第3話(3)夜の体育館にて

「……」


 俺はまたまた言われた通りに夜の体育館へとやってくる。我ながら何をやっているんだか……。こうしてまたまた貴重なプライベートの時間を削ってまでさ。


「……来たな」


「村松先生、こんばんは」


「! お、おお……こ、こんばんは……」


 暗がりから紅蓮と疾風が現れる。


「……ふむ」


 疾風が俺のことをじっと見つめる。


「ど、どうした、疾風?」


「……こちらの指定した時間通りですね」


「そ、それがどうした?」


「いえ、きちんとされているなと思いまして……」


「そ、そりゃあ、大人だからな」


「顧問としての自覚が芽生えてきたんじゃねえか?」


 紅蓮がニヤッと笑う。


「なんで上から目線なんだよ……。というかな……」


「ん?」


「またまた言われるがままにこうして来てしまったんだが、もう下校時間はとっくに過ぎているだろう。さっさと家に帰れ」


「ああん?」


「あ、ああん?じゃない。帰るんだ」


「そういうわけにはいかねえってんだよ」


「なんでだ?」


「なんでって……なあ、ガリ勉?」


「……私のあだ名ですか?」


 疾風が紅蓮に対して視線を向ける。紅蓮が笑みを浮かべる。


「へっ、ピッタリだろ?」


「眼鏡イコールガリ勉というのがなんともあれですね……」


「あ?」


 紅蓮が首を捻る。


「絶望的なまでのボキャブラリーの貧困さを表していますね」


「あん?」


「まあ、もとより貴女に多くを期待はしていませんが……」


「あんだと?」


 紅蓮が疾風を睨む。


「ケンカを吹っ掛けたつもりがケンカに乗っている……まったくもって単細胞ですね」


「細胞がなんだって?」


「……おバカさんだということです」


「ああん⁉」


 紅蓮が疾風に顔を近づける。


「お、おい、やめろ……!」


 俺は紅蓮を止める。


「だってこいつがよ……」


「ケンカを売ったのはお前の方からだろう。問題行動を起こすんだったら、顧問の件も考え直させてもらうぞ」


「ええ?」


「正直に言うと、余計な面倒事はごめんだからな」


 俺はわざとらしく両手を小さく広げる。


「くっ……」


 紅蓮は疾風と距離を取る。あれ? 意外と大人しく引き下がるんだな……。よし、ここはもう一丁教師らしい振る舞いをしておくとするか……。


「紅蓮」


「……なんだよ」


「疾風に謝るんだ」


「………」


「さあ」


「……悪かったな」


 おお、謝ったぞ。一応ではあるけれども。


「…………」


「疾風、君の方も……」


「……私の方も少し大人気がなかったです。失礼をしました」


 疾風を促すと、疾風も軽く頭を下げた。


「へえ……」


「なにがへえ……だよ」


「いや、素直に言うことを聞くもんだと思ってな……」


 俺は自らの顎に手を当てる。


「そ、それは……」


「……せっかく決まった顧問の先生に早々にやめてもらっては困りますから」


 疾風が眼鏡をクイっと上げる。


「そ、そうだよ!」


 紅蓮がうんうんと頷く。


「そうか……分かったよ、それじゃあ帰るぞ」


「な、なんでそうなるんだよ!」


「紅蓮と疾風……二人がここにいるということはだ……一昨日のような怪獣騒ぎ、昨日のような怪奇現象はないんだろう?」


「怪異です」


 疾風が即座に訂正してくる。


「あ、ああ、怪異か。こだわるんだな……」


「大事なことですので」


 疾風の眼鏡のレンズがキラリと光る。俺は思わず頭を下げてしまう。


「わ、悪かった……と、とにかく早く帰るぞ、また車で送るから」


「……そういうわけにはいかねえよ……顧問なんだからある程度は付き合ってもらうぜ」


「だから顧問って言われてもな……分からない点が多すぎるんだよ」


「分からねえ人だな~」


「……先生」


「なんだ、疾風?」


「人生はちょっとくらい分からない方が面白いですよ? そうは思いませんか?」


「ま、まあ、一理あるかもしれないが……おわっ⁉」


 体育館がガタガタと揺れたかと思うと、閉めていたドアが倒れる。地震か? これは結構大きいな……って、そうじゃなくて、紅蓮たちを避難させないと……。


「来やがったな……」


「そうですね」


「お前ら、窓から離れて……!」


「ガオアアッ!」


「はあっ⁉」


 俺は驚く、倒れたドアから猪の頭をした人のようなものが現れたからだ。こんな生物は見たことがない。その猪人間が再び咆哮する。


「ガオアアアッ!」


「な、なんだ⁉」


「……『怪人』だよ~」


 暗がりから雷電が現れる。


「ら、雷電! お前もいたのか⁉」


「うん、こういうのはウチの担当だからね……『変身』!」


「!」


「ミャアアッ!」


「ええっ⁉」


 雷電が目の前で猫の頭をした人に変化したので、俺はびっくりしてしまう。


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