第5話 学園と友人の話1

 2030年4月7日、今日は高校の入学式。楓正樹は鏡の前で自分を見つめる。


「ホコリとかついてないよね。あ、後ろ寝癖ついてる。直さないと....あ、かわいい」


 鏡よ鏡よ鏡さん。この世で1番美しいのはだあれ?

 そう美音!


「何やってるの正樹?早くしないと学校遅れるよー」


 背後に立つ美音は鏡越しに正樹を見つめる。鏡に向かってくねくねする弟、何をしてるのやらと呆れる美音は


「寝癖とかは電車の中で私が直してあげるから、ほら行くよ」


 正樹の首根っこをつかみ、玄関まで引きずるのであった。



 玄関につく美音と正樹は、楓の樹正門から聞こえてくる叫び声に気づく。

 美音は玄関扉を少し開け、隙間から遠くの正門を見つめると、両手を上でバタバタさせながら叫ぶ1人の少年の姿がそこにはあった。


 美音は少年を見るや、すぐさま正樹から手を離し、全速力で少年の元へ向かう。


「まーさーきー。みーおんさーん。一緒に学っ、あ、美音さぐへー」


 美音必殺、全速力ジャンピングライダーキックが少年の腹に炸裂する。

 少年はギャグ漫画かのような綺麗なくの字で飛んでいく。


「酷いッスよ美音さん」


 蹴られてもヘラヘラしている少年。

 美音はヘラヘラ少年の胸ぐらをつかみかかる。


「私と正樹の高校初登校っていう大事な時間なの!なんであんたいんのよ。邪魔なの。邪魔邪魔邪魔邪魔邪魔なのよー」


「…相変わらず正樹のこと好きッスよね、美音さん」


 美音の怒りは最高潮に達していた。何を隠そう



 美音も正樹のことが大好きなのである。



 今日は正樹との初めての登校日。美音にとっては記念すべき日、誰にも邪魔されたくないのだ。


「お前、空気読めよ。知り合ってもう何年?今日は私と正樹の2人で学校ー行く日にに決まってるでしょーが。帰れ帰れー」


 美音は少年の胸ぐらを掴んだまま正門外に放り投げた。

 少年は3人で行くのは駄目なのかと聞きたかったが、美音の顔は口を開くのも許さないぐらい怒り狂っていた。

 仕方なしに少年はすいませんすいませんと連呼しながら、美音の前から立ち去るのであった。


「急にどうしたの姉さん?靴ぐらい履きなよ。ほら靴。誰かいたみたいだけど誰?知り合い?」


 靴下のまま玄関を出た美音に、正樹は靴を差し出す。


「ありがとう正樹。あー、さっきいたの?アホよアホ。空気読めないアホ。アホ、アホ」


 何で怒ってるのかは分からないが、美音がかなりのご立腹なのは理解出来た。


 空気読めないアホ。


 楓の樹に来る、美音にアホ呼ばわりされる人物、正樹は1人だけ思い当たる人物がいた。


「なんで怒られたのかは知らないけど、たぶんお前が悪いんだろう。反省しろ」


 正樹は思い当たる人物を想像しながら、美音を怒らせないでくれと思うのであった。







 美音と正樹は出発の合図がジリジリとなる電車に駆け込む。ギリギリで電車に飛び乗る正樹はドアに挟まれそうになる美音の肩を持ち、自分に引き寄せる。


「公共の場で何すんのよ正樹。恥ずかしいじゃないの。もう....大胆」


 美音がドア挟まれないように引っ張っただけなのに。

 いつものちゃかすような顔で美音は正樹のほっぺたをつねる。


 その光景を見ていた同じ高校の制服を着た男子生徒達はざわつき始めた。姉であっても公共の場で女性を抱きしめるのは変かと思い、美音と1度距離をとる。

 しかし、周りのざわつきは正樹が想像してたざわつきとは全く違うものであった。


「美音様、誰ですかその男は?」

「もしかして美音様の彼氏ですか?」

「美音様ー、ああ、美音様ー、なんでですかー」


 美音と正樹は7、8人の男子生徒達に囲まれた。


 美音側にいる男子生徒達は美音にうるうると涙目を向け、逆に正樹側にいる男子生徒達は正樹に殺意むき出しで睨みをきかせる。


「この子は私の弟の正樹よ。今日から一緒の学校に通うことになるから邪魔しないでくれるかしら。ほら散った散った。2人きりで登校楽しみたいの」


 なんだ弟か、びっくりさせないで下さいよ、と言いながら男子生徒達は正樹と美音から離れていく。


「....え、え、何?知ってる人達?」


 正樹は急展開に頭が追いつかなかった。

 美音に男子の知り合いがいた事も今まで一緒にいて聞いた事がない。

 それに呼ばれ方が『美音様』。

 外でも宗教やってるのか?


「知らないわ。同じ制服着てるから同じ学校の生徒なんじゃない?」


「知らないって、美音様って言ってたぞ」


「その辺の男子はみんなその呼び方してくるから気にしなくていいわよ。そんなことより今日の昼休みね」


 美音は先の出来事などなかったかのように、昼休みの集合場所と何を食べるかの相談をはじめる。

 だが正樹の心境は穏やかではない。


 外で美音様と言われるのが当たり前?

