EP27 最悪な相棒と

 少年の願いを載せた鋼の巨人が戦場を翔け抜けた────


 振り抜かれる拳にブレず、四方八方を囲まれようと大立ち回りの回し蹴りで切り抜ける。崩された怪獣の残骸と使い捨てたブレードが無数に突き刺さる荒野は、まさしく戦場に立てられた墓標のようでもあった。


 ならば、そんな荒野に立ち続ける彼は修羅か? それとも護りたいもののために手を伸ばす、ただの少年か?


 ◇◇◇


 ドローンによって中継される映像を、麗華(れいか)もまた手元の端末を通し、俯瞰していた。


 画面の向こうでは、怪獣のエゴシエーターを救うため、あの少年が奮闘を続けているのだ。蛹から幼馴染が変わり果てた核心(コア)を奪還しようと、迫り来る有象無象を切り伏せてゆく気迫は画面越しにも十分伝わってくる。


「〈エクステンド〉のエゴシエーター、神室夕星(かむろゆうせい)か。相変わらずデタラメな奴だ」


 数多のエゴシエーターを屠ってきた「魔女」にしてみれば、夕星のエゴシエーター能力はさほど強力なものに思えない。感情の爆発から効果範囲の制約を取り払おうと、能力自体の応用幅や成長の兆しが見られたわけでもないのだから。


 麗華がこれまで対峙してきた現実改変能力者たちの中には、さらに頭が一つ抜けた上位者もいた。能力自体に大した縛りもないというのに、時間を遡行し、四季を乱し、時には他者の人格や記憶さえも改変する連中。そして、無から有を生み出す怪獣のエゴシエーターも間違えなく、エゴシエータ―の「上位者」と言えた。


 麗華は自身に宿る力を高く評価したこともない。精々が「他のエゴシエーター達よりも使い勝手が良く、応用のワープ能力と併用すれば不意打ちが成功しやすい」程度の感想しか抱いていないのだ。


 そんな力だけで先述した上位のエゴシエーター達を屠ってきたのは、曲がりなりにもARAs(エリアズ)で積んできた鍛錬のお陰であろう。基礎的な体術や、戦況での視野の広さは長期間の訓練でした育まれないのだ。


 ────では、神室夕星はなんだ?


 エゴシエーター能力も月並み。戦場での立ち回りだって、荒れていた頃に子供同士の喧嘩で覚えたに過ぎない。


 そんな少年が何故、自分に緊迫してみせたのか? そして今も尚、鬼神のような強さを見せるのか?


「漫画の趣味は合いそうにないが……羨ましいな」


 ポツリと漏れたのは麗華の本音であった。この強さが単に「幼馴染を救いたい」という想いからくる強さだと言うのなら、もう逆に笑ってしまう。そんな理由づけ、フィクションの中だけに留めてもらいものだ。


 ただ、それと同時に羨ましくもあった。


 麗華は、世界の歪みを止めるため「魔女」として戦うことを選んだ時にARAsで過ごす「日常」を手放した。だから、親友や好きな人と過ごす「日常」を守るため、足掻き続ける少年の姿が殊更眩しく見えるのだろう。


『こちらARAs管制室。準備はできたかな、竜胆(りんどう)ちゃん?』


 片耳に収めた通信端末から聞こえてきたのは、胡散臭い未那月(みなつき)の声だった。


 相変わらず馴れ馴れしい声に、麗華は少しのやりづらさを感じつつも、淡として返す。


「あぁ、当然だ」


『良かった。それで、どうだい? 宇宙から見る景色は、』


 そう。───彼女はいま地球の外に漂っている。


 静寂の最中、烏羽色の魔女装束は無限に広がる闇の中に溶けてしまいそうである。


「『地球は青かった』とでも言えばいいか? 正直、私の鈍ってしまった感性を驚嘆させるには物足りないな」


 麗華の魔法の中でも高い攻撃力を誇るのは、十秒弱の詠唱の果てに照射される皓(しろ)い熱線(レーザー)だ。


 ただ、ARAs側は「それで蛹の怪獣が纏う外郭部を破壊できる確率は限りなく低い」との予測結果を出した。


 これは麗華自身も自覚していることだ。もとより、この魔法は対人を想定したもの。一撃で頭を吹き飛ばせるよう貫通力にこそ特化しているが、〈エクステンド〉や怪獣のようなスケール外れの存在に撃つことはそもそも視野に入れていないのだ。


 では、そんな魔女がどうやって蛹に大ダメージを与えるのか? その問に対して、未那月が思いついたプランはあまりに常識はずれなものだった。


「こんな方法を思いつく貴様はやはりイカれている。同じ脳味噌の作りをしているとはとても思えない」


『何を言うんだい、竜胆ちゃん。まずはお得意のワープ能力で、君が地球の外に飛び出す。宇宙服とかそう言うのは魔法でどうにでも出来るだろうしね。そうしたら虚空に向けて最大火力の魔力砲をぶっ放して、推力代わりに大気圏へダイブ。そのまま加速した勢いを攻撃エネルギーとして蛹にぶつけてやる! 我ながらとても面白い、基い的確な作戦だと自負しているんだが』


