第4話(4)怪獣の爪

「ガシャアッ!」


「う、うわあっ⁉」


「な、なにあれっ⁉」


 巨大なハリネズミを見た生徒たちが動揺する。


「お、おい、マズいんじゃないか⁉」


 俺は疾風に問う。


「……色々な意味でマズいですね」


「そのわりには冷静だな!」


「ここで冷静さを欠いてはいけませんから」


「し、しかし!」


「とにかく皆さんを避難させましょう」


「そ、そうだな! おい、みんな! あいつから離れるぞ!」


「!」


「は、早く!」


「……きゃああ!」


「うわああ!」


「し、しまった!」


 下手に急かしたことでみんなをパニック状態にさせてしまった。


「はいは~い、みんな、落ち着こうか~『押さず、走らず、静かに』だよ~♪」


「! ……」


「そうそう、良い子良い子~♪」


 雷電の柔らかな口調でみんなが落ち着きを取り戻した。


「わ、悪い、雷電!」


「ドンマイ、ドンマイ~」


 雷電は笑みを浮かべる。


「先生は皆さんの後ろに、金剛さんが誘導を」


 疾風が冷静に指示をしてくる。俺は疾風に小声で囁く。


「疾風、みんなに目撃されてしまったぞ、それはどうする?」


「……」


「い、いや、すまない、それどころではないな……」


「まあ、やりようはあります……」


「え?」


 疾風が紅蓮に呼びかける。


「龍虎さん、いつもより気持ちボリュームを高くお願いします……!」


「分かったぜ、『変貌』!」


 紅蓮が巨大ハリネズミの方に走りながら、巨大な竜に変貌する。


「ガオオオオオッ!」


「うわっ……」


 紅蓮がものすごい音量で叫ぶ。俺は思わず両耳を抑える。


「!」


「‼」


「あっ⁉」


 生徒のみんなが倒れ込む。


「狙い通り……」


 疾風が眼鏡をクイっと上げる。


「ね、狙い通りって……紅蓮にボリューム云々って言っていたのはそれか?」


「これまで体感したことがないであろう音の揺れや響きにショックを受けて全員気を失ってしまいましたね」


「む、無茶をするな……」


「皆さん運動部です。人一倍鍛えていらっしゃいますから、小一時間もすれば目を覚ますことでしょう」


「気絶させてどうするんだ?」


「集団幻覚でも見ていたということにすればよろしいでしょう」


「そ、それは無理があるんじゃないか?」


「巨大怪獣が二体も同時に出現したという荒唐無稽な事象よりはいくらか受け入れやすいかと思いますが」


「ふ、ふむ……」


 俺は腕を組んで頷く。


「龍虎っち、後はよろしく~♪」


 雷電が両手で大きく〇を作り、紅蓮にサインを送る。


「ギオオオッ!」


「ギシャアッ!」


 紅蓮と巨大ハリネズミが威嚇し合う。


「グオオオッ!」


 紅蓮が飛びかかる。


「……!」


「ガオッ⁉」


「あっ⁉」


 巨大ハリネズミが背中のハリを何本か飛ばす。紅蓮の巨体に刺さる。


「あ、喰らっちゃった……痛そう~」


「安易に飛び込み過ぎです……」


 雷電が顔をしかめる横で、疾風が呆れ気味に呟く。


「いつもはわりと慎重なのに、珍しいね~」


「そうですね……」


「これはあれかな?」


「あれとは?」


「さっきの運動部のみんなとの腕相撲や追いかけっこがちょうどいいウォーミングアップになっちゃったってやつかな?」


「なるほど、あながちその推測は当たっているかもしれませんね」


 疾風が頷く。


「ということは本気モードになるかな?」


 紅蓮が巨大ハリネズミから少し距離を取り、口を大きく開く。


「……ガアアアッ!」


「⁉」


 紅蓮が口から火炎を吐き出す。雷電が声を上げる。


「やった、フィニッシュ! ……あら?」


 巨大ハリネズミは大きな体を丸めて、火炎を耐えきる。


「防御力というか耐久力もなかなか高いようですね……」


 疾風が冷静に分析する。


「ど、どうするんだ⁉」


「さあ?」


 俺の問いに疾風は首を傾げる。


「さあ?って!」


「大体、あの火炎で決着がつくことが多かったですから……」


「ええっ⁉」


「どうするんだろうね~」


「お手並み拝見と行きましょう」


 雷電は呑気に、疾風は静かに呟く。


「ガガアアアッ!」


「ゴシャアアッ⁉」


 紅蓮が叫び、巨体のわりには短い手を振るった瞬間、巨大ハリネズミの体は二つに分かれる。そこに紅蓮が火炎を浴びせ、巨大ハリネズミは燃えカスとなる。


「お、終わったのか……?」


「ほう、竜の爪の鋭さはハリネズミの針も凌駕しますか……流石ですね」


 紅蓮が元の人間の姿に戻り、俺たちのところに歩み寄ってくる。そして、俺に微笑む。


「……まあ、わりと楽勝だったぜ」


「え、ええ……」


 俺はとにかく困惑するしかなかった。

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