第1話(4)怪獣
「ガオオオッ!」
「ガルアアッ!」
「うわっ……」
竜のような生き物と巨大なトカゲが咆哮し合う。威嚇し合っているのか。すごい音量の叫び声だ。俺は思わず両耳を抑える。
「ギオオオッ!」
「ギルアアッ!」
「ええっ……」
巨大な生き物同士が互いに睨み合う。こんな巨大な生き物たちがこの世の中に存在していいのか? いや、というか、そもそもとして……生き物なのだろうか? さっき、俺は自分で怪獣と呟いたが……怪獣なんて空想上のものだろう? SFの世界に登場するものだろう。俺はこれでも理系の教師なんだ。目の前で繰り広げられるバカげた事象をなかなか受け入れることが出来ないでいる。
「グオオオッ!」
「グルアアッ!」
「あっ!」
巨大トカゲが竜のような生き物に向かって勢いよく飛びかかった。おおっ、巨体ではあるが意外と機敏なんだな……。
「ゲオオオッ!」
「ゲルアアッ!」
「おっ⁉」
竜のような生き物が反撃する。巨大なトカゲをグイっと押し返してみせる。これは当たり前のことなのかもしれないが、力が強いな……。
「ゴオオオッ!」
「ゴルアアッ!」
巨大なトカゲと竜のような生き物が押し合いへし合いを繰り返している。そんな信じ難い光景を眺めながら、俺はしばらく――あくまでも体感時間のことであって、実際はほぼ一瞬ではあったが――現実逃避する。
俺の名前は村松藤次。私立高校教師。年齢25歳。独身、彼女なし。担当科目は地学……。
今いる場所は静岡県静岡市。静岡県は良い所だ……。
『海道学園』という、やや海寄りに立地している学校に勤務している。ちょっと車を走らせればすぐに海へとたどり着く……。
教師という仕事は大変だが、やり甲斐は感じている……。
いや、やっぱり現実逃避などしている場合ではないか……。
「ど、どうなっているんだ……?」
俺は平凡過ぎるが、この場においては適切に近いであろう言葉を選んで呟く。
「村松っち、なんとも平凡な感想だね~」
「い、いや、それ以外の感想しか出てこないだろう⁉」
俺は茶化してきた雷電に対し、声を上げる。
「ははっ、まあ、普通はそうか~」
雷電は笑いながら、自らの後頭部を両手で抱え、視線を怪獣たちの方に戻す。
「いや……」
「あのトカゲさん、意外とやるね~」
「まさに一進一退の攻防といったところですね」
雷電の呟きに疾風が反応する。俺は再び声を上げる。
「って、お、お前ら!」
「ん~?」
「どうかされましたか?」
雷電と疾風が揃って俺の方を見る。
「どうかされましたじゃない! さっさと避難するぞ!」
俺は再び二人を促す。
「あ~大丈夫、大丈夫♪」
雷電が片手をひらひらと振る。
「だ、大丈夫じゃないだろう⁉」
「一度戦闘が始まったら、下手にそこから動かない方が良いです」
「そ、そうなのか……?」
俺は疾風に問う。
「ええ。それに龍虎さんはああ見えても案外細かいですから、周辺に被害が及ばないように配慮しながら戦うことが出来ます」
「え……?」
疾風の淡々とした説明に俺は首を捻る。
「逆に言えば、すこし慎重過ぎるのかな、龍虎っちは?」
「それもありますが……ここまで手こずる相手とは正直思えません」
「っていうことは、余裕を見せているってこと? いわゆる舐めプってやつ?」
「それも考えられますね……これは後で反省会ですね、三人で」
「ええっ⁉ ウチもなの⁉」
「当然でしょう」
「ええ、そんな……」
「ちょ、ちょっと待ってくれ⁉」
「う~ん?」
「なにか?」
雷電と疾風が再び揃って俺の方を見る。俺は竜のような生き物を指差して尋ねる。
「あ、あの竜? い、いや、怪獣が、紅蓮なのか⁉」
「そだよ~」
「そ、そだよ~って……」
「さっき変貌するところを見たではないですか」
「い、いや、それは確かに見たが……!」
竜のような生き物が赤く光を放つ。雷電が声を上げる。
「おっ⁉ いよいよ本気モードかな?」
「文字通り、体が温まるまで時間がかかるのが難点ですね……」
「ガアオオオッ!」
「ガルルアアッ!」
竜のような生き物――どうやら紅蓮が変貌した姿らしい――が、巨大なトカゲにガブっと噛みつく。……がすぐに離れる。
「ガオッ……」
「ど、どうしたんだ?」
「美味しくなかったんじゃないかな?」
「ええっ?」
雷電の言葉に俺は首を捻る。
「ほら、龍虎っち、偏食だから」
「そ、そういう問題なのか?」
「うん」
「そんなことを言っている場合ではないのですが……これはやはり反省会ですね」
「……反省会さあ~どうせならファミレスとかでしない?」
「良いですよ……」
「おっ、やった!」
「金剛さんのおごりなら」
「ええ……あっ……」
竜のような生き物、もうなんか面倒だから紅蓮と呼ぶことにしよう。紅蓮が巨大なトカゲから少し距離を取り、口を大きく開く。
「……ガアアアッ!」
「⁉」
紅蓮が口から火炎を吐き出す。巨大なトカゲは炎に一瞬で包まれ、消え去る。
「お、終わった……のか?」
紅蓮が元の人間の姿に戻り、俺たちのところに歩み寄ってくる。そして、俺に微笑む。
「……まあ、主な活動内容はこういうこった」
「え、ええ……」
俺は只々困惑するしかなかった。
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