第8話 新しい友1
救急車と警察を呼んだ正樹達。アロハシャツの金髪おじは救急車に乗せられ、病院へ運ばれる。
大変なことになったなと思いながら正樹は救急車を見送り、警察に事情を話す隼人とスーツおじを待つのだった。
全世界に病院を展開する榊医院の御曹司であり、ホーグリップ学園特殊技能科嫉妬クラスに所属する、世界政府日本支部グリッドアーマー部隊の隊員である。
隼人とは15年の付き合いになる正樹。楓家である楓の樹と榊家である榊医院は徒歩10分ほどの距離。正樹の父である楓正義と隼人の父である
楓家の行事に隼人が参加する度に美音は「邪魔!」とキレることが多かったが、それでも3人で仲良く遊んだ思い出の方が遥かに多い。
正樹にとって唯一、自分の境遇を本気でバカにしてこない友、親友と呼べるのは隼人だけであった。
また隼人は父厳正のことをこの上なく尊敬しており、父のようになりたいという思いが強く、中学の頃からちょいちょい医学書を見るようになっていた。
榊厳正は無知な正樹から見てもすごい人で、医師界隈でもその名を知らない人はいない、超有名人である。
老人ホームと医療のあり方問題の解決、少子化問題の対策対応、がんの完全治癒が可能な抗がん剤の製作、そして最大なのは『欲望因子』を使用することによる治療形態の大改革。
厳正が行った医療改革は日本、いや、世界の人口生産率、人口生存率を爆発的に上げたのだった。
厳正のようになりたいと思う隼人の気持ちは当然納得出来た正樹。
だが、グリッドアーマー部隊に所属することに関してはよく理解できなかった。軍でバイトすれば暇も潰せて治癒能力のグリッドを持つ人間も見つけることが出来る。一石二鳥と言って軍に入った隼人には、正樹も難色を示した。
医師になりたいのであれば暇つぶしなどしている暇はないだろうし、治癒能力を持った人間を探してどうしたいのか?教えてもらう?雇うのか?
グリッド能力のない厳正を慕うのであれば、愚直に本を読んで知識を増やすこと、それが厳正に近づく努力だと、自分には出来ないことを勝手に押し付ける正樹であった。
「もう帰っていいってさ。俺が政府直下の軍人って話になったら解放されたよ。お咎めなし!世界政府様様」
呑気に頭の後ろで手を組む隼人。正樹は静かに隼人の腹を小突く。30分も待たせてよく言うものだと思う。これだけ時間がかかったということは軍人である話を出すまでは問題になりかけたということだ。最初から軍人だと伝えればすぐ解放されただろうに。
頭がいいのか悪いのか。隼人の思考は、付き合って15年たった今でも、たまに分からないのだった。
「そういや正樹は一般職の学科に入ったんだよな?なんで?グリッド使える話面接でしなかったの?お前意外と軍人向いてると思ってるけど。家継ぐから?」
ホーグリップ学園の近くの駅、国会議事堂前駅を発車した電車が代々木公園駅に到着する。
隼人は特殊技能学科に入らなかった正樹に面接の話を聞く。
「使えるって話したら俺特殊技能学科になってたん?学園のことは今日姉さんから初めて聞いたから何も知らんかった。良かった言わなくて。軍人とか興味無い。飯食えるなら今のクラスで全然いい」
「知らんかったって。美音さんも雑な感じやけどお前も酷いな。あと暴食クラスは飯食うとこじゃなくて飯作るとこな」
「作ったら食べるでしょ。一緒じゃん」
「....お前の将来すごく心配」
無知で良かった。面接で食べ物の話ばかりしたことが功を奏し、暴食クラスに入れたと思い込む正樹とは裏腹に、何にも考えてない正樹の将来を考えるのが怖くて身震いした隼人であった。
特殊技能学科
欲望値が特化し、グリッド能力が使える生徒で構成された学科。
グリッドの能力を持つ人間は人口の約0.005パーセント。日本だけで言うなら1億人いて5千人しか使えないグリッドは、使えると言うだけでも重宝される存在である。また、その5千人の中でも戦闘向きなのはごくわずかで、戦闘向きのグリッド持ちはヤクザやゴロツキでもないなら大抵は特殊技能学科に入り、軍人や警察など国の防衛機関に入るのだが。
「ゴリゴリの戦闘グリッド持ちのお前が一般職ねー。戦闘向きじゃない奴らでも特殊技能学科第1志望が基本なのに」
何も将来考えていないのであれば軍人がいいのでは?と思いながら隼人は正樹を見つめる。
しかし正樹からしてみれば軍人になるなど最悪の選択肢であった。
正樹の欲は美味しい物を食べて平穏に家族と暮らすこと。痛い思いをする、軍の美味しいか分からない飯を食う、美音と長期的に離れる可能性があるなどもってのほかであった。
「俺は戦うのとか向いてないよ。血を見るはめになるのとか考えても怖いし。殺傷能力バリバリのグリッドなんて使わないに越したことないでしょ。だから隼人にしか能力教えてないんだし。家を継ぐとかは正直嫌だけど、見捨てるって選択もできないんだよなー。そう考えたら料理人ってのは俺の天職なのかもしれない。楓の樹の専属料理長とか」
