第八回本山川小説大賞という、謎の概念先生(プロ作家)主催、謎の狐娘さん(Vtuberとして活動)、謎のサブカルクソ眼鏡先生(プロ作家)審査、な賞に参加しました。そしてこちらの小説(https://kakuyomu.jp/works/1177354054886617056)で銀賞をもらいました。やったぜ。3位から5位の間ってところですね。特別賞が豪華なので6位以下かもしれない。

 で、いろいろ思うところがあったので、忘れる前に書いておこうと思います。せっかく講評ももらったのでちゃんと返事をしたいですし。そういうわけで、以下はざっくり、自作の話と、あと短編小説の書き方について、思うところのお話です。

 さて、まず自作の話(読んでない人は上のリンクどうぞ)。


■タイトルについて(書くことない)

 ドラマ「101回目のプロポーズ」のもじりです。が、おれは当該ドラマを見ていないのでまじでタイトルだけのもじりです。武田鉄矢がぼくは死にましぇーんって叫ぶってことくらいしか知らない。あ、このセリフはせっかくなので本編でもぼんやり引用しました。



■中身について(のつもりが執筆ドキュメンタリーになったなにか)

 さんざんセオリーから外れてるとか言われたのでどうしてこういう小説になったか全部書いちゃおうと思います。長いよ。

 さてまずはネタ出しから。
 実は「もう結婚してるのに更に結婚したいと思ってしまう女」というネタ自体は数年前にポツッと思いついたものでした。で、なんとなく頭の片隅には残っていたそれが、レギュレーションの「女性一人称」に噛み合いそうだったので使うことにした、という感じ。ただしこの時点では百日詣というネタもなく、あのラストシーンもありません。

 で、いざ小説を書くとなると、いろいろググるわけです。ここで百日間の再婚禁止制限を見つけ、百日ってキリがいいね、となり百日詣をさせることになりました。

 舞台の明治寺は、数年前に哲学堂に花見に行ったときに近くを散歩してたら偶然見つけた寺で、わりと印象に残ってたので即舞台に決定。

 で、冒頭のシーンを書くに至ります。
 この時点で章題まで決まってたかな。その後数日、書く暇なくてぼんやり妄想しつつ過ごして、そのくらいの時期に「空の底」と「CQ」読んであーこれはおもしれーなーとか思ってたかな、多分。で、CQはタイプ違いすぎてちょっと今作にはどう頑張っても参考にできる部分がなかったんですけど、空の底は読んでて「やっぱ小説は細部だよな……」とか思って、それがこう、リビングでいちゃつくシーンとかには反映されてる気がする。質感手に入れてーなー、みたいな。

 で、「壱百日間」書いてたらちょっと詰まっちゃったので、先にラストから書くことにしました。

 とはいえ、ラストは決まってません。大変だ。書けないじゃん。仕方ないのでもっかいいろいろググったりするわけです。ネタでないかなーと。そしたら、前提条件だった百日間の再婚禁止制限自体が勘違いだったことに気づいた。これは結構ショックでした。あれ?まじで?この小説破綻したな?って。

 でも今から書き直す時間もない、ネタもない、そこで、「登場人物にもおれと同じ勘違いさせちゃえばいいじゃん!」って発想の転換に至ります。これ思いついたときとりあえず書き上がるわこれ、って思いました。ちなみにこの時点で多分9月になってます。どんだけ放置してたのお前、って感じですね。

 まあでも思いついちゃったのであとは書くだけです。というわけでその週の日曜に書き上げて、んーあーもうちょっとなんかこう、もう一皮むける気配もあるけど時間ないしこれでいこう!公開!みたいな感じで公開したのでした。

 結果銀賞だったのでやっぱこのもう一皮、って勘自体は間違ってなかったのかなー。とりあえずこれはあとで具体的に書きます。ここまでで小説も完成したので、次は講評にレスするお時間です。



■講評について

なにはともあれまずはありがとうございますの一言。バッサリ切って捨てられるかなーと思ってたら意外と好評だったので嬉しかったです。

概念先生>
 「突飛だし唐突だしうっとおしいんだけれど、なんだかずっと親しくてしょーがねーなーって苦笑いしちゃう感じ」それなー、って感じ。この言語化能力はヤバすぎだと思います。あーすごい、それだわー、です。

 面白さが「たぶん完全に文体だけのもの」っていうのも、かなり嬉しい言葉ですね。実のところおれは「わざわざ小説読む理由って文体くらいしかなくない?」って思ってる人なので……動画コンテンツとか音楽コンテンツとかいっぱいあるのになんでわざわざ小説読むのかって「それが言葉で書かれていること」くらいしか差別化ポイントなくないですか、みたいな。

狐娘さん>
 最終的に銀賞いただけたのは狐娘さんのおかげですありがとうございました。この主人公に関しては「ウザかわいい」がコンセプトなので、かわいい、まで届いたようでよかったです(概念先生には届かなかった)。

眼鏡先生>
 「感情の赴くままポンポンと雑駁に語ってゆく一人称というのは、難しそうで意外と書きやすく、なんとなくシャレオツな小説っぽくなるのですが、気分よく筆に任せているとどうでもいい「無」の描写に陥ります。」超至言です。額装して壁に掛けたいくらい。まじで、無の描写に陥ったなと思った瞬間段落ごと消す、みたいなことを何回かしました。

 あとあんまり教訓めいたこと書かないようにしようというのもかなり意識したポイントなので、そこに言及いただけたのも嬉しかったですね。



■創作論っぽい何か

 とりあえずまずはみんなコレ(http://sawameg.blogspot.com/2018/09/blog-post.html?spref=tw )読みましょう。以下のパートはこの記事ベースで話します。ていうか、そんなん関係なくめちゃくちゃ参考になります。特に事実上の第9回ナンタラカンタラみたいなのに参加する人は必読かと。

