第6話 学園と友人の話2
正樹と美音は屋上のベンチに座り、美音が買ってきた飯を食べ始める。
「....うま、え、美味!なんだこれ?美味ーーー!!!」
サンドイッチをほうばりながら正樹はテンション爆上がりする。
美音が売店で購入した「びちゃびちゃキムチサンド~キャビアを添えて~」は想像を絶する美味さであったのだ。
牛乳でびちゃびちゃになった食パンにキムチを挟んでおり、食パンの上部中央には頑張れば数えれるぐらいのキャビアがひっそり乗っている。牛乳の甘さとキムチの酸味がマッチしており、中央まで食べ進めてキャビアと出会った時の甘み、酸味、塩味の融合はやばいの一言。
「キャビア少ないと思うかもやけどこのちょっとの変化を楽しむってとこがいい。作った人分かってるわー」
「正樹は食のことになるとやたらうるさくなるわよね。良かったんじゃない?暴食クラスに入学できて。はぁ」
喜びを露わにする正樹とは裏腹に、美音は少しがっかりしてしまった。
姉と楽しく登校して、姉と一緒に食事ができることに喜ぶ弟。そんなことを期待していた美音は、今日1番の喜びを見せる正樹を見て、自分の魅力はサンドイッチの美味しさにあっけなく敗北したと感じる美音あった。
「そういえば暴食クラスっていうけど、何するクラスなの?姉さんは確か色欲クラスで、花育てたり、人といっぱい話したりしてるんだっけ?」
「マナー講座と接客対応講座よ!何そのクラス!幼稚園の話してる?」
正樹の無知発言には流石の美音も怒りを見せる。
「本当に何も知らないで入学したのね正樹。わかった。今からお姉ちゃんが学園こと説明してあげるからちゃんと聞きなさい。せっかく受験勉強頑張って入ってるんだから何か得るもの得て卒業して欲しいの。どんだけ勉強教えるの大変だったか...話してるんだから手を止めなさい!」
2個目のサンドイッチを手に取る正樹の腕を美音は掴み、振り下ろす。手を離れたサンドイッチが運良くビニール袋の上に落ちたことに安堵する正樹だが、これ以上サンドイッチに固執しているといつ蹴りが飛んでくるか分からないと思い、美音の話をしっかり聞いてから拾うことにしようと決意する正樹であった。
学園の説明を聞く前に、正樹は勉強を見てもらった時と合格通知が家に来た時の美音をふと思い出す。
正樹からしてもその時の美音はかなり大変だった。
時は遡り、楓の樹のことを相談した日。一旦家のことは後回しにして美音と勉強すると決めた正樹だったが、勉強済みなのは欲望学の教科書2、3ページのみ。美音はそれを聞き発狂。
学園の入試項目は数学、世界共通語、欲望学の3科目に加えて面接と欲望値測定の5つであった。
欲望値の測定はどの欲がどれくらいかを見るものなので努力とかでどうなるものでもないが、対策すべき勉学と面接を疎かにしていた正樹に対して、美音は鬼と化したのだった。
『美音教誕生』と言っても過言ではないほど美音の教えはすごいもので、机で勉強する時は当たり前、トイレと自室で寝る時以外は正樹から離れることはなく、美音はお経を読むかのように正樹の隣で永遠覚えるべき単語を繰り返し発していた。
勉強途中で寝ればしばかれ、逃げようものなら逃げ回った倍の時間、睡眠と食事の時間を減らされた。
正樹にとって受験までの5日間は美音と風呂に入れたこと以外は地獄でしかなかった。
そして受験結果発表の紙を見た時の美音は二度と見たくないと思えるほど怖いものであった。
合格発表の日、楓家に正樹宛の封筒が届く。
正樹は美音を呼び、一緒に封筒の中身を確認する。
封筒の中には3枚の紙がまとめて3つ折りにされて入っていた。
恐る恐る3つ折りの紙を開いてみると、最初の紙には数学、世界共通語、欲望学、面接の点数が記載されていた。
結果は、世界共通語72点、面接66点、数学....32点、欲望学.......18点。
正樹は顔を動かさず、美音のいる右側に目だけ向けると、そこには知らない人がいると思ったほど豹変した美音がいた。
顔は真っ赤、目は黒目が少し残るぐらいの白目ぎみで、唇は噛み締めすぎて血だらけ、フゥフゥと音が聞こえるほどの荒い鼻呼吸をする美音。
絶世の美女と思っていた美音の顔は見る影もなく、正樹は人生で初めてブサイクな美音を目にするという怖い体験をする。
この紙はもう見せてはダメだと思い、正樹はページを開く。
2枚目の紙には欲望値の数字と7角形のグラフが記載されていた。
欲望値が書いてあるだけかと一瞬安堵したが、ちゃんと目を通してみると、正樹にとって科目の点数よりも驚愕な事実が突きつけられた。
欲望値0
....0?
