EP33 もう一度、境界を踏み越えて
大怪獣〈コンストラクト〉の殲滅から三ヶ月後。────天川(あまのがわ)市は平穏な「日常」を取り戻しつつあった。
核心(コア)を奪還され砂塵と化した〈コンストラクト〉の残骸が、そのまま荒野と化した都市を補修したのだ。
怪獣の血肉を造形するのに用いられた建築物は全て元通り。しかも、それを一時間足らずでやってのけたのだから、やはりエゴシエーターが齎す影響は侮れない。
加えてエゴシエーターの引き起こす現実改変現象には、現実固定(フェルマー)値を変動させることによって大衆の認識を歪める作用もある。そのせいで、これだけの事件の後も、次第に人々の認知が変容し、遂には「まぁ、いつものことだよね」と今回の騒動を受け入れてしまうのだった。
また、「魔女」のエゴシエーター竜胆麗華(りんどうれいか)は事後に再び消息を断った。彼女も悪運だけは強い方だ、そう簡単には死んではいないだろう。ただ、次にARAs(エリアズ)と彼女が対峙することになれば、どうなるかは誰に予測できない。
他にも幾つか懸念点は残されているが、何はともあれだ。多くの一般市民は変わり映えのしない「日常」を今日も送ることになる。
そして、今回の騒動の中心人物になった神室夕星(かむろゆうせい)たちもその例外ではない。
ただ、彼らの「日常」には変化もあった。それはノンフィクションのように些細なものから、フィクションのように派手なものまで────
◇◇◇
「あっークソッ! 今日は1/100〈エクステンドMARK2(マークツー)〉の発売日だってのに!」
炎天下のもと「天川市ピカピカ運動」とある緑色のタスキを掛けた夕星は、街中のゴミ拾いに汗を流していた。
ただ、その表情は明らかに不満そうである。唇の先をとんがらせ、露骨にしかっめ面をしてみせた。
「コラ! 真面目にやりなさい!」
そんな背後から、容赦なく鉄拳制裁を振り下ろす少女が一人。「うぐッ!」と呻き声を漏らした夕星が振り返れば、そこには同じタスキを掛けた幼馴染、藤森陽真里(ふじもりひまり)の姿があった。
「痛ッッ……だから、いきなり後ろから叩くなって言ってるよな! ヒバチ!」
「そっちこそ、ヒバチ、ヒバチって良い加減そのあだ名で呼ぶの辞めてって言ってるわよね! それにこのボランティア活動は私たちなりの償いでしょ!」
夕星の「日常」に生じた一つ目の変化。それが週に一度、彼女と地域のボランティア活動に参加することであった。
陽真里はこれまで無自覚ながらも数多の怪獣を生み出してきたこと、さらに自分自身が怪獣へと変貌し甚大な被害を齎したことに強い責任を感じていた。それが不本意なエゴシエーター能力故の不可抗力だと説明されても、責任感の強い彼女が「はい、そうですか」と納得できる訳もなく。
自分の出来ることから周囲に償っていくことを選んだのだった。
陽真里のエゴシエーター能力が暴走した一因には夕星も深く関わっている。だから責任を感じているのは自分も同じだし、出来る形で償いをするのにも賛成であった。
ただ、本格的に真夏シーズンへと突入した今日の最高気温は三八度。そんな猛暑日の早朝から黙々と地域の清掃運動に精を出すというのは、中々に堪えるものがあった。
「だいたい、今日がプラモデルの発売日って言ってたけど。今更〈エクステンド〉が欲しいわけ? アンタ、あれのパイロットなのに」
「分かってねぇな、ソレとコレとは話が別なんだよ。あと今日発売なのはMARK2な。機体の装備も色も全然違うだろ!」
〈エクステンド〉が好きなミーハー高校生神室夕星の内心と、ARAsの工作員として〈エクステンド〉を駆る神室夕星の内心は全く違うのだ。
人気ナンバーワンのアイドルだって、他のアイドルのことを可愛いと思うし、ファンにもなるだろう? それと同じで〈エクステンド〉をカッコいいと思う気持ちは不動なのだ。
だが、夕星の力説も虚しく、彼女は「はい、はい」と受け流す。きっとこれからも自分が〈エクステンド〉へ向ける情熱が、彼女に理解して貰える日は来ないのだろう。
このまま〈エクステンド〉で繋がりで話を広がるのなら、夕星の生じた「日常」の二つ目の変化にも触れなくてはならない。
「一ヶ月に一度謎の怪獣が出現し、それを〈エクステンド〉が倒していく」というのが以前までの夕星が送ってきた日常だった。
だが、そんな日々はもう訪れない。何故なら、陽真里はエゴシエーター能力を喪失したのだから。彼女の丸っこい瞳は、もう歯車状に変わり旋回することもない。
エゴシエーター能力が失われるというのも過去に例を見ないイレギュラーケースだ。ただ、このケースに関し未那月美紀(みなつきみき)は次のような仮説を立てた。
「世界を壊したい」という願いを上書きした、彼女の新しい願い。それが現行のエゴシエーター能力を保有し続ける限り、敵わないものだからこそあの一件を境に力を喪失した。
〈コンストラクト〉の残骸が一度砂塵に変えた街を再構築したのも、彼女の新しい願いを叶えるのに必要な過程だったからだ。
「そんなことが本当に起きるのか?」と問われた未那月の態度も曖昧なもので、「藤森委員長は一度フェイズEX(エクストラ)のエゴシエーターに到達したんだ。正直彼女の身に何が起きても不思議じゃないよ」と便利な文言で誤魔化されてしまったような気もする。
それに彼女の新しく何を願ったのか? 夕星にはそれが全く分からないのだ。
前にそれとなく聞いてみたのだが、顔を真っ赤にして「言えるわけないでしょ! 恥ずかしい!」と怒鳴られてしまった。それでも執拗に聞き出そうとした結果待っていたのは、案の定渾身のビンタで。そのあとも機嫌を直してもらうのにも三日掛かった。
こっちは幼い日の彼女が抱いた「かむろゆーせーくんとずっといっしょにいられますように」という願いを叶えるために奮闘したというのに、酷い始末だ。
「はぁ……やっぱ俺には一生乙女心がわかんねぇのかな」
「えっ、何? ……急に項垂れて、どうしたの?」
「別に。勝手な独り言だから、いちいちリアクションしなくてもいいつーの」
◇◇◇
時計の針が三時を過ぎようとするあたりでようやくゴミ袋がいっぱいになった。
自分たちの通ってきた後には、飲み捨てられたペットボトルも、タバコの吸い殻もない綺麗な道が続いている。
「なるほどな」
途中までは不貞腐れていたが、「まぁ悪くないんじゃないか」と夕星も満更ではない様子だ。
「今日はこのくらいでお終いかしらね……お疲れ様、夕星」
「それじゃあ、俺がゴミ袋をまとめて持っていくから、ヒバチはこのタスキを市役所のおっちゃん達に返しといてくれよな」
「はい、はい。それよりこの後どうするの? 模型店に行って、えっとミルクツーだっけ? そのプラモデルを探すつもり?」
ミルクツーではなくMARK2だ。牛乳が二つあってどうする。
それにこの時間帯では新発売のプラモデルなんて、とっくに売り切れてしまっているだろう。夕星は少し迷った末に、残された今日一日の過ごし方を決めた。
「んー……適当にゲーセンでも行くかな。十悟(じゅうご)との決着も付いてないし」
「……あれ? ……その話数ヶ月前にも聞いたけど、まだ決着ついてないの?」
「今、五〇勝五〇敗でちょうど引き分け。だから早いとこ決着付けたいんだよ」
つい忘れがちになってしまうが鳥居(とりい)十悟は隣街の進学校として名高い明王(みょうおう)高校に通う一生徒だ。そんなエリート校に通う彼がゲームセンターに入り浸っているという現状に、陽真里も少しばかり呆れてしまう。
「鳥居くんって中学の頃からちょっと変なとこと言うか……夕星みたいにおバカなところがあるわよね」
「夕星みたいにってのは余計だぞ」
そこで彼女も一つ閃いたらしい。
「そうだ! だったら私もついて行っていい。いつもスマホでゲームばっかりしてるから、たまには本格アーケードで遊びたいの」
「げぇっ……」
思わぬ提案をされたので、夕星から思わず素のリアクションが飛び出す。
陽真里と二人でいれば、あの悪友にどんな揶揄われ方をするかも想像に難くない。
「結婚式はいつの予定だ?」とか「友人代表スピーチは俺がしてやる」とか、そういう面倒な絡み方を、夕星にだけにして来るのだ。
「『げぇっ……』とは何よ? 『げぇっ……』とは? 私がついて行ったら何か問題でもあるわけ?」
「べ、別に問題があるってわけじゃねーけどさ! なんつーか、」
何か良い言い訳がないかを探していると、不意にポケットに忍ばせた今日の何が振動した。
ARAsの小型通信機&GPS機能付きネクタイピンだ。
『もしもーし、聞こえているかな神室くん。またもや正義の味方の出番だよ!』
向こうから聞こえてくる声は当然、未那月のものだった。
「……未那月先生……なんです、また藪から棒に?」
『新たなエゴシエーターが見つかったんだ。ただ、ちょっーと面倒なことになってね。今、ウチの秘密基地が攻め込まれてる真っ只中なんだ。私の剣術も通じないし、もう大変だよ』
そして相変わらず、平然とした口調でとんでもない情報を告げてくる。
「ちょっ……⁉ 先生でも歯が立たない相手って、かなり不味いことになってるんじゃ!」
『詳細はおいおい説明するよ。それより今は、君の座標を教えてくれたまえ。転送装
置ですぐにワープさせるからさ』
夕星の日常に生じた最後の変化。───それはARAsの工作員として、数多の現実改変現象に抗うことだった。
いきなり呼び出されることにも、少しずつと慣れてしまった自分がいる。
「えっーと、そういうわけだ、ヒバチ……ちょっと今から先生たちを助けなきゃいけないらしい」
夕星は緩ませていたネクタイにエリアズのピンを止め、キツく締め直す。そして、煩わしい擬装用のコンタクトレンズを外したならば、エゴシエーターの象徴とも言える歯車状の瞳が露となった。
陽真理は少し不服そうにむくれるも、夕星の背を軽く押してくれた。
「分かったわ、行ってらっしゃい。……けど、帰ってくるのはいつ頃になるの?」
「心配しなくても、明日までにはケリつけるさ」
彼女たちと過ごす「日常」が好きだから────そして、こんな他愛もない日々が続いて欲しいと願うからこそ、夕星は何度だって「非日常」への境界線を踏み越えるのだった。
超ド級夢想兵器・エクステンド! ユキトシ時雨 @yukitoshi14047800
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