第8話 勇者の血

 全身に鈍い痛みを感じ、僕は目を覚ました。

 目を開けると、そこには涙で潤んだ目で僕を見るレイスさんの姿があった。


「レイスさん……?」


「イブキ? ……生きてる。良かった……!」


 レイスさんは僕が生きていることがそんなに嬉しかったのか、涙を流しながら喜んでくれた。

 どうやら僕は結構レイスさんに大事に思ってもらえていたみたいだ。それが分かって、痛みで苦しかった僕の心は少しだけ楽になった。


「みんな! イブキが目を覚ましたよ! 無事だよ無事!」


『イブキ! 起きたか!』

『生きてて良かったよ!』

『ナイスファイトだったぞ、イブキ!』


 どうやらまだ配信中だったようで、コメントの声が頭の中に響いてきた。


 改めて自分が横たわっている場所を確認すると、さっきドッグルと戦っていた場所だった。体中の傷も応急処置が終わった程度で、気絶してからそこまで時間が経っていないことが分かった。


「……そういえばレイスさん、ドッグルはどうなったんですか?」


「私がちゃんと倒したよ。ダンジョンの外に発生した魔物を倒すのも冒険者の使命だからね。……でも、イブキも本当によくやってくれたよ。ありがとう」


 レイスさんは労いの言葉と眼差しを向けながら、僕の頭を撫でてくれた。たったそれだけで、僕が戦ったことは無駄じゃなかったと思える不思議な力があった。


『あぁ……レイスさんに撫でてもらえてる……いいなぁ』

『羨ましすぎる! イブキ、この野郎!』

『まあでも、それくらい頑張ったからな。思う存分堪能しろよ』


 僕も昔は視聴者みたいに、レイスさんにこういう事をしてもらえたら良いなと色々妄想していたのを思い出す。それが今実現しているのだから、本当に人生は何があるか分からないなと思った。


「それじゃあ、イブキの無事も確認できた所で、今回の配信はこれで終わり! 皆、またね!」


『ぐっばい!』

『次もレイスさんとイブキ君の絡み楽しみにしてます!』

『さらば!』

『今回はレイスさんの名配信の一つになるだろうな……!』


 レイスさんは配信を終えて、僕を担いで屋敷まで戻っていった。


「イブキ……、本当に君が死ななくて良かったよ。よく頑張ったね」


「僕は自分がやるべき事をやっただけですよ。そもそも、もっと僕が強ければ、レイスさんを不安にすることもなかったんだ。……僕、もっと強くなります。レイスさんの期待に応えられるように」


 僕は気が付いたら、そう宣言していた。レイスさんの不安を推し量ったら、口が勝手に先走っていた。

 まだまだ弱いのにそんな生意気言うな、と怒られるかと思ったが。


「……うん。私も、君が私より強くなるまでちゃんと見届けてあげるから。だから、基礎トレーニングからも逃げるんじゃないよ?」


 と、嬉しそうに言ってくれた。


 普段はミステリアスな雰囲気を纏わせているレイスさんが見せた、心の奥底からの笑み。そんな表情で言われたら、断る事なんてできやしなかった。


「勿論ですよ! いつか絶対、レイスさんを助けられるくらいに強くなります!」


 僕は堂々と宣言してみる。レイスさんは期待を込めた笑みを浮かべていた。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 屋敷に戻ると、すぐに僕は医務室に入れられた。そしてレイスさんとセツカさんの二人係で僕の手当てをしてくれた。


 やっぱり傷が痛み、それにレイスさんが中々の荒治療だったので、僕はとんでもない苦痛を味わいながら、治療を耐え抜いた。

 治療を終えると、セツカさんは家事をしに部屋を出ていき、レイスさんだけが残った。


「レイスさん……、もうちょっと優しく治療してくださいよ」


「ごめんごめん……。どうもこういう事は苦手でね」


 レイスさんは申し訳なさそうに謝った。各所の絆創膏の張り方だけで、レイスさんとセツカさんの手当てに大きな差が出ていた。綺麗に張られた絆創膏と、しわだらけの物。どちらが張ったかは一目瞭然だ。


「まあでも……、今回の戦いを見て、私なりにイブキの事を考えてみたんだよね」


 レイスさんは話題を逸らすかのように、別の話を始めた。

 でもどうやら、かなり大事な話のようだ。表情や口ぶりから何となくその事が伝わって来た。


「アーカイブに残ってたイブキとドッグルの戦いを見返してみたんだ。そこで色々と分かったことがあってね。イブキの魔法センスがかなり高いって事と、追い詰められた時のあの爆発力。あれには私も驚かされたよ」


 あの時はドッグルとの戦いに必死で気付かなかったが、確かに僕は普段じゃ考えられない程機敏に動き、さらに魔法も使いこなしていた。


 そして最も驚くべきは、ドッグルに放った最後の一撃。改めて考えると、自分から放たれたとは思えない程強力な攻撃だった。


「ナオトさんから聞いてたんだけど、神威家に流れる勇者の血は、危機に瀕することで覚醒することがあるって。多分、今回もそれの一環なんだろうね。特に最後に一撃。あれは魔法じゃなくてただの魔力の放出だけど、あの出力はBランク……、もしかしたらAランクにも届くかもしれない程の物だった」


「え……? そんなにですか?」


 自分でも異常だとは思っていたが、まさかそれ程とは。

 勇者の血の件に関しては、何となくそんな気がしていた。戦っていた時は、まるで自分がいつもの自分ではないような。自分の中に宿る何かが、僕を手助けしてくれているような感覚がしたのを覚えている。


 でも、それはあの時だけだ。今はそんな感覚は消え失せ、いつもの貧弱な体に戻っていた。


「ナオトさんも言ってたけど、勇者の血の力はあくまでおまけなんだろうね。やっぱり普段の戦いで物を言うのは、素の力と魔法の練度だよ。という訳で、特訓あるのみって事だね!」


 特訓は辛いだろうが、毎回極限に追い詰められて勇者の血の力に頼るのはもっと辛いだろう。それだけではレイスさんを超えることができないのは、感覚で分かっていた。


「そうですね……! 回復したら、まずは体力付けます! そのためにも、今はゆっくり休んで体力を回復……