傲慢が無いとか色欲が無いとかではない。7種類の欲望値を合わせて0と記載されていたのだ。
数字の横に添付されたグラフを見てもおかしかった。レーダーチャートと言われる多角形のグラフは、平均的な人間であればその多角形に似た形の図形が外枠より大きいか小さいかした図形が描かれ、何かに特化した人間ならその特化した部分だけ飛び出たような形の図形が描かれるはずである。
だが正樹の持つ2枚目の紙には何も記載されていなかった。外枠と被ってるなどもない。
欲望がそんなにないかもと自覚していた正樹であったが....0はない。
ショックを受ける正樹の横で美音はというと..........めちゃくちゃ暴れているのだった。
「正樹は勉強教えてる時に寝るぐらい怠惰だし、自分が楓の樹の運営できるとか思っちゃってるぐらい傲慢だし、風呂で私の胸エロい目でジーっと見てくるぐらい色欲もあるし、飯なんか出すだけ出せば全部食べる暴食だし、正樹が取っておいたプリン食べたぐらいでネチネチ言うぐらい嫉妬だし、あーもう、おかしーて!0な訳ない!!正樹は私の胸絶対好きだからーーー!!!」
美音は叫びに叫びながら、近くにあった障子扉の障子を1枚1枚、拳で撃ち抜いていた。
美音が変なこと言い始めたと思う正樹だがつっこむ気力もないぐらいげんなりしていた。正直終わったと思っていた。
正樹は美音の期待に添えなかった自分にショックを受けたまま3枚目の紙を一応見ることにする。
「これ3枚目って何?不合格とか書いてあるだけ?....ん?あれ?....姉さん姉さん姉さん!これ見てこれ!」
正樹は美音の暴挙を辞めさせ、紙を見るように指示した。
するとどうだろう。切れた唇はしょうがないが美音の顔がみるみるいつもの美人に戻っていく。
「え、....合格したの?」
正樹と美音は顔を見合わせ、もう一度紙に目をやる。
紙に書いてあることを読み上げてみる。
楓正樹、上記のものは本校の入学試験に合格しましたので通知致します。入学に必要な手続きを完了することをもって、一般職専門学科暴食クラスへの入学を許可します。
記載されたものが間違いでないなら正樹は入学試験に合格したことになる。
「姉さん、俺....」
「まーしゃーきー!」
合格したことを自分の口から言おうとすると、涙と鼻水がだだ漏れする美音が正樹に抱きつく。
「よがったー。本当によがったー、うう。一緒の学校いげるー」
「俺より姉さんが喜んでるじゃん。そんな喜んでくれたら俺も嬉しくなっちゃうよ。5日間ずっと隣にいてくれてありがとう、大好きだよ」
抱きつかれた正樹も美音を抱きしめ返し、感謝の言葉を語る。
大好きだと口にしたが、この時の正樹の大好きは告白とかではなく、純粋に支えてくれた家族に対する大好きであり、美音もすんなりその言葉を受け入れた。
高校に興味は無いが、期待に応えられ、喜んでる美音を見れたことは正樹にとっては嬉しかった。
欲望値0。着物の肩が美音の鼻水だらけになる正樹は、なぜこの点数で合格出来たのかも不思議だが、欲望値が0であるという事実だけはおかしいと思っていた。
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