第3話 運命を変える一歩目
レイスさんに連れられて、僕は電車に乗で彼女の家に向かっていた。
どうやらレイスさんの家で住み込みで修業することが父さんとの間で決定したらしく、僕は大好きな自分の部屋に戻れなくなってしまった。
まあ、推しと同じ家に泊れるとか、それほど至高な事は無いと思うのだけど。でも多分僕は死ぬほどしごかれて死んじゃうから。自ら死地に向かうなんて、すごく複雑な気分だ。
「……それにしても、レイスさんの家ってどのあたりなんですか?」
「うーんとね……、東京の外れの山奥だね」
聞いた感じだと、レイスさん以外は誰も住んでいない秘境なんだとか。それを聞いて僕は、彼女の少しミステリアスなイメージと合致するなと思った。
「ところでイブキ、少しお願いがあるんだけど」
「はい、何ですか?」
レイスさんが改まって僕の顔を見て話してくる。推しにまじまじと見つめられ、僕は少し恥ずかしくなってしまう。
「……修行中私の配信に出てくれない?」
「……へ?」
全く予想外のお願いが飛んできた。
え? なんで僕がレイスさんの配信に? 配信に僕が映ったらノイズになってしまうのでは?
「いやぁ、さっきイブキを助けたシーンでイブキの視聴者ウケが良かったのと、あとは最近私の配信や動画がマンネリ化してきてるような気がしてね……。前の弟子も配信に参加して、私のチャンネルを盛り上げてくれたんだよね~」
いや、本当に僕の視聴者ウケが良かったのか? だって僕だよ? こんな貧弱なヒョロガリで、口下手で人見知りな僕だよ?
と、あまりにも僕が疑うような視線を向けてしまっていたので、レイスさんはさっきの配信のアーカイブとコメントを僕に見せてくれた。
『この茶髪の男の子、可愛いなw』
『心の底からレイスさんのファンっていうのが伝わってくる。同じファンとして歓迎するぞ』
『本物とリアルで会えるなんて、羨ましい限りだ!』
『この子のマシンガントーク面白いw』
「ね? 視聴者ウケ良いでしょ?」
それを見て僕はすぐには信じられなかった。
これ、別人だったりしない? 僕がこんなに面白いって言われるなんて……。
ネットの世界はもっと怖い物だと思ってた。こんな出しゃばった真似をしたら、僕を攻撃するファンも現れるんじゃないかと思っていた。
でもレイスさんの配信はかなり民度が良いようで、そんな人は一人も見受けられなかった。
「すごい……。僕、まだ信じられないです」
「それじゃあイブキ、配信に出てくれる?」
レイスさんがもう一度質問してくる。確かに、僕が皆に面白がってもらえたのは分かった。……でも。
「……ごめんなさい。やっぱり僕、配信には出られません」
「そっか……。無理じゃなかったら、理由とか教えてもらっても良いかな?」
レイスさんは僕が抱える事情を感じ取ってくれたのか、優し気な声で聞いてくれた。
彼女の瞳を見て、僕は思った。多分この人なら、僕の事も受け入れてくれる。
「……僕、高校二年の時にいじめられた事があって。アイツらが他の人をいじめてる現場を見て、止めようとしたんですけど、今度は僕がターゲットになっちゃって。本当に理不尽な話ですよね。僕は何もしていないのに、アイツらは僕をおもちゃのように扱っていたぶった」
いじめられていた時の事を話すと、嫌でも心の奥底に封じ込めていた嫌な記憶が浮かび上がってくる。辛かった感情が一気にフラッシュバックし吐き気を覚えたが、僕はレイスさんにちゃんと伝えなくてはならないと感じた。重い口を気合で開いて、続きを話す。
「あそこでは僕は人間じゃなかった。それで僕は学校に行かなくなって、高校も二年生の途中で中退。二年近くずっと部屋に引きこもってました。だから僕、人が怖いんです。両親や執事、レイスさんとは普通に話せてましたけど、他の人はまだ駄目で。それこそ、不特定多数の人の目に晒されるネットはもっと怖いんです。……また、あの時みたいな辛い思いはしたくない」
