第5話 試験に受かる花束

「花だ。庭にバラ園があるから、そこから薔薇を切って花束を作ってくれ。それが採用試験だ。合格したら採用だから。では、がんばって」


 10分後、ザイラスの御当主書斎から、はさみ一つで追い出された僕たちは庭園をさまよっていた。

 ナギリアは薔薇にひるむことなく庭園に進んでいるが、足取りは見るからに重そうだ。


「花ですって」


「はい、花です」


「薔薇ですって」


「はい、薔薇です」


 僕はこみ上げてくる笑みやっとの事で収めながら、できるだけ冷静に呼びかけた。ヒトを安心させる声色を設定する。


「さあ、ナギリア。さっさと帰りましょう」


「本当に彼はわたしに花束を作れって言ったの?」


「はい、彼はそう言いました。馬鹿らしいですよね、帰りましょう」


 ナギリアがしぶとく言い返す。

「花束を作るのがテスト?」


「はい」


「それだけじゃないわ。試験っていうからにはどんな花束を持ってくるかも見ているわけよね」


「でしょうね」


「フラワーアレンジメントってことね」


「はい」


「わたしにフラワーアレンジの何がわかる?」


 僕は悲しげに頭を振ってみせた。

「残念ながらなにも。僕の知る限り、あなたのバラについての知識は、バラ科バラ属で被子植物♥ だってことくらいです。さぁ、帰りましょう」


「その通りよ。くそっ」

 僕の咳払いを彼女は無視した。汚い言葉は使ってほしくないのだが。


「わたしにフラワーアレンジのなにがわかる? そりゃ実家には、そこらじゅうに花が飾ってあったけど、あれはママの趣味じゃなくて専属のインテリアコーディネーターが手配していたってことぐらい気付いている」


 少なくとも、自分がフラワーなんとかに関しては猿並だという自覚はあるわけだ。このあたりは、僕が彼女を好きな理由でもある。


 アイザー家を三代遡っても、花を活ける芸当ができる人間は存在しないだろう。

 彼女の家系は父方も母方も、根っからの月育ちで商売人なのだ。一族の中で最も女性らしいナギリアの祖母でさえ、趣味にバラ摘みは選ばないはずだ。


「ナギリア……」


「助言以外は黙ってて」


 ナギリアは途方に暮れた様子で庭を見回すと、鮮やかに咲き誇る大輪の赤薔薇の前で脚を止めた。

 先に沈黙に耐えきれなくなったのは僕の方だった。


「これはルージュ・ロワイヤルですね。典型的なハイブリッドティーローズです」


「詳しいわね」


「ググりました」


 僕は正直に白状した。


「この花にしますか? なかなか優雅ではないですか。あのお屋敷にぴったりかも」


 つい口を出してしまう。

 これも性。

 僕はこの面接に失敗して、彼女が職を手に入れるという愚かな幻想から脱して、家族のものに返したいと願っているのに。

 アンドロイドの心理プログラムには、お人よし機能と呼ばれる設定があると言われている。つまり、自分の所有者はもちろん、子供やお年寄り、社会的弱者やちょっと困っている人を見つけると、つい手助けをしてしまいたくなるのだ。


「すごい薔薇ね。月で買ったら一輪五十U$はする」


 ナギリアは現実的な意見を口にした。


「でも、これじゃ駄目。真っ赤な薔薇なんて、仰々しすぎない? 少なくとも、こんな薔薇をこれ見よがしに飾る人間とは取引したくないもの」


「失礼。あなたには、あなたなりの考えがあるのを忘れていました」


 ナギリアは鼻をならしてまた歩き出した。本人もどこへ行けば良いのか分からないのだろう。


「いいこと、ゾラック。花束を作れと言われたけれど、彼はわたしにフラワーアレンジの能力を求めていないはずよ」


「理由を聞いてもよろしいですか?」


「フラワーアレンジメントの資格のある人間を募集していなかったから」


「力強い理由です」


「それにね。素人に花摘んでこいと言って、そう易々と素晴らしい花束ができあがると思う? ということは、この試験にはなにか裏があるよ。心理テストかも」


 そうか?


「彼はなかなか重症のようだし」


「気付いているなら、もう帰りましょう。いい大人が子供を雇って薔薇を摘ませるなんてどう考えても異常事態ですよ。それに――――」


 君が彼に惚れたら僕はどうれば? と続けるほど、僕は愚かではなかった。

 危なかったけれど。


「それに?」


 ナギリアが振り向いて、続きを促す。

 なんでこういう時だけ、僕の意見を聞きたがるのだろう。猛禽類のような瞳に見つめられて、僕は意を決して白状した。


「――――彼は美形です」


 彼女は瞬きをすると、声を上げて笑った。


「でも、美男子のゾンビよ。見たでしょ、書斎でのあの様子」


「つまり、君はあの男の憂鬱な瞬きとため息にクラリとしないと?」


「馬鹿らしい。わたしがどれだけのパーティーで美男美女に囲まれてきたと思っているの?」


「十六歳の女の子を面接に呼んだ変わり者です。たぶんなにかの条例に触れているかも」


「変わり者なら、わたしを雇ってくれる可能性もあるじゃない」


「とっても素敵に花束を作れればの話ですが」

 ナギリアを肩をすくめてまた歩き始めた。


「僕を無視しても解決策は見つかれませんよ」これが精一杯の悪態だなんて、我ながら情けない。



 彼女は5分ほど近くにあった可哀想なバラをツンツンと突いたり、目を瞑り思索に耽る素振りを見せたが、僕の目は誤魔化せなかった。


「そろそろ方針を決めるべきです」


「モチーフを探しているの」

 ナギリアがぼそりと言った。


「帰るのではなく? 馬鹿げたテストに挑戦すると?」


「そう、どうせやるなら徹底的によ。なんらかの意図を持って、またはなにも考えずに出題された問題であっても、正解はあるはず」


 ザイラスとは5分ほど同室にいただけだが、彼に理論的思考があるか疑わしい。と言っても通じないだろう。


 お嬢様はやる気だ。


 この状態のナギリアに対して、僕は大した影響力も持たないのだ。あーあ。自意識防衛機能――そんなものがあればの話だけど、AIは複雑なので――が働き、助言らしきものが口から飛び出す。


「これといった打開策が思い浮かばない以上、きれいな花束を作り上げれば合格なのでは?」


「そもそも、5分面接した男のために花束は作れない」


「きれいな薔薇を束ねれば、きれいなバラの花束になるはずです」


 まぁ、理論上は。

 ナギリアはため息をついた。


「違う。わたしが作らなきゃいけないのは『試験に受かる花束』よ」

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