 美音様って言われて知らない人で済ます?

 呼ばれないでしょ様付けで普通。

 自分のことを彼氏か心配で聞いてきた段階で男達は美音狙ってるよね?

 狙われてるよ美音、気づけー。


 雑な性格であることは知っていたが、ここまで興味の無いものに対してそっぽを向ける美音には、美音大好き正樹でもドン引きしてしまった。


 全く興味が無いから今まで話題にも上がってこなかったのであろう。

 自分が先の男子生徒の内の1人だったらと思うと....

 想像するだけで胸がキュッとなる正樹であった。









 高校初日、入学式とホームルームが終わり昼休みを迎える。

 今日行われる行事は全て終わり、大抵の生徒が部活動の見学や自分の所属する欲望を専門に取り扱う研究室の訪問などをしている中、正樹は1人学園の屋上で美音を待っている。


「あ....シュークリーム。美味しそう。売店とかに売ってないかな」


 空に浮かぶ雲の塊を見つめながら1人つぶやく正樹。

 昼飯は自分が買ってくるという美音の言葉を鵜呑みにして、売店に行かず、そのまま屋上に来たことを少し後悔していた。


 ぼーっと雲を見ながらシュークリームのことだけ考えていた正樹だが、1人しかいないはずの屋上で微かに歌のようなものが聞こえることに気づく。


 その小さな声で歌ってる人間が、屋上入口の扉の奥にいることに気づいた正樹は扉に近づく。


「まーさきまーさーき。みおんをまってるまーさーきー。いーついーつきーづーくー」


「....隠れて何やってんのお前?」


 扉の奥でかごめかごめの歌を歌詞変して、アホみたいに歌う少年に正樹は呆れ声で話しかける。


「おっ、やっと気づいた。おせーよ正樹。どんだけ歌わせるんだよ」


 勝手に歌ってたのに何を言ってるんだと思うが、つっこめばつっこむほど話が長くなりそうだと思い、要件だけ聞きたいので少年の発言はスルーすることにした。


 少年の要件は美音と昼飯を食い終わってから時間があるなら一緒に出かけようということ。隠れていたのは美音が屋上に来たらまた蹴飛ばされると思い、入口付近でいつでも逃げ出せるように待っていたらしい。


「やっぱり。朝門のところにいたのはお前か。姉さんに何して怒られたんだよ」


 少年の話を聞き、美音を怒らせたアホとはやはりこいつだったかと思う正樹。

 少年との間を隔てる扉を薄目でみつめる。


「一緒に学校行こうと思って迎えに行っただけだって。怒ってたのは美音さんがその....なんだ....お前との....あー、えー」


 少年は正樹に真実を話すかどうか迷い、言葉が行き詰まる。


 相思相愛の正樹と美音。


 だがそれを知っているのは少年ただ1人で、まだ正樹と美音がお互いに好き同士であることは鈍感だからなのか、知らない事実だったのだ。

 教えるべきか黙っておくべきかは出会った当初からずっと迷っていた。

 正樹と美音の関係は仲のいい兄弟で止めておくべきというのが少年の考えである。2人が互いに恋愛感情レベルで好きだと気づけば....ドロドロ恋愛劇のはじまりはじまり。

 そんなドラマのようなものを目の前で見せられたら自分の精神がもたないと思い、少年は誤魔化すこととした。


「俺が美音さんに怒られるのはいつものことすぎてわかんないや。それより午後は時間空いてんの?美音さん達ってまだ授業とかあるから一緒に帰るとかないやろ?学校の周り結構娯楽施設揃ってるから見に行かね?喫茶店とかゲーセンとか」


「いつも怒られてるならなんか理由あるだろ。....喫茶店か。シュークリームとかあるかな?ないならケーキ屋とかでもいいけど」


 シュークリーム?何?急に?

 正樹から出てきたその単語にはてなを浮かべる少年だったが事態は急変する。


「やべ、一旦教室戻ってるわ。昼休み終わったら行くか行かないか言ってくれ。暴食棟じゃなくて嫉妬棟の教室だからな。間違えんなよー」


 少年は正樹に教室で待つと言い残し、すかさず階段を駆け下りていった。

 その数秒後、コツコツコツと近づいてくる足音がし、扉が開く。


「どうしたの扉の前でぼーっとつっ立って?ベンチあるんだから座って待ってたら良かったのに。あれー?もしかしてお姉ちゃん来るの待ち遠しくて入口で待っててくれたの?このこのー」


 ビニール袋を片手に現れた美音は正樹のほっぺたをつまむ。


「やめてよ姉さん。....あれ痛い、いたたたた」


 今朝のようなじゃれるつまみから力の入ったつねりに変化していく。

 眉間にシワを寄せ、鼻をピクピク動かす美音。


「アホのつけてた香水の匂いがする。あいつまた来たの?あー、本当邪魔!」


 入口付近の匂いを嗅ぎながら美音は苛立ちを露わにする。


 美音が来るをすぐ察知して逃げていったのもすごいし、その場にいたのを匂いで気づくのもすごいなと思う正樹。

 喧嘩するほど仲がいい。実は気が合う2人なのではと少し心配になる正樹であった。




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