₍꜆꜄ᐢ⑅ • ༝ • ᐢ₎꜆꜄꜆

 さて、きつねちの顔をもぐもぐごくんと見つめている間に、時系列を整理してみようのコーナー。わたしがに弄ばれたのが十九歳。そこから「姫」になることを決意するのが二十歳。そこから、百人斬りの千日行のはての今が二十三歳。つまりすでに卒業生にして新入社員の今――なぜわたしはわざわざ、懐かしの大学食堂なんかに出向いているというのか。


 黙っていたきつねちが、話を逸らす先は当然そこだった。

 きつねちは言う。


「――ていうか、あの、ひめ先輩、今日は何の用で大学ここに?」

「ん? そりゃ久しぶりにきつねちの顔を見たくて」

「全然嘘じゃないですか! こっちは何も聞いてないんですよ!」

「だからきつねちに会えなかったら、あー目的が果たせなかったなあって泣きながら帰ろうと思って、こうしてひとり寂しくトルコライスを食べてたの」

「連絡先知ってるのに!?」

「嘘嘘。ちょっと長めの忘れ物に気がついて」

「忘れ物?」

「そう、きつねちのこと、忘れてたなって」

「嘘お!?」

「嘘嘘。ちょっと大きな忘れ物に気がついて」

「……大きな? って、もしかして、その袋、ボードゲーム?」

「そう。久々にやりたくなったのにどこにもないからおかしいな〜と思ったら、ああそういえばサークルの部室に寄付ほうちしてたわ、って」

 それがこれ、とわたしは椅子に置いた紙袋を叩く。中には隙間なく詰め詰め、なんとか入った、というふうにゲームの箱が収まっている。だから、コツン、と気持ち硬い紙の音が響いた。

「そんな思いっきりブランドものの紙袋に何入れてるんですか……」

「これがいちばん丈夫だったから。凹んじゃったりしてもちょっと気分よくないし」

「放置してたくせに」

「はは。でも、自分で持ってるよりきれいかもしれない。誰も遊んでなかったみたいだし。欲しい人、いなかったのかな」

「……気を遣ったんじゃないですか? だって、人のものです」

「そうかな。でも置いてったよ」

「でもみんな、知ってるわけじゃないですか」


 そう。みんな知ってる、とはわたしは言わない。

 みんな知っていることは、わたしも知っている、とも、言わない。


 きつねち。

 人懐こい後輩。いや、わたしに懐いている後輩。

 そして、姫になる前のわたしを知らない、後輩。


 だから百人斬りのには、ピッタリの人材だったはずだった。おかしくされ、姫におかしくなった自分が果たして、どのくらい人をおかしくすることができるのか、その実践には。実際、きつねちがわたしに気を持つまでは時間がかからなかった。歯に衣着せず言えば普通にチョロかった。ところが、一人目のはずがあれよあれよと順番を抜かされ抜かされ――とうとう一〇〇人目(予定)。この括弧書きが果たして外れるのかすら、はなはだ怪しい。


 ――いや、今日は実のところその括弧を外してやりに来たはずなんだけど。

 久しぶりに話していて思うけど、ほんとうにヘタレだなコイツ……。


 フォローで言うわけではないが、いや嘘、直球のフォローなのだが、きつねちは別に頭の悪い子ではない。というか、むしろ頭の回転自体は良い寄りですらある。謎掛けという現代の生活でどうスキル振りすることになるのかわからない謎の特技があることを置いておくにしても、普通以上に頭は回る。だから、わかっているはずだ。

 

 さっきからしている忘れ物の話が、ボードゲームの話なんかではなく、きつねち本人の話であるということに。


 こういうところ、鈍いわけではない。敏い。敏感系主人公だ。

 にも関わらず――気づけば一〇〇人目。


 さてどうするか、とわたしは自動運転モードにしていた会話の運転パイロットに戻る。

 急カーブだ。


「きつねちさあ」

「……なんですか」

「結局、誰に好かれたいのきみは」

「だからなんですか! 急に!」

「さっきも言ったよこれ。急じゃない急じゃない」

「…………」


 黙っちゃうか。まあ、黙っちゃうか。しかし、わたしは知っているしみんなも知っている。みんなも知っているから、わたしも知っている。きつねちが一〇〇〇日――いやそれ以上に渡って、今がそうであるように、わたしに惚れ込み、踏み込めずにいることを。いや実際、知らない(ことになっている)のはわたしだけ、わたしの知る誰も彼もがみんな一度はきつねちの「恋愛相談」を受けたことがあるような状態で、そして誰も彼もがあいつは手に負えないからやめとけと助言しているような状態であって――そりゃその間百人斬りしてればそれはそう――、そうしてそのまま大学卒業。そのときは、あー結局きつねちとはなんにもならなかったな、一〇〇〇日もあって、まじか、でもまあいいか、と思っていたのだけど。