 ではいきます。

 今回おれは結構例外扱いされてたわけですけど、上記の記事にある原則で言えば「壱百日詣と〜」がはっきり抵触してるのは、とりあえず『2:短編小説の主役は物語!』くらいだろうなと思います。

 あと微妙なところで作者的には3と7。8もかなーって思うんですがそこは単に実力不足なんですぐにどうこうなりません。諦めまて地道にいきます。

 じゃ、具体的にいきましょう。

 2はまあ抵触してますね。この小説、ストーリーはほぼないです。というより、ストーリー=粗筋に「面白さ」はなさそうです。この場合の「面白さ」は概ねダイナミクスと言ってもいい。「動き」ですね。そりゃ毎日寺に通ってるだけなのでストーリーに動きなんてないです。

 じゃあそれをどこでカバーするか。

 ここで問題になってくるのが文体ってやつですね。文体それ自体にダイナミクスをもたせたい。いわゆる石版芸から、改行、短文、改行、みたいなやつもそうだし、読点減らしてギターソロみたいにだだだだーってやるのもそう。

 結構「ここリズム的に5文字くらいの言葉ほしいんだよなー」とか悩んでたりもします。「わたしはラララララ、ララララ、ラララララララララ、でも、ラララララ」みたいな文にしたいな、とか。

 これがどれくらい一般的なのかはわからないですが、まあ個人的に文体って小説書く一番の理由になりうると思うくらい好きなんで、文体に「面白さ」があればストーリーが単調でもいけると思ってます。これ多分概念先生が8で言ってることと同義なんじゃなかろうか。


 はい、次。『3:ボリューム感を把握しよう!』について。実のところ作者的にはここが一番この小説の致命的な弱点だと思っています。

 どういうことか。この小説って「壱百日間」のところの重心の置き方がなんかバランス悪いんですよね……前半にはいい感じのエピソードが置けたので、後半にもあと1エピソードほしい。これが先に述べた「もう一皮むけそう」の正体です。

 ですが、ネタが出ませんでした。
 タイムアップ。

 あと1000字くらいのエピソードをポンって置けたら良かったかなーっていうのが本音ですね。この部分をカバーするために小賢しい予防線を張ってはいるんですが(「繰り返せば繰り返すほど、印象も記憶も薄くなっていって、新鮮さは薄れていって、なんでこんなことしてるんだっけとかそういうことを思うんだけど」あたりがそれ)、しかしこんな予防線、無くせるならそれに越したことないんですよね。ここは完全に反省点。


 で、最後。『7:読者にお説教しようとするのはやめよう!』について。眼鏡先生の講評のところでも触れましたが、これはまじで気を遣いました。説教ダメゼッタイ。ただ、まったくないとそれはそれで、「無の描写」に近づいていくので、「壱百日間」のラストだけは意図的にこの原則に抵触しました。

 簡単に言えば『ダラダラ書いたあとに一瞬だけいいこと言ってる感を出してメリハリつける』ってことをやってるわけですが、このあたりの肌感覚は個人的には小説から学んだというよりミイラズってバンドから学んだところが大きいです。AppleMusicとかつべとかでみんな聴いて、どうぞ。

 あと『ダラダラ書いたあとに一瞬だけいいこと言ってる感を出してメリハリつける』に近いのが『全体を通底しているムードと真逆のことを1フレーズだけ混ぜる』ってやつ。

 ラブソングの一部にネガティブなことを混ぜる、とか、愚痴っぽい歌なのかと思ったら開き直ってポジティブに終わる、とか。

 「壱百日詣と〜」では「死がふたりを分かつまで」の話がここにあたります。あそこで一旦ネガティブだったりシリアスだったりなってくれないとまじで頭がゆるいだけの女になってしまうのでああいうパートは必須。

 基本的にこれ繰り返してるだけで「無の描写」が「後の有のための前振り」になるので、本当に「ただの無」になってしまうのは回避できるかと思います。わりと概念先生とかわかりやすくこれやってる感じしますね。基本的に「丁寧な日常描写」みたいなものはオチがちゃんと決まるから加点対象になるものなんじゃないか、と。

 ピタゴラギミック的な伏線ではないけれど、エモーショナルな伏線としてじわじわ効いてくる「日常描写」や「なんでもないセリフ」……簡単なようでめっちゃ難しいです。一読者としてはピタゴラ伏線より加点高め。

 この他に自覚的に工夫した部分としては「キャラの名前は出さない」「キーワードを絞る」っていうところですね。余計な説明に割く字数はなかったし、何よりテンポが悪くなるので。この文字数の短編でキャラ名たくさん覚えるのわりと負担です。だって短い付き合いなので。2、3人が限界じゃないかな。できればあだ名とか肩書にしたほうがスマートですね。この点「CQ」はまじスマート。「CQ=子宮=人間」と「たまこ=卵=魚」。抽象度がバッチリです。他にもいくつかの高評価作品で見られる手法でした。

 あとはあれかな、「変な語彙(=一人称の視点者の脳内にない語彙)は使わない」。簡単に言って作者がオタクだからってキャラ全員オタクにしちゃまずい、みたいな。作者の語彙で喋ってる感が透けると、だいぶこう、没入感みたいなのが減ると思います。

 まあこんなもんか……なんか思いついたらツイートでもしよう。


・まとめ

 たのしかったな、おわり。
 小説ちゃんと書くの結構久々だったのですが、書けるもんですね。
 今度は審査員やりますので、皆さんそちらでまた会いましょう。
https://twitter.com/halcana/status/1043369569761382402
 ちなみに審査員も全員書くようです。アホなので。
 ではでは、そちらもよろしくお願いいたします。