僕の心の悩みを誰かに伝えるのは久しぶりだったので、僕はついありのままを吐き出してしまった。流石のレイスさんも、沈黙してしまう。
……やりすぎちゃったか。レイスさんに引かれちゃったよね。やっぱりもっとオブラートに包むべきだったよね。ああ、本当に僕は……。
「成程ね……。イブキ、今までよく頑張ったね。辛かっただろうに、よくここまで生きててくれた。君が生きている事が、私は嬉しいよ」
僕が自暴自棄になっていると、突然レイスさんが僕の頭をなでて優しく語り掛けてくれた。
レイスさん、僕を撫でてくれてる……⁉
その衝撃の事実に、僕は固まってしまった。推しに撫でられるとか、感極まりすぎて言葉も出てこない。
「確かに君をいじめていた奴らはとんでもないクズだ。でも、世の中の人間全員がクズな訳じゃない。実際、君みたいな善性を持った人だっているんだから。君はいじめられていた子を助けて、さっきだってゴーレムを前にして最後まで戦おうとした。私は諦めずに戦おうとした君の姿に感動したんだ。そういう君の善性が、私が君を弟子にした理由の一つでもあるんだよ」
レイスさんの言葉で、僕はある事を理解した。
彼女は僕の中身を見てくれている。勇者の一族の末裔だからという理由じゃなくて、ちゃんと僕を見た上で弟子にしてくれた。そのことが、僕にはたまらなく嬉しかった。
「まあだからさ、私の視聴者達はそんな君を受け入れてくれると思うんだよ。アイツら、ふざけてるけど根は良いヤツだからさ。君もいつまでの殻に閉じこもってる訳にもいかないだろうし、私がその殻を飛び越える手助けをしてあげるよ。弟子の心のケアをするのも、師匠の役割だからね」
「レイスさん……、ありがとうございます。ここまで僕に真摯になってくれたのは、レイスさんが初めてです。本当に、僕を助けてくれたのがあなたで良かった……!」
「イブキ、配信に出ることを無理強いはしない。でも、出たくなったらいつでも言ってね。どっちだろうと、私は君をちゃんと強くするから」
やっぱり、レイスさんは良い人だ。彼女は僕を善人だと言ってくれたが、彼女の方こそ言い表しようもない善人だ。
レイスさんは僕の事を一番に考えてくれている。いじめられて孤独だった僕にとって彼女は、影に隠れた僕の心を明るく照らしだしてくれる太陽のような存在に思えた。
「……レイスさん、僕、配信に出ます。レイスさんとなら、乗り越えられる気がするんです。新しい自分になりたい。心身ともに、勇者を継ぐに値する人間になりたいです!」
「イブキ……、よく言ったね。やっぱり君は心が強いね」
レイスさんはそう言って、再び僕の頭を撫でてくれた。今度はそれが少しくすぐったかった。
まだ完全に修業や配信への恐怖が消えたわけではなかったが、レイスさんとなら何故か何とかなるような気がした。心配性な僕を安心させるほど、レイスさんからは不思議な頼もしさがあふれ出ていた。
「よしイブキ、そろそろ降りるから準備して」
「はい!」
レイスさんに言われて、僕は慌てて準備して電車を降りた。そこには東京とは思えない程自然に溢れた、心落ち着く景色が広がっていた。
さっきのレイスさんの言葉で、僕は心の殻が一枚破けたような感じがしていた。少しだけ光を取り戻した心を通して見た田舎の景色の美しさは、今までの渇きを潤すように心に染みわたっていった。
「それじゃ、行くよ!」
レイスさんに言われて、僕は山の方へと歩き出す。この一歩から、僕の自分を変えるための修行が始まったような気がした。
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