EP10 エゴシエータ―・オリジン(後編)
未那月が理解できない事やブッ飛んだことを口にするのは別に珍しいことじゃない。今だって、既知であるはずのフルネームをわざわざ名乗り直した理由は彼女にしか分からないのだから。
ただ、今回だけは「いつもの奇行」で済ませられる範疇を超えていた。大掛かりなサプライズにしたって、手が混みすぎているのだ。
「アンタ……一体、何者なんです⁉」
当然夕星の警戒心も跳ね上がる。ベットから降りると、自然に身を強張らせてしまった。ほとんど条件反射で拳を構えてしまう。
「おいおい、私は何者かは名乗ったばかりだろ? それに困惑する気持ちも分からなくはないがまずは拳を下ろしてくれたまえ。お互い物騒なのはナシにしようじゃないか」
パッと両手を広げ、彼女は無抵抗の意を示す。
「ほーら、夕星君も拳を下げて」
「……わかったッス」
「よろしい。それじゃあ幾つかお話をしようか。そうすれば君が抱いている幾つかの疑問にも答えが出る筈だからさ」
彼女が指を弾けば壁面の一枚がスライドし、中からホワイトボードが現れる。そこに彼女はアルファベットを四文字。筆記体のフォントでお洒落に「ARAs」と記した。
「ちなみにエリアズってのは略称で、正式名称は」
秘密結社の正式名称は「Anti・Reality・Alterations(アンチ・リアリティー・オルタレーションズ)」。直訳すると「対現実改変機構」の意を示すということまで、米印付きで補足を入れてくれた。
だが、それで概要が伝わるのなら苦労はしない「アンチ……リアリティー……あるたれーしょんず?」と夕星は眉間に皴を寄せてしまう。
「現実はね、私たちが考えている以上に不安定で脆いんだ。何かきっかけがあれば世界の常識が容易く書き換えられてしまうことだってある。君にだって、一つくらいは心当たりがあると思うんだけど」
「キュッキュ」とペン音を鳴らしながら描かれたそれは、デフォルメされた怪獣と〈エクステンド〉の姿だ。
「例えば、三年前────私たちの世界には、怪獣という謎の存在と〈エクステンド〉という正体不明な巨大ロボットが現れた。これは本来、異常事態である筈なんだ」
けれど、実際はどうだろうか? 確かに初めのうちは異例の事態に世界中が騒めいた。だが、いつの間にかそれが当たり前と化し、誰もがそんな奇妙な日々を日常として受け入れてるようになっていた。
まるで、何かによってこの世界の常識が歪められたように。
「それどころか〈エクステンド〉はプラモデルになったり、ゲームがリリースされたりと大衆にはヒーロ的な存在として受け入れられている。誰が作ったかも、何のために怪獣と戦うのかも分からない奇々怪々なロボットがだよ」
夕星もそう言われ、ハッとした。彼女の言う通り、自分はなぜ当然のように〈エクステンド〉という存在を受け入れていたのか? その理由を見つけることが出来なかったのだ。
「〈エクステンド〉は誰かが作ったロボットでもなければ、怪獣だって遠路遥々やってくるわけじゃない。両者は何らかの現実改変が起きた結果、この世界に産まれた存在なんだ
────そして、そんな存在たちを回収し、時には人々を守るために運用してきたのが私たち秘密結社ARAsってわけ♪」
夕星は必死にない頭で彼女の説明を理解しようと努める。だが、彼女の解説ペースは一向に落ちることがない。
一度ホワイトボードの内容を全部消して、「第二項 それじゃあ、どうして現実改変が起こるのか?」と新たな問題提起を始めてしまった。
「ちょっ、ちょっと!」
「テンポよく解説するからついてきてね。現実改変が起こる理由はズバリ、エゴシーター達のせいさ」
エゴシーター。その単語を彼女が口にするのも、これで何度目になるだろうか。
「神室くんはどっちかと言えば理系科目の方が得意だったよね」
彼女がつらつらとホワイトボードに書き出したのは「1+1=2」という誰にでもわかるような式だ。
「じゃあさ、例えば1って数字を2に書き変えてみよう。そうすれば式の答えも3に変わるよね。ここまでは理解できるかな?」
いくら普段の成績が危ういといえど、小学生の算数程度なら理解している。
「えっと……もしかして俺のことバカにしてませんか? というか、これって現実改変が起こる理由の説明になってないような」
「いいや、これが大いに関係あるんだよ。この世界には現実固定(メルマー)値って皆の認識を司る概念があってね、この数値の合計が変動しない限りは、現実はいつだって平穏に保たれているし、日常だっていつまでも平穏に流れ続けている」
だが、彼女が先ほど彼女がやってみせたように式の数値が変動したら、どうなるだろうか?
「エゴシーターってのは一言で言うと、このメルマー値に干渉できる能力者のことを言うんだ。彼ら、彼女らは世界の不変数を書き換えて、自分の願いのままに世界を歪める危険な存在なのだよ」
だとしたら、十悟の胸を貫いた魔女にも説明がつく。杖を介して魔法らしき力を行使できたのも彼女がエゴシエーターであったからだ。
きっと彼女はこの世界のメルマー値を変動させ、自らの存在を「魔法使い」へと創り変えたのだろう。
「さっ、説明を続けようか。エゴシエーターには目覚める人間は皆例外なく、とある因子を持っていてね。我々は、因子を持っているだけの状態をフェイズⅠ。無自覚ながらも因子を目覚めさせ、メルマー値に干渉できるようになった状態をフェイズⅡ。そして自らの異能を完全に自覚し、思うがままに現実を歪められるようになった状態をフェイズⅢと定義している」
「ちなみにフェイズⅢに覚醒したら瞳孔に変化が現れるよ。目玉が歯車みたくなるんだ」とホワイトボードにイラスト付きで付け加えられた。だが、そこで夕星は一つの違和感を覚える。
「待ってください……ちょっとおかしいですよね」
「ん? 私の説明は分かりにくかったかな」
「いや、そうじゃなくて!」
未那月は〈エクステンド〉のコックピットで、まるで夕星があたかもエゴシエーターに覚醒した人間であるかのように語りかけてきた。
さらに十悟からは、自身の瞳孔が歯車状に変形しているとの指摘を受けたのだ。
しかし、それでは話の前提がおかしくなってしまう。
「俺はエゴシエーターじゃない! 増して現実を歪める力なんて」
「おっと、本当にそうかな? 忘れたとは言わせないよ。君は一体、何の力を用いて、怪獣を倒してみせたのかを」
願いを叶える力だ。願いを叶える力を用いて、武器を創造し、敵を打倒してみせた。
けれど、あれは〈エクステンド〉に備えられた力であった筈で……
「あの時は君の理解を促すがために、願いを叶える力はあたかも〈エクステンド〉の機能であるように騙ったが。すまない、あれは私の嘘だ」
「けど……俺はエゴシエーターの因子なんて、そんなものを手に入れた覚えも!」
「ところで神室くん。君はスターレタープロジェクトを覚えているかな?」
困惑する夕星に対し、未那月が言葉を被せた。思い出されるのは夕暮れ色をした情景と、メッセージカードに書いた願いの記憶だ。
『カッコよくて大きなロボットにのってみたい』
その願いを忘れるわけがない。
「よく聴きたまえ、エゴシエーター因子を獲得する条件はたった一つ。あのイベントの参加者であったことだ」
未那月が鮮やかに腰から下げた大太刀を引き抜いた。鏡面のような白刃に映り込むのは、歯車状に変形し、廻旋する夕星の瞳孔である。
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