 面白いというフレーズは聞こえなかったことにしておこう。要は「勢いをつけてぶん殴れば強いよね? だったらありったけ勢いをつけてやれば良いよね?」という作戦だ。


 一聞すれば、あまりに無茶な作戦だが「魔女」にならそれが実現出来る。


 加えて麗華のエゴシエーター能力を駆使して、最大の攻撃力を手段がコレなのだ。


『作戦名は「メテオ・ストライク」なんてどうかな? それとも「シューティングスター・インパクト」? いやいや、「竜胆ちゃんバースト」なんてのは?』


「あのなぁ! ARAsにいた頃から思っていたが、貴様は自由奔放が過ぎるんだ。しかも私が何か作戦を実行する時に限って、変な作戦名を考えやがって、嫌がらせかッ!」


 通信越しに帰ってきたのは、ケラケラとした笑い声。このバケモノ女の笑いのツボは相変わらず謎めいている。────そして不意に、麗華の首枷が外された。


 現実固定(メルマー)値の変動に伴い、放電するエゴシエーター捕縛用の首枷。それが解かれた麗華は、ARAsの拘束下から再び自由の身になったと言えよう。


「なっ……どうして………」


『どうしても何も、そんな首枷を付けていたら、万が一の事態に竜胆ちゃんの対応できないでしょ。それにね、私はなんだかんだで、相棒のことを信じているんだよ』


 宇宙にはなんの音も存在しない。麗華が魔法を用いることで自身の周りに固定した大気以外には、音の振動を伝えるためのものが存在しないのだから。


 静寂のなか、麗華が噛み締めたのは未那月と過ごしたARAsでの日々だ。


 超常的なエゴシエーターが現れては、誰にも知られることなく彼女と二人の最強コンビで、それを撃ち倒す。


 そんな日々の記憶が麗華の中を満たした。


『唐突になっちゃうけどさ、竜胆ちゃんの予想はかなり的中していたよ。君の言うとおり、私はロクでもないバケモノ女だ。秘密主義で、君や神室くんに嘘を吐くことだってある。────ただね、私は君たちのことを信じている。この言葉だけは嘘じゃない』


 通信機越しに聞こえる旧い相棒の声はいつにないほど真剣であった。


 麗華の口の端からも、苦笑が漏れる。


「それじゃあ、貴様が信用ならないロクでなしってことが何も訂正されていないが?」


『あれ、そうなるかな? 良い雰囲気に誤魔化されてくれると思うったんだけど。やっぱり竜胆ちゃんを騙すのは難しいな』


 当然だ。この女と肩を並べて戦った時間なら、自分が一番長いのだから。


 手にした端末に視線を戻せば、夕星の〈エクステンド〉がまた怪獣の一体を殴り倒していた。 


 蛹は尚も無尽蔵に怪獣を生み出し続けるが、そのペースを夕星の殲滅速度が上回りつつある。


『それじゃあ、そろそろ竜胆ちゃんの大気圏突入も行ってみようか!』


「なっ……⁉ ちょっと待て、作戦では夕星の〈エクステンド〉がポジションについてからじゃなかったのか⁉」


 いくら善戦してるとはいえ、今の〈エクステンド〉にシールドを展開し、蛹に秘められた爆発エネルギーを受け止める余裕があるようには思えない。


 だと言うのに未那月は作戦を進めようと言うのだ。


「蛹を中心とした砂塵化現象は今も尚続いているんだ。作戦を早める必要は十二分にある」


「だとしても、肝心要な盾役の準備が整ってなくては、」


「さっき言ったろ? 私は君たちを信じてるって。神室くんも必ず私の期待に応えてくれるはずさ。……と言うわけで、カウントスタートだッ!」


 始まったカウントダウンが「十、九」と少しずつ猶予を減らしていく。


「クソッ……いつもメチャクチャするなと頼んでるに、未那月美紀(みき)めッ!!」


 呼ばないと決めていた名前も呼んでしまった。だが、今はそれどころではない。


〈エクステンド〉のエゴシエーター、神室夕星。彼を信じ、麗華もまた魔法陣を展開する。


「■■……■■■……■■■」


 後方に展開されるのは、半径が三十メートルを超える超巨大魔法陣だ。


「■……■■■……■■■■■……■■■……■■■。■■……■■■……■■■■■……■■■……■■■ッッ!!」


 最長の詠唱を終え、彼女は大気圏への突入態勢をとる。そして、撃ち放つは最大火力の皓い閃光だった。

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