EP26 鉄風雷火
夕星(ゆうせい)のエゴシエーター能力の制約の一つ。同じ物質を複数回に亘って分解の対象にすることは叶わない。
この制約は一度大破した状態から再構築された〈エクステンド〉に未だ適用されたままとなっていた。それ故に、〈エクステンド〉は蛹を中心に広がる砂塵化の影響も受けないのだ。
「おい蛹野郎。お前は俺とヒバチのエゴシエーター能力が混ざった果てに生まれた怪獣なんだろ?」
だとしたら、蛹の怪獣が齎す影響の一部に夕星の制約が引き継がれていたとしてもおかしくはない。
「……まぁ、これも十悟とARAs(エリアズ)の人たちが立ててくれた予測なんだけど」
それが見事に的中したと言うわけだ。
推進器(〈スラスター〉)を炊いて、砂だけの荒野を滑走する〈エクステンド〉の背面には、六枚の大楯が増設されていた。
夕星のエゴシエーター能力によって創造されたそれらは、折り畳みの機能によって
コンパクトにまとめられ、同じく背面に増設されたサブアームが保持している。これならば手足の可動域も阻害されることもない。荷重が増加したことは懸念点であるが、それもスラスターの最大出力で誤魔化せる範疇だ。
今の〈エクステンド〉の姿は、今回の作戦のための「特務仕様」と言うのが相応しかった。
砂塵だけが広がる荒野に、行手を遮るものは何もない。このまま沈黙した蛹との最短距離を一気に駆け抜けようとする夕星であったが、不意に機体のセンサーが急激な現実固定(メルマー)値の変動を捉えた。
「ッ……」
蛹の表面から砂塵が噴き出すと共に、それらが〈エクステンド〉と同スケールのシルエットを構成してゆく。
これが無から有を生み出す陽真里(ひまり)のエゴシエーター能力。これまでも世界を歪め、怪獣を創り出し続けた彼女の現実改変能力であった。
「ココハ……トオサナイ」
彼女に産み落とされたのは、人語を介し、武道を操るあの異質な怪獣であった。
外郭を纏わず、ゴム質の肌を纏う無機質なデザインに変更は見られない。口元に備わった醜悪な笑顔さえもそっくりそのままだった。
「チッ! 一度倒した野郎に負けるかよッ!」
だが、創造される怪獣は一体だけに留まらない。
「サナギヲマモル」
「カノジョノネガイ、ジャマサセナイ」
二体、三体と怒涛の勢いで怪獣が産み落とされていくのだ。
「げぇッ、冗談だろッ⁉」
夕星も咄嗟に足を止めた。頭を過ぎったのは未那月の「何が起こるか判らない」という警告だ。
数を増す怪獣たちは、蛹へと続く進路は阻むように〈エクステンド〉の四方を取り囲んでいく。
言わずもがな、多対一の状況でアドバンテージを得るのは数の多い方である。手にした武器が同じであれば、勝つのは数の多い方だと、かの有名なランチェスターの法則でも証明がなされていた。
「────けど、それがどうしたってんだよッ!」
夕星はありったけの声で吼えてみせた。漫画か何かで一度目にした程度の法則を、いちいち覚えていたって仕方がない。それに多人数を相手にした乱闘なら中学時代に何度も経験してきたのだ。
迫ってきた怪獣の正拳突きをバックステップで避わし、〈エクステンド〉が反撃のアッパーカットを捩じ込む。
「こんな雑魚共で俺と〈エクステンド〉が止められるわけがねぇだろッ!」
ARAs(エリアズ)の整備班によって万全な状態へと仕上げられたマシンポテンシャルは、夕星の理想とする動きを体現するのに充分だ。軋むフレームと、衝撃を噛み殺した吸振機(ダンパー)は、突き出した拳を介することで確かな手応えを伝えてくれる。
頭を潰された一体が砂塵と化して崩れゆこうとする最中、それを対象にエゴシエーター能力を行使。「武器が欲しい」と願うことで、〈エクステンド〉の右腕には、日本刀が握られた。
「次ッ!」
抜刀を追うように、銀線が迸る。横一文字に走った斬撃はさらに二体の怪獣を切り伏せてみせた。さらに崩れゆく二体をエゴシエーター能力で新たな刃へと創り変え、次の標的を歯車状の瞳に据える。
『夕星、後ろからも来てるぞッ!』
「応よッ!」
刃を逆手に構え直せば、その鋒が迫る怪獣の胸を付いた。背後から忍び寄ろうと無駄なのだ。
中学時代の喧嘩ではいつも決まって、十悟(じゅうご)が背中を預かってくれた。
そんな悪友の姿は、今ここにない。それでも〈エクステンド〉の頭上を浮遊する一台のドローンがあった。
これも夕星のエゴシエーター能力で創り出された産物だ。備えられたカメラは上空から、夕星の戦況をARAsの本部へと中継される。
『今度は左右からの挟み撃ち。その次は上からッ!!』
そして中継された情報を元に、戦況の管制を行うのがARAs基地に留まった十悟なのだ。
「左右、その次は上だな!」
的確な指示と戦況分析は、確かなアドバンテージとして機能する。
夕星は砂と化していく怪獣たちの残骸を、〈エクステンド〉の新たなスラスターへと創り変え、飛翔。挟撃から逃れると同時に、頭上から飛び掛かろうとしていた一体に鋼脚からなる膝蹴りをお見舞いしてやった。
現実を歪め、止めどなく産み落とされる怪獣たちに対し、一度火のついたエンジンもまた止まることを知らない。
夕星が駆る鋼の巨人は、排熱口から吐き出した白煙を纏いながら、有象無象の怪獣たちを打倒してみせる
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