EP03 イレギュラーケース
〈エクステンド〉が街に現れるのは一ヶ月に一度だけ。だから、空を裂くような轟音が響き渡るのも、一度だけで。
────本来は〝二度目〟の轟音など、鳴り響くわけがなかったのだ。
◇◇◇
ゲームセンターから飛び出した夕星(ゆうせい)は、その圧倒的スケールを目撃する。
何本かの道路を跨いだ先に〈エクステンド〉は着地した。全身の緩衝器(サスペンション)が伸縮。背中に集約した排熱口(インテーク)からは熱を帯びた白煙を吐き戻す。きっと機体内部へと籠ってしまった熱を、逃がしているのだろう。
「すっげぇ!」
これほど間近で、〈エクステンド〉を見るのは初めてだ。二五メートルを超えたマシーンは影を落とし、ローアングルから見上げることになった夕星は、高揚を抑えきれなかった。
機体のパーツ一つ一つから細部の塗装剥げに至るまで、〈エクステンド〉の全てを脳裏に焼き付けようと、目を凝らす。
「このバカ! 何してるんだ!」
少し遅れて、十悟(じゅうご)もゲームセンターから飛び出してきた。
「何って、〈エクステンド〉がすぐ傍で見れるんだぞ! このチャンスを逃すわけにはいかないだろ!」
「はぁ……お前は筋金入りの〈エクステンド〉オタクってことを忘れてたよ。けど、ちゃんと考えろ、〈エクステンド〉が来たってことは、次は何が来るかを」
そう、〈エクステンド〉が飛来したからには、対峙する存在が現れるのが常だ。
向かいの空からも轟音が迫り、〈エクステンド〉の正面に着地。相も変わらずビル群を薙ぎ倒しながらに、ソイツは粉塵を舞い上げた。
当然、二人の視線もその姿へと。粉塵が晴れて、露へとなっていく怪獣の姿へと集約される。
けれど、そこには違和感があった。
「ちょっと待て……あの怪獣、何かおかしくないか?」
十悟の言葉通り、現れた怪獣の様相はこれまで〈エクステンド〉に倒されてきた他の個体とは何かが違う。
昼間現れたザリガニ怪獣のように、今日まで現れてきた怪獣たちは何らかの生物をそのまま巨大化させたかのような存在であった。
対して、今現れた怪獣はどうであろうか? シルエットこそアスリート然とした男性らしいものだ。しかし、全身はゴムのような質感の皮膚に覆われているだけで、甲殻や鱗らしい被覆が何もない。
のっぺりとした頭部には幾何学模様のラインが走るだけで、それは無機質な不気味さを感じさせた。
「たしかにちょっと変かもしれねぇけど、〈エクステンド〉はあんな奴に負けねぇよ。いつもみたいに、こう、バーンって感じで勝つ!」
「そうだといいんだけどな……とにかく、あの二体に近いのは危なすぎる。どこかの安全なとこに身を隠すぞ」
十悟は急かすように、夕星のジャケット袖を引く。
だが、その判断は僅かに遅かった。得体の知れない怪獣が〈エクステンド〉へと掴み掛かったのだから。互いの巨体が全力でぶつかり合えば、相応の衝撃が街を駆け巡る。
その余波は瓦礫や乗り捨てられた車両を軽々と跳ね上げ、夕星たちの小さな体さえも弄んだ。
「うおっ⁉」
二人は衝撃に絡めとられ、宙に舞い上げれててしまったのだ。夕星は咄嗟に額を庇うも、すぐに重力に引かれて、間近にはアスファルトが迫り来る。
次いで自身を襲うのは衝撃と鈍痛だ。
「痛っ…………おい十悟ッ! そっちは大丈夫か!」
「ギリギリ! 運がよかったみたいだ」
彼の白学ランには汚れ一つ付いていなかった。きっと、あの土壇場で華麗に受け身を取ったのだろう。自分は思い切り頭を打ちつけたというのに、この悪友は本当になんというか……
「下手に動くのはかえって危険だ」と、無言で顔を見合わせて、その認識を共有する。
周囲に落下の恐れがある看板や、千切れる恐れの電線がないことを確認した二人は、手頃な建築物の陰へと身を滑り込ませた。
「悪い夕星、俺は〈エクステンド〉のことが嫌いなりそうだよ」
「なら、掌を返す準備をしとくんだな。〈エクステンド〉があの怪獣をぶっ倒す瞬間に備えて」
嵐が過ぎ去るのをじっと待つように、二人はこのまま事態をやり過ごすつもりだった。
だが、それは〈エクステンド〉が怪獣に勝利すると言う前提の防衛策でもあった。現に夕星は、〈エクステンド〉の勝利に何の疑いも持っていない────これまでの日常がそうであったのだから。
「大丈夫。〈エクステンド〉は負けねぇよ」
不意に怪獣が構えを変える。上腕で腰から上をガードし、小刻みなステップを踏むために爪先を上げたのだ。
その立ち姿はまさしく、ボクシング。怪獣の振る舞いもボクサー然としたものに豹変する。
剥き出しの拳には、グローブが嵌められているじゃないかと錯覚する程に、その型は胴に入ったものでもあった。
「けど、どうして?」 夕星たちがそんな疑問を口にするよりも早く、怪獣はショートジャブの乱打を繰り出す。
「野郎ッ……けど残念だったな! 〈エクステンド〉の全身を覆う装甲は単純な打撃程度、効かねぇんだよ!」
装甲と拳が擦過して、両者の間には淡い火花が散った。
それでも〈エクステンド〉は夕星の言葉通り、堅牢な装甲を盾にカウンターを狙う。
「ラッシュが途切れた瞬間がチャンスだ!」
「いや……ちょっと待て、夕星!」
一発目の拳を打ち込んだ時点で、あの怪獣も〈エクステンド〉の頑強さや打撃技の効きの悪さに気づくチャンスがあった。
それでも拳を撃ち続けるのは、あの怪獣が本当にボクシングしか出来ないからなのだろうか?
「あの怪獣は他の怪獣とは何かが違う……俺にはアイツが何かを狙っているように思えてならないんだ」
そんな十悟の予感は見事に的中した。
怪獣がまた構えを変えたのだ。〈エクステンド〉がカウンターを放つために無防備にならざるを得ない、そのコンマ数秒を狙って───
ボクシングの構えがスピードと連撃をウリにしているのなら、その構えは先ほどの真逆。足裏でキツく地面を噛み締め、腰の捻りから繰り出された張り手は中国拳法の「発勁」であった。
「なっ……⁉」
バンッ! と衝撃が爆ぜる。
打撃を受け止めた腹部装甲は簡単に剥離した。それはまるでガラス細工を砕けるように。機体を支えるフレームが断裂、引きちぎれたコードや機体を巡る液状燃費が臓腑の如く飛散する。
脇腹を抉られた〈エクステンド〉が膝を着こうと、怪獣の勢いは止まらない。
もう一撃。容赦なく打ち出された発勁は〈エクステンド〉の頭部を引きちぎってみせた。
胴体から強引に撥ねられた頭部は山なりの弧を描き、やがて夕星たちのすぐ側へと飛来する。
「危ないッ!」
咄嗟に十悟に腕を引かれた。今、腕を引かれなければ、夕星は飛んできた〈エクステンド〉の頭部に潰されていただろう。
「…………う、嘘だよな」
落下したそれは最早、なにかわからない程に大破していた。装甲板が怪獣の掌型に凹み、カメラアイは数度明滅するも、そのまま彩度を失ってしまう。
今この瞬間────数多の怪獣を倒し続けてきた〈エクステンド〉が、初めて怪獣に敗北したのだ。
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