「なんか落ち込みようがすごいと聞いてね」

「……誰からですか」

「みんなから。いやまじで誇張じゃないんだこれが。みんなから。

 ――まったく、愛されてるねえ、きつねち」


 これも黙っちゃうか。

 うーん、皮肉にくらいは言い返してほしいものだけど。


「まあ、ちょっと話変えようか。きつねち、想像してみて」

「は?」

「眼の前にさ、アホウドリと白鳥がいるとするじゃん」

「いや、え?」

「アホウドリ、知らない? 人が近づいても全然逃げないから簡単に捕まって絶滅しそうになっちゃった、ってかわいいエピソード」

「それをかわいいエピソードとして挙げないでください」

「ちなみに白鳥の方はつばさでうつで人の骨を折ったりできる。かわいいよね」

「ポケモンのエピソードなんですよそれは」


 そんでボケには言い返せるんだよなあ。


「いやリアル動物図鑑のエピソードよちゃんと。で、アホウドリと白鳥、きつねちはどっち捕まえたい?」

「いや、だから、言われてる意味が……」

「わからないわけないと思うけどなあ、きつねちなら」

「…………」

「まあ、わたしだったらアホウドリをとりあえず捕まえて――白鳥の方は、じっくり捕まえる算段を練る」

「質問の答えとして違いませんか?」

「じゃあ次の質問。眼の前に白鳥と、溺れてる子供がいたとしたら、きつねちはどっちを捕まえたい?」

「子供を助けるに決まってるでしょ!」

「そうだよねえ」

「そうですよ! ていうか何の話ですかこれは!」

「じゃあ、これが最後の質問。きつねちは、ある日出会った白鳥をどうしても手に入れたい。方方に相談して、猟銃を手に入れた。弾だって忘れていないか何度も確認した。イメトレも完璧。そうして再会した白鳥に、あとは引き金を引くだけ。アホウドリも子供もいない。じゃあ――撃つ?」


 ――きつねちの目線が下がる。

 もうとっくに食べ終わったトルコライスの皿しか見えない角度で、一秒、二秒。

 一〇〇〇秒――は盛ったけど、どうだろう、きつねちの体感としては。

 果たしてどれだけ長かったのだろうか。


「…………逆質問です、先輩」

「いいよー。やさしいからね、わたしは」

「先輩は、欲しいものが手に入らなくて悩むことって、ないんですか」


 わたしは即答する。


「ないよ」

「手に入るから?」

「ん〜、ちょっとちがう。そうね、きつねちには教えてあげよう。わたしの千日行から得た学び。『欲しいかどうかを考えるより前に、手に入るかどうかを考えること』これだけでね、簡単になる」

「そうですか……達観してますね」

「そうかな。でも、もっと難しい方法もあるよ」

「もっと……難しい?」


 きつねちの目線が上がり、それをまっすぐ見返して、わたしは答える。


「『欲しいかどうかを考えるより前に、欲しがられるようにすることを、考えること』」


 トレイを持ち、わたしは立ち上がる。

 そして、きつねちに言う。


「これはね、きつねちが知らないわたしが、いちばん最初に学んだことだよ」


 そう言い残して、わたしは食堂を出た。



 

・・・₍՞ . ̫ . ՞₎・・・




 食堂を出たわたしは真っすぐ、大学の正門へ向かう。

 振り返ることなく、一歩、二歩――

 そして、きっと、おそらく――、九十九歩。


「待ってください! ひめ先輩!」

 

 ――ちゃんと来たか。

 その声を聞き、わたしはピンと伸ばした背筋で、そして鍛えた足腰で。

 ターンを決めて、振り返る。


「なあに? きつねち」

「……忘れ物です!」


 わたしの置いてきた紙袋を、こちらに差し出し、きつねちは言う。まっすぐ。

 ――まったく、可愛らしいことだ。

 ――思わず、呆れ笑いがこぼれる。


「ああ、。ありがと」


 一歩二歩と、近づいて、わたしは忘れ物の手を取り、考える。

 さて――これからどこに行こうか。






《1000 Days , 100 Part》 is 100/100 completed.

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一〇〇〇日/一〇〇分率 君足巳足@kimiterary @kimiterary

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