EP21 バケモノ
未那月は自己紹介に際し、必ず自分のことを「未那月刀剣術の師範代」であると語る。
けれど、ARAsに在籍していた頃の麗華がどれだけ「未那月刀剣術」を調べようとしても、該当する流派や剣術は存在していなかった。
それに彼女は、自らをミステリアスに演出しようとする趣向をしている。組織の代表でありながら進んで潜入任務を請け負ったり、回りくどい喋り方で真偽を曖昧にしようとするのも、彼女の悪癖からくるものだ。
だから「未那月刀剣術の師範代」という肩書きもそんな演出に過ぎないと。腰から大太刀をぶら下げていようとも、それは単なる彼女なりのキャラ付けで、実際の彼女は荒事の一つも満足にこなせなき可憐な女性に過ぎないのだと。
少なくとも、ARAsにいた頃の麗華は勝手にそう解釈していた。
だが、彼女は程なくして気付くことになる。自らの軽率な誤りに────
「ふふっ。こうして二人で斬り合っていると、なんだか昔を思い出しちゃうね。竜胆ちゃんが組織に居た頃は何度も実戦訓練をしたんだから」
麗華の反射神経を持ってしても、迫る袈裟斬りを躱す余裕がなかった。
だから粒子化のワープで後方に飛び退こうとするも、振り下ろされた大太刀が分解前のローブを裂いてゆく。
「チッ……!」
はじめに未那月の恐ろしさを思い知らされたのは、その実戦訓練の時だった。
こちらはエゴシエーター能力の全てを解放し、魔女として全力で応戦したのに関わらず、竹刀一本で完封されたのだ。渾身の一撃で腹を突かれ、血の混じったゲロを吐かされた屈辱は昨日のことのように覚えている。
「私の剣がどうこうの前に、鈍ったのはそっちの魔法じゃないかな?」
「ッッ……私をあの頃のままだと思うなッッ!!」
ARAsを離反してから三年の月日が流れた。その間に麗華は数多のエゴシエーターを殺害し、戦闘経験を積んできたといえよう。
ARAsにいた頃は座標のコントロールが満足にできず使いこなせなかった粒子化によるワープも、この三年でものにしてみせた。能力の成長に伴い、僅か数単語の短な詠唱で運用できる魔法も増えたはずだ。
では、何故だ。何故、自分魔法は彼女に届かない。それどころか、何故自分だけが一方的に彼女に斬られ続けている?
体重移動と軽率な足運びから成る変幻自在の斬撃は、絶え間なく振るわれ続けた。
目を見開いても追い切らない剣速だ。瞬きなどしようものなら、一瞬で細切れにされる。
「◎◎ッ!」
「おっ、新しい魔法を会得したみたいだね。けど、残念」
未那月から見て、完全に死角となる背後から鎖による奇襲を仕掛けたはずだ。だと言うのに、彼女は身を捻り、鎖を躱して見せる。そこにはパチンと左目でウィンクをする余裕さえ介在していた。
一方の麗華は、「魔女」の象徴とも言える三角帽やローブは切り刻まれ、携えた杖すらも破壊されている。エゴシエーター能力の作用によって強固に作り替えられた身体も、いまや裂傷まみれの満身創痍と化していた。
「「その傷を治したい」って願うみるのはどうかな? 君のエゴシエーター能力なら、それも叶えられるはずだ」
普段の未那月であればそれも容易なことであった。だが度重なる現実改変は、相応の負荷となって彼女の身を蝕ぶ諸刃の剣だ。
もはや彼女に自らを「全快の状態」へと創り直せる余裕はない。
「簡単に言ってくれるなよ……バケモノめ」
そう、目の前で刃を携えるこの女はバケモノだ。非エゴシエーターでありながら、エゴシエーターを圧倒できる存在を「バケモノ」と言わずして、なんと言えばいい。
ノンフィクションの側に立ちながら、フィクション側の概念のことごとくを切り裂いていく剣技は、とっくの昔に神業の域へと達している。きっと同スケールの殺し合いで、このバケモノに勝さる生物はこの世界の何処にもいないのだろう。
「バケモノって……私のことは昔みたく相棒って呼んで欲しいんだけど」
「誰が貴様のことなんて」
麗華にしてみれば、彼女の瞳が歯車状に変容していないことの方がよほど理不尽であった。
「私の悲願は全てのエゴシエーターを殺し、この世界の変革を止めることだ……ただ、そこには一つの例外がある」
指先で拳銃を形作りながら、麗華は立ち上がる。彼女の指先に展開されるのは、これまでと比べてあまりに小さな魔方陣であったが、その照準は一ミリたりともずれていない。
「ARAs代表未那月美紀。貴様だけはエゴシエーターでなくとも、必ず殺してやる」
「へぇ、それで。理由はあるのかい?」
未那月はわざとらしく、小首を傾げてみせた。
彼女がバケモノじみているのは何も、剣技だけじゃない。ARAsが組織されのは今から十年前だと記録されている。
だが、当時の彼女は齢十七歳の何処にでもいる女学生であった筈だ。
財産もコネクションも持っていない。そんな子供一人が、今や世界の危機と対峙する秘密結社を編成し、組織の運用まで成している。
「未那月美紀。貴様は持っている力は底が知れない。人並外れた剣術の才も、言葉を交わした相手の心を籠絡し、自らの私兵へと変えてしまう人心掌握術も。お前が持つ才能のほんの一端に過ぎないのだろう」
では、そんな彼女が率いるエリアズはどうして現状維持に甘んじている?
スターレター・プロジェクトやエゴシエーターに纏わる謎がそう簡単に解き明かせるものでないことは、自分だって重々承知している。
それでも、麗華には納得することができなかった。
かつて幾つもの任務を共にした自分だからこそ、未那月美紀という人間がどれだけ規格外なのかは、誰よりも熟知しているのだから。
「貴様は楽しんでいるんじゃないか? ARAsを率い、いかにも謎を解いているフリして。その実、腹の底ではこの世界が歪曲していく様に心を踊らせているんだろうッ!」
それは麗華が苦悩の果てに辿り着いた一つの仮説だ。
「ふむ……面白いことを考えたね、竜胆ちゃん。もしかして私の元を離反したのもそれが理由かな?」
「今は私が質問していんだ! それとも答えられないのか、このバケモノめッ!」
バケモノと呼ばれた彼女の口の端が三日月のように吊り上げられた。
嬉々として答えようとする未那月であったが、その続きが明かされることはない。
────何故なら、二人が立つ足元が砂塵と化して抜けたからだ。
足元だけじゃない。廃ビル全体が砂塵と化して、一点に集約されてゆく。
そして、砂塵の中核を担うのは他でもない。瞳を歯車状に変容させたエゴシエーター・藤森陽真里(ふじもりひまり)当人であった。
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