に襲いかかる。

 そんな可愛らしい人形で何をするのかと思っていた凪だが、ガブリッとなる音と共に半円に消えた、ドラゴンの首元にできた空洞を見て驚きを隠せずにいた。


「ドラゴン食いちぎったんか。こいつ」


 凪は口の開け閉めをする正樹の人形を見ながら、正樹の人形の能力の高さを思い知る。


 凪のツインヘッドドラゴンはグリッド能力の中でもかなりの上位ランクに位置する戦闘能力で、拳銃、刀などでも傷つかない硬い鱗は、戦車の砲弾だろうと受け止めきれるものであった。


 その硬い鱗を餅でも食べるかのように食いちぎるハングリーパペットは特殊技能学科の生徒でも見ないほどの殺傷能力である。


「は、はは。すごいな正樹!俺のドラゴンがこんなに傷つくの初めて見たよ。すごい、お前最高だよー!」


 足、腹、爪とどんどんドラゴンを人形で食いちぎる正樹に対し、凪は集中しなくてはならないのを忘れて興奮するのであった。

 遊びのつもりで出したドラゴンだが、ここまで来ると正樹の実力を見たくなった凪。ついに一頭のドラゴンが口を開く。


「正樹ー。俺はお前の力に惚れきったぜー。わりーけどちょっとだけ本気出すからよー、耐えてくれよな、まーさーきー!!!」


 凪は大はしゃぎした様子で正樹を凝視する。

 ドラゴンの口は大きく開き、口の前にはみるみるうちに火の玉が膨れ上がっていく。


 龍の一息ドラゴンブレス


 ドラゴンの放つ、人1人覆えるほどの火の玉は正樹目掛けて飛んでいく。

 火の玉は正樹に直撃し、正樹の周りは火の海と化した。


 やりすぎたか?と心配になる凪であったが、空中にまだ浮かぶ火の玉とそれがどんどん小さくなっていくのを見て確信した。


 正樹はブレスを受け止めている。


 大きな火の玉で正樹の姿は見えない凪だが、火の玉が拡散しきらずに空中にまだ存在するのは、正樹がなんらかの方法で防いでいるとすぐわかった。


「やっぱお前本物だわ。正樹。お前とも仲良くなりたいって思った俺の直感は間違いじゃなかったわ」


 火の玉が小さくなっていくのを見つめながら、凪は自分の行動が正しかったと思うのであった。


 火の玉は完全に消滅し、制服の焦げた、両手を前に出す正樹が姿を現した。

 服は焦げているものの致命傷にはなってない正樹を見て、凪はどうやったか質問する。疲れ果てた正樹は凪の質問に何故か答えてしまった。


「吸い込んだだけですよ、人形で」


「吸い込んだ?火を?」


 乾いた声で言う正樹の答えに驚く凪。

 正樹はドラゴンブレスを人形で受け止めながら吸い込んでいたと言う。

 今疲れてるのはダメージがあったからではなく、火の玉を受け止め続けて体力が限界にきているからだという。喉がやられているのも火の玉で加熱された空気を吸って喉が焼けたからである。


 正樹は膝に手を着き、息を整える。正直体力の限界であった。

 普段使わないグリッドを使ったせいか、グリッドの使いすぎなのか。どちらかはわからないが正樹は普段の生活では知ることのないタイプの倦怠感に襲われていた。

 腹が減りすぎたのか痛すぎるのかわからない感覚。

 とてもじゃないが今また凪に攻撃されることがあればもう防ぐ自信のない正樹であった。


 正樹が顔を下げているのを見て心配になる凪は、正樹に近づこうとするが


「大丈夫か?正樹?」


「私の正樹に何してくれてんのよこの馬鹿ーーーーー!!」


 美音必殺、スーパージャンピングニーが凪の背中を直撃。

 グヘェと声を漏らしながら凪は前のめりに倒れていく。


 ドラゴンに怯えていた美音であったが、苦しむ正樹を見ていてもたってもいられなくなり、こっそり背後に周り、凪に膝を入れるのであった。


「正樹ー。痛かったよねー。怖かったよねー。うー、ごめんねこの馬鹿が楽しくなってグリッド出すとは思わなかったよ。てか正樹!あんたグリッド使えるのお姉ちゃんに隠してたわねー」


 顔を下げていた正樹は美音に抱きつかれ、頭を撫でられ、最後にはほっぺたをつねられた。


「いや姉さん。まだドラゴンいるから。危ないから下がって」


「ああ、もう大丈夫よ。凪の顔見てたら満足したーって顔してた」


「満足って。こいつに怪我させられてるんだろ?服だってボロボロにされて!姉さんはこいつのこと憎くないの?」


「憎い?凪のこと?なんで?」


 キョトンとする美音の顔を見て正樹は混乱する。

 その正樹に対して言い忘れてたとーと申し訳なさそうな顔をしながら、昼休みに起こった一連の流れを美音は語り始めたのだった。

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