第12話 良い朝は良い食事から

 朝食の間として通されたのは玄関ホールすぐ横の巨大なモーニングルームだった。


 吹き抜けになっており、アンティーク調の凝った彫りのある螺旋階段が二階の渡り廊下に続いていた。壁一面の窓からは素晴らしい薔薇の庭園が見渡せる。

 巨大な長いテーブルには、几帳面に3人分のテーブルセットが並べられていた。


 数体のアンドロイドメイドが机の準備をしている。

 今日も、メイドさんたちは紺のふんわりとしたワンピースに真っ白のエプロンをはためかせていた。


 それを一ミリのミスも許さないように、ダージンがメイドを見守っている。   

 太陽系を見渡しても、朝から今日はモーニングコートを着ている男はダージン氏一人だろう。


「おはようございます」


 メイドの一人がすっと頭を下げた。真っ白の髪は女らしいショートカットにセットされている。

 アンドロイドのフェイスデザイナーは意図的にアンドロイドの顔を男とも女とも見えない中性的なデザインしているが、ここまで女装されると遠目には女に見える。


 やっぱりちょっと、フェチ的だ。

 僕は人間用の服を着たいとは思わないが、眼の前の相手のプロ意識は天晴である。


 <おはようございます>


 ネット経由で挨拶を返す。同じアンドロイドに挨拶されるのは少々居心地が悪い。


 本来ナギリアは客人ではなく使用人なのだが、そもそも屋敷に住んでいる人間が少なすぎて全員が客人として設定されているのだろう。

 だとしたら、家付きのアンドロイドが僕に頭を下げるのは設定上正しい。ナギリアの秘書である僕もちょっとした特別扱いされているわけだ。

 だからと言って、僕が高慢にも無視するのは、僕に備わったI&Y社製の素晴らしい人工知能と自尊心が許さない。


 <僕はゾラック。気楽にいきましょう>


 <私はザイラス家付きアンドロイド三号。トロワ。よろしく>


 <よろしく>


 トロワは僅かに頷いて、了承の笑顔の見せた。


 ついでに部屋にいる3体全員に通話アプリのリクエストを送る。3体はすぐ返事を返してくれた。

 この部屋にいないアンドロイドともつながりたい旨をルームに流すと、この屋敷内には三体のみと返事がきた。

 なるほど、これでこの屋敷にいるメイドさんの全員と繋がれたわけだ。

 ルームに"薔薇屋敷の仲間たち"タグをつけて、とりあえず保存用の階層に突っ込んだ。あまり交流することはないだろう。

 

 最初にモーニングルームに現れたのは、クロタエだった。

 螺旋階段からとのっそりとクロタエが降りてきた。

 中二階はゲストルームにつながっているのだろう、クロタエは客人としてナギリアよりいい部屋を使っているようだ。


 少なくとも、彼女にも人としての分別的なものは存在するのだとわかりホッとした。

 絵の具で汚れた服は着替え、麻のこざっぱりとしたワンピースを着ている。長い髪はゆったりと後で束ねていた。

 編み込んだ真っ黒の髪が滝のように肩に流れる様は、僕の美的感覚においても非常に魅力的だ。


「おはようございます。クロタエ先生」


「うむ」


 クロタエは挨拶とも、返事ともつかないうめき声を上げると椅子に倒れこんだ。

 すかさずトロワがコーヒーを差し出す。

 クロタエは息も尽かさずの飲み干すと、ふうっと息を吐いた。


「トロワ。もう一杯。牛も殺せるほどの濃い奴だ」


「かしこまりました」

 トロワがにっこりと微笑むと、クロタエは僕に向って眉を上げた。


「ここの主人は英国かぶれの変態で、極度のリージェンシーマニアだが紅茶は飲まずにコーヒーを出す。そこだけは評価してやってもいい」


 僕は同意とも否定ともいえない、表情を貼り付けた。


「朝はいやなもんだな。ゾラック。外にいるときはそうでもないんだが、屋根のある場所にくると、いつだって気力がそがれる。昨日までどうやって耐えられたか覚えていないよ」


「苦手なようですね」


「まったくだ。アンドロイドにぶつくさ言うくらい知能レベルが落ちる」


 クロタエはマグをぐるぐると回している。


「君のお嬢様はどうした?」


「今着替えています」

 クロタエはまたコーヒーを飲み干すと、肩を竦めた。


「彼女の仕事は本当にペットシッターか? お前のようなアンドロイドのオーナーは、本来犬の世話をする必要はないはずだぞ」


「誰にでも仕事は存在します」


「うーん。何か怪しい匂いがするぞ」


「違法なことは一切していません」


 少なくとも、家族全員を死ぬほど心配させるのは、違法ではないはずだ。

 僕の一般常識基準に合わせると、一級モノの犯罪だが。

 もちろん。彼女が犯罪に手を染めていないのも本当だ。もし条例に少しでも抵触しようものなら、縛り上げて親元に帰す決意を固めたアンドロイドが四六時中見張っているのだから。


「ナギリア……名字はなんて言ったかな。ナギリア・アイザー?」


 僕は聞こえないフリをした。この時代に超古典的手法を好む絵描きに、自分の主人が金持ちの娘だと教えたくない。誘拐されるかもしれないのだ。


「ふーむ、お嬢様のお仕事について、お前は何を考えている?」


「僕は何かを意見する立場にありません」


 くそっ、返答が早すぎだ。これでは、文句なら腐る程あると言っているも同然じゃないか。

 クロタエがマグカップの影にして、くすりと笑う。


 うーん、こういった女は苦手だ。なんでも知っているぞという雰囲気を出すし、アンドロイドのおせっかい機能をこれっぽっちも求めていない。

 僕が礼儀正しく逃げる口実を探していると、クロタエがハッと身を寄せた。


「十時方向にゾンビ発見。向い撃て」


 なんだって? 

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