「そう?勿体ないと思うけどなー。俺は『嫉妬剣』より『人形』の方が欲しかったかな」
「『人形』って言うなよ。なんか恥ずかしいから。いいよなお前のは『嫉妬剣』で。かっこいいじゃん」
「かっこよくねーよ。....俺ってそんなに嫉妬深いかな?可愛い方じゃね?」
正樹と隼人はお互いのグリッドを羨ましいと話しながら代々木公園に入って行く。
家に帰るため、代々木公園を横切ろうとする正樹と隼人は公園の真ん中で漫画でしか見ないような光景に遭遇した。
ホーグリップ学園の制服を着た紫色の髪のセミロング少女と犬が1匹。
犬はホーグリップ学園の紋章が入ったカバンをくわえ、その犬に木の棒で戦う少女の姿があった。
犬にカバンを取られたのだろう。こんなシチュエーションを現実で見ることになるとは。
正樹と隼人は顔を見合わせてくすくすと笑っていたが、流石に困ってそうな少女を見過ごす訳にはいかず、2人は犬からカバンを取り返すことにする。
隼人は犬に飛び掛り、くわえられたカバンを取り返して正樹に投げる。
正樹は取っ手についたヨダレを袖で拭き、少女の手にカバンを戻そうとする。
「君大丈夫?はいカバン」
「....」
「あれ?まだなんか取られてるものある?隼人、まだなんか取られてるのない?」
「....手、触られた」
「ん?あ、手?ごめんね。初対面で女の子の手を触っ」
「....!」
少女は涙目になり、カバンを正樹に持たせたままにして、全速力でその場から逃げ去って行った。
さっき見た大人しい雰囲気からは想像もつかないほどのスピードで少女は2人の視界から消えていった。
その光景を目にした正樹は空いた口が塞がらない。
「泣ーかした。泣ーかした。美音さんに言ってやろー」
「大丈夫、俺が怒られる前にお前がしばかれてるからそれ」
隼人の冗談につっこむ気力はまだ残っていた正樹。
少女の手を触っただけで逃げ出された正樹は、自分が王子様のような存在にはなれないことを理解し、うなだれる。
「あれ、特別措置待遇学科の1年だったわ。気にすんな正樹ぷぷ。あのーぷぷ、特別科の奴って変なのが多いらしいからぷぷぷ」
女性に拒絶された正樹が見てて笑える隼人は、笑いを堪えようとしながらも堪えきれず、ぷぷぷと笑いながら正樹を慰める。
ホーグリップ学園特別措置待遇学科。
名前が長いので特別科と言われるその学科は、事情があり、一般生徒と混ぜることが出来ない生徒を集めた学科であると言われている。
隼人が少女の所属に気づいたのは首元の学年章を確認したからだという。
ホーグリップ学園の制服には襟元に学年章をつける決まりがある。
一般職業専門学科は1、2、3とアラビア数字で示され、特殊技能学科は一、二、三と漢数字、そして特別学科はⅠ、Ⅱ、Ⅲとローマ数字表記となっている。
特別学科だから変なやつなのだろう。きっとそうであろう。
決して自分が汚いだのブサイクだので逃げられたわけではないのだろうと正樹は心の中で自分に言い聞かせながら、少女のカバンの中身を隼人と確認するのであった。
「で?カバン持って帰ってきたわけ?捨ててきなさいよ。そんな恩知らずの女のカバンなんか!」
食事中、事情を全て話す正樹に美音はキレる。
持って帰ってどうするの?嗅ぐの?といいながら少女の学生手帳をバンバン叩く美音。
それに対し、自分は姉にどういう人間だと思われてるのか分からなくなる正樹。
少女のことを話す2人。
そこに1人の女信者が食器を片付けると言い、近づく。女信者が美音の持つ学生手帳に目をやるとその子の近所に住んでいたことがあると言い出した。正樹と美音が少女のことを聞くとおしゃべりな女信者は聞いてもいないことまでペラペラと話し出した。
「....離婚か。辛いやろうな」
正樹は少女の境遇を聞き、少し哀れみを感じた。
少女の名前は
歳は正樹と同じ15歳で代々木公園付近のマンションに母親と暮らしているらしい。
母親と2人暮らしなのは紫苑が5歳の時に親が離婚したからである。
母親が紫苑を引き取るも、母親は娘への折檻、いわゆるDVが絶えないらしい。
理由は紫苑が原因で家族崩壊して離婚が決まったことなのだとか。
母親に愛されない。
正樹は自分に似た境遇に紫苑がいることを知り、少し公園での出来事は仕方の無いことと思えてきた。
だが、美音は
「正樹から逃げたのと何も関係ないじゃない。DV?は?親ごと文句言いに行ってやろうかしらね。正樹、カバン貸して。私行くわ」
怒りが収まらず、今からカバンを持って家に乗り込むと言い出す。
美音といい隼人といい、感情で動くやつしか周りにいないと思うと正樹は頭を抱えずにはいられなかった。
正樹は美音には内緒でカバンを返しに行くことを決意し、食後、住所を知っている女信者に情報を聞き、美音が風呂に入るのを待ってから出かけることにした。
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