第5話(1)そもそもとして

              5

「はあ……」

 部室で俺はため息をつく。

「どうした村松っちゃん、ため息なんてついてよ」

 俺の前の席の紅蓮が話しかけてくる。

「いや、そりゃあ疲れているからだよ……」

 俺は素直に告げる。

「疲れているの~?」

 俺の隣に座る雷電が首を傾げる。

「なんでまた?」

 紅蓮も首を傾げる。

「なんでまたって……分かるだろう?」

「いいや」

「うんにゃ」

 紅蓮と雷電が揃って首を左右に振る。

「わ、分からないのか?」

「ああ」

「うん」

 紅蓮と雷電が揃って首を縦に振る。

「……昨夜のことだよ」

「昨夜?」

「なにかあったか?」

「も、もう忘れたのか……」

「え?」

「うん?」

「……」

 俺は思わず黙り込む。

「……運動部員の皆さんのことです」

 本を読んでいた疾風が口を開く。

「ああ、あいつらのことか!」

 紅蓮が両手をポンと叩く。

「大変だったんだぞ……」

「なにがだ?」

「……お前さんの後始末でだよ」

「後始末?」

 紅蓮が首を捻る。

「ああ、お前さんの咆哮で皆気絶しちゃったんだから……」

「だってよ~ばっちり目撃されるわけにもいかねえだろう?」

「目撃はされていたぞ?」

「動画とか撮られるのが面倒だって話だよ」

「それにしてもだな……」

「晴嵐ちゃんの説明に皆わりとあっさりと納得してたじゃん」

「それは確かにな……」

 雷電の言葉に俺は頷く。

「そういえばなんて説明したんだ?」

「皆さんが目撃したと思われる事象は集団幻覚の一種でしょうと……」

 紅蓮の問いに疾風が答える。

「そんなんで納得したのか?」

「私の論理的かつ合理的な説明にかかれば造作もありません……」

 疾風が眼鏡をクイっと上げる。

「そこから生徒を駅まで送ったりしたのが大変だったんだよ……」

 俺はため息交じりに呟く。

「ああ、そうか……」

「そうだよ……」

「それはまあ……お疲れちゃん」

「か、軽いな⁉」

 紅蓮の物言いに俺は驚く。

「それは別にいいだろ」

 紅蓮は両手を広げていたずらっぽく笑う。

「別にいいって……まあいい、そういえば聞こうと思っていたんだが……」

「ん?」

「そもそもというか……」

 俺は自らの後頭部をポリポリと掻く。

「?」

「いや、今さらというべきか……」

 俺は今度は自らの鼻の頭をポリポリと搔く。紅蓮が苛立ち気味に尋ねてくる。

「なんだよ、はっきりしろよ」

「……お前らはどうして……変貌・変化・変身出来るんだ?」

「……!」

「……‼」

「……⁉」

 俺の問いかけに対し、三人の顔色がわずかにだが変わる。

「……どうなんだ?」

「村松っちゃん……」

「ああ……」

「それはセクハラだな」

「えっ⁉」

 紅蓮の言葉に俺は戸惑う。

「村松先生……」

「あ、ああ……」

「それはパワハラですね」

「ええっ⁉」

 疾風の言葉に俺は困惑する。

「村松っち……」

「あ、あ、ああ……」

「それはモラハラだよ」

「えええっ⁉」

 雷電の言葉に俺は当惑する。

「……まあ、それはほんの冗談ですが」

 疾風が眼鏡の縁を触りつつ、笑みを浮かべて呟く。

「か、勘弁してくれよ……」

 俺は左胸を抑えながら応える。疾風が首を傾げる。

「? どうかしましたか?」

「このご時世、ハラスメントはなにかとマズいんだよ……」

「ああ、それはどうも申し訳ありません……」

「冗談はいいから、理由を聞きたいんだが……」

「オレが『怪獣』に『変貌』する理由……」

「私が『怪異』に『変化』する理由……」

「ウチが『怪人』に『変身』する理由……」

「あ、ああ、そうだ……」

「それはな……」

「それはですね……」

「それはね……」

「秘密だ」

「秘密です」

「秘密~♪」

「またそれかよ!」

 俺は声を上げる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る