EP31 彼女の本当の願い事
この世界が夕星(ゆうせい)にとって、辛いだけならば。
それならば、いっそ全て壊れてしまえばいい。
そんな少女の願いを、夕星は知ることになる────
◇◇◇
夕星の意識は、〈コンストラクト〉の中を揺蕩っていた。
まるで深い水底に沈んでいくように。〈エクステンド〉と共に取り込まれた精神
が、彼女の中へ溶けて混ざり合ってゆく。
今の夕星を満たしているのは、心地の良い酩酊感であった。意識は次第にぼんやりとなり、自身と他者を隔てる境界が奪われてゆく。
ただ自己の境界が薄れるにつれ、脳内に流し込まれる情報があった。
藤森陽真里(ふじもりひまり)の記憶だ。彼女が何を願い、どんなイメージを描いてきたのか。そんな断片の一つ一つが、溶けてゆく夕星の意識にも共有される。
「ヒバチ……お前は俺のために願ってくれたのか……」
中学時代。些細な気の迷いから、彼女はほんの一瞬世界の崩壊を望み、その破壊の使者たちの姿をイメージしてしまった。
それが彼女に内包されたエゴシエーターの因子によって叶えられてしまった結果、怪獣が生まれ、果てに彼女自身が怪獣へと成り果ててしまった。
「それじゃあ、つまり……」
彼女を拒絶することで、それまでの日常を歪めてしまったのは、他の誰でもない自分自身なのだ。
共有される記憶の中でそのことを理解した夕星は、すぐにでも彼女に謝りたかった。言い訳をするつもりなんてない。今はただ、誰より優しい幼馴染を怪物に創り替えてしまった自分を許せないのだ。
だが意思に反し、夕星の身体が動くことはない。それどころか今の自分に手足があるかも定かではなかった。
あるのは徐々に〈コンストラクト〉へと統合されていく意識だけ。
初めに抱いていた彼女を元に戻すという鋼の決意も、彼女の願いの真相を知ることで押し寄せてきた自責の念さえも────そして、胸の中にずっと秘めていた彼女への淡い恋心すら。その全てが彼女の中に溶けてゆく。
「俺は……神室夕星なのか? それとも私は……藤森陽真里なの?」
彼女の記憶がまた一つ、共有される。恐らくは小学生の頃のかなり古い記憶だ。同時にそんな記憶が共有されるということは、彼女との融合率がそれだけ高まっている危険信号でもあった。
「ここは私の部屋……たしか、この街に引っ越してきたばっかりの頃で」
◇◇◇
記憶の中の陽真里は、自室で勉強机と向き合っていた。ただ、机の上に広げたのは宿題のノートじゃない。
「スターレタープロジェクト」のメッセージカードだ。
そして、カードは二枚あった。一枚目は「たくさんおともだちがほしいです。一ねん三くみ・ふじ森ひまり」とあるもの。二枚目はまだ何も書かれていない白紙のものだ。
幼い頃の彼女は、一枚目のカードを思い出の品として手元に留めておきたいと思った。けれど、それでは課題の提出がかなわず、この頃から持っていた自身の生真面目なポリシーがそんなことを許すわけもない。
だから陽真里は担任から二枚目のカードを貰うことにした。これに願い事を書いて提出すれば、問題もすべてクリアされるのだから。
「うーん……だけど、他の願い事っていってもなぁ」
鉛筆を握る陽真里の手は、ずっと止まったままの状態にある。
「プリンセスになってみたい」だとか、「綺麗な宝石が欲しい」だとか、そういう子供らしい願望は、イマイチピンと来なかった。
「将来ケーキ屋さんになりたい」だとか「テストで一〇〇点を取りたい」だとか、そういう願いも自分の努力で叶えるべきだと考えている。
だったらやはり、一枚目と同じ願い事を綴るべきなのか。
「たくさんおともだち」まで書き終えて、彼女はペンを止めた。
────だったら、俺が友達になってやるよ! それなら、文句ねーよな!
思い出したのは、少し照れくさそうにそんな言葉をかけてくれた少年のことだ。
「ゆーせーくん」
その名前を口にするのは心地良いと同時に、少し頬が熱くなった。
もしかしたら、この感情はできたばかりの友達に向けるものではないのかもしれない。ただ、今はそれで構わなかった。
彼女は書きかけだったカードに一度消しゴムをかけて、新しい願いごとを綴る。
『かむろゆーせーくんと、ずっといっしょにいられますように』
それは我ながら、随分と恥ずかしくなってしまうような願い事であった。咄嗟にベットへと飛び移り、シーツに顔を埋めてしまう。
もっと仲良くなりたいだとか、ずっと友達でいたいだとか、相応しいフレーズだって他にあるかものかもしれない。
ただ、足をバタバタとさせながらも、カードに記した一文を書き換える気にはなれなかった。
────それこそが幼い日の藤森陽真里が抱いた本当の願い事なのだから。
◇◇◇
夕星の願いの原点が巨大ロボットに乗ることであるのなら。陽真里の願いの原点は、大切な幼馴染と一緒にいたいというシンプルすぎるものだった。
単純明快で直截簡明。ほんの一瞬、世界の終わりを望んでしまった少女の核たる想いは、ただ大切な人の側にいたいというだけのものだった。
そして、その願いを叶えてやれるのは他の誰でもない────神室(かむろ)夕星ただ一人なのだ。
「随分と分かりやすいじゃねぇか……ッ!」
夕星の思考が、明瞭さを取り戻す。溶けて、消えようとしていた意識を必死に手繰り寄せながら歯を食い縛ってみせた。
これ以上〈コンストラクト〉に奪わせはしない。ここで神室夕星という存在が陽真里の中に消えてしまったなら、彼女の願いは未来永劫叶わないのだから。
夕星は腹の底から吠えてみせる。
「俺は神室夕星だッ! 待ってやがれ、全部に決着をつけてやんよッ!」
もしも。〈コンストラクト〉の中に取り込まれ、彼女の記憶の底から願いの原点を知ることが、誰かによって用意されたフラグだというのなら────夕星はそれでも構わなかった。
それで、「日常」を取り戻せるのなら安いものだ。
「ッッ……!」
両手に有るのは、操縦桿を握りしめる感覚。それを力任せに押し込んでみせる。
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