EP04 加速するイマジネーション
いつだったか、「誰かが怪獣をデザインしているのではないか?」という仮説が流行った事がある。
今から三年前────初めて現れた怪獣はトカゲをそのままスケールアップしたような個体ながらも、体格は一五メートル前後と、一回り小さな姿をしていた。
だが、次に現れた怪獣は二〇メートル前後に巨大化し、二二、二三と怪獣は現れる度にその体躯を刻んでいった。
そして、カブトムシ怪獣が現れた時期を皮切りに、今度は強固な甲殻を纏うようになり、〈エクステンド〉の装甲にも劣らない防御力を獲得したのだ。
怪獣を倒すと、次はもっと強い怪獣が現れる。だから、「そこに何らかの意思があるのではないか?」と考察がはかどるのも理解できる。
けれど、この説も所詮はネット上で盛り上がったものに過ぎず、信憑性もオカルト的な都市伝説や、誰かの陰謀論程度のものであった。
だが、誰かが本当に怪獣をデザインしているのなら。そのデザイナーはこう考えたのではなかろうか?
「重い甲殻を纏ったところで、結局〈エクステンド〉に砕かれてしまうのならば。いっそ、余分なウェイトを脱ぎ捨てて、より『闘う』ことに特化した怪獣を創るのはどうか」と。
そんな願いの果てに産まれた怪獣が、あの怪獣だったとしたら────
◇◇◇
夕星(ゆうせい)は目の前の現実に絶句してしまう。
揺らぐ視線の先にあるのは、ただの鋼屑と化した〈エクステンド〉の残骸だ。ひしゃげた装甲の隙間から滴るオイルはドス黒い血液のようで、それは壊れた機械というよりも、死に絶えた生物を思わせる。
その鋼屑に手を伸ばすも、〈エクステンド〉は指先が触れた途端に、きめ細やかな砂塵と化して崩れてゆく。
「ど……どうして、」
残されるのは、山形になった砂だけだ。そして、頭部と同調するように、向こうで残された首から下のボディもまた砂塵となって消えてしまう。
夕星の理解は追いつかなかった。
倒された怪獣の死骸が砂塵となって崩れていくのは、原理が解らなくとも納得できる。「きっと怪獣だけが持つ未知の体組織が、」と頭の中でそれらしい仮説を立てられるからだ。
だが、〈エクステンド〉は明らかな人工物だ。最先端のテクノロジーの集合体とも言える人型のマシーンが、どうして怪獣と同じように砂塵と化して消えてしまうのか?
そもそも夕星は、「〈エクステンド〉が怪獣に敗北した」という事実自体を受け入れられずにいた。
「おい、夕星! しっかりしろ!」
十悟(じゅうご)が激しく肩を揺さぶった。そこで、夕星もようやっと我に帰る。
「今はショックを受けてる場合じゃなさそうだぞ……見ろよ、アイツの方を」
怪獣は、次なる標的を目の前に聳えるビルへと移したらしい。腰を入れて踏み込むようにして放ったのは、空手の「突き」だ。
ボクシングや中国武術のみならず、空手まで会得しているとは。ビルの窓には亀裂が走り、拳との衝突部に生じたクレーターからへし折れてゆく。
「俺たちは想像しなくちゃいけないのかもな。〈エクステンド〉が負けた後のことを」
そうだ。
夕星は想像する。これまで勝ち続けてきた〈エクステンド〉が負けてしまった後の日常がどうなるかを。
あの怪獣は破壊の限りを尽くすのであろうか? 或いは人を捕らえ、食らうのであろうか?
どう思考を巡らせたって、辿り着くイメージは廃墟となった街と、犠牲となった人々の山であった。
今更ながらに陽真里(ひまり)の警告を思い出す。「〈エクステンド〉と怪獣の闘いを楽しむのは不謹慎である」と。
きっと自分は酷く幼稚で、彼女は至極真っ当だったのだろう。そんな時、不意に怪獣が動きを止めた。両腕をダラリと下げたまま沈黙する。
もしかしたら街を壊すのに飽きて、このまま帰ってくれるのでは、と淡い希望を抱くのも束の間であった。
怪獣の顔が横に裂けたのだ。そこから覗くのは鋭利な牙と、テラテラと粘液質な輝きを放つ舌。
「フッ……フッ……」
怪獣が口を開けたのだ。そして、発音を詰まらせながらも何か言葉を紡ごうとする。
「フッジ……フジッ……モリ」
口が縦へ、横へと形を変えて。
「フジモリッ……ヒッ……ヒマリ……」
フジモリヒマリ。────そのワードは夕星の中ですぐさま「藤森(ふじもり)陽真里」の名前へと変換される。
「アイツ今、陽真里ちゃんの名前を呼んだよな? けど、どうして……って、おい夕星⁉」
今度は思考を巡らせるよりも速く、身体が動いていた。
ほとんど条件反射のように。夕星は弾丸の如く、走り出す。
だが、虚しいかな。怪獣が再び歩き出せば振動で足元が揺れ、夕星は派手に転ばされた。
怪獣はそのまま向こうへと。夕星たちの通う天川(あまのがわ)高校へと進路をとる。
「ぐっ……!」
たしか陽真里は、委員総会で今頃も学校に残っていた」はずだ。
だとしたら、あの怪獣は何らかの器官を用いて陽真里の居場所を補足しているのではないだろうか?
「あの野郎……させるかよッ!」
直観は、ほとんど確信へと変わった。
「十悟、この辺りに駐輪場はなかったか! このまま走っても、とてもじゃねぇが間に合わねぇ!」
「いや、何言ってるんだよ⁉」
「だから、駐輪場はなかったかって聞いてるんだ! 緊急時なんだ、前科が付くのも構うもんか。とにかく俺は、自転車でもバイクでも盗めるもんを盗んでヒバチを助けに行くッ!」
「少しは頭を冷やしやがれ! 仮に都合よく自転車やバイクを盗めたって、それでどうやって追いつくんだよ!」
「それでもッ! あの怪獣はハッキリとヒバチの名前を呼んだ! それに何故かアイツにはヒバチの居場所もバレてるんだぞ!」
既に夕星の頭の中を埋めるのは、陽真里のことだけだ。
彼女を助けに行かなければ。────そんな想いだけが先走る。
「じゃあ、夕星。俺もハッキリ言わせて貰うが、お前は陽真里ちゃんの元に駆けつけたとして、それが何になるんだよッ! どうにもならないことくらい、少し考えれば解るだろうがッ!」
十悟がぶつけたてきたそれは、どうしようもないくらいの正論である。
相手は、鋼の巨人をも容易く壊してみせる怪獣。対する自分は中学の頃に多少荒れていた程度で、ミーハーなオタク趣味を持つだけの高校生だ。スケールも何もかもが違いすぎる。
「それとも、お前には何かあの怪獣を倒す作戦があるのか?」
「そ、それは……」
そんな作戦が思いつけるのであれば、既に行動に移している。
何も思いつけないからこそ、こうやって言葉に詰まっているのだ。
「もしも、あの怪獣を倒せるだけの力が自分にあったなら」と、そんな願いが頭の片隅をよぎった。
「あの怪獣の脅威から陽真里を守れるのなら、自分はどうなっていい」と、そんな願いを胸のうちで強く抱きしめる。
────けれど、「願いごと」は所詮「願いごと」に過ぎない。
「畜生……ッ!」
夕星は募る苛立ちを吐き捨てようとして、ふと自分の足元に少量の砂塵が付着していることに気づかされた。
〈エクステンド〉を形作っていた、あの砂塵だ。初めは転んだ拍子にくっついて来たのかと思った。だが、それも違うということに気付かされる。
無数の砂塵は夕星の足元を伝い、気づけばずっと背負ったままになっていた鞄へと集まって来たのだ。
「おい、夕星……それって……」
十悟も異変に気付いたようだ。そして次の瞬間に、鞄から何かが飛び出す。
「うおっ⁉」
鞄へと集まっていた砂塵も、宙へと飛び出したソレに続いた。
さらに向こうの路地からは〈エクステンド〉の首から下を形作っていたであろう砂塵の波が押し寄せて、ソレを中核に何かを形作っていく。
「お前は……!」
夕星にはソレの正体がすぐにわかった。砂塵の中核は、自分が寝る間も惜しんで作り上げたプラモデルであると。
やがて、寄り集まった砂塵は人型の内部骨格と、全身を覆う強固な装甲群を完成させる。
両腰には二丁の突撃機銃を備えながらも、全身が刃物のように研磨された姿は機械仕掛けの荒武者を思わせた。
翡翠色の相貌を備えた、そのマシーンの名は、
「────〈エクステンド〉!!」
夕星の声に応えるよう、鋼の巨人は今再び立ち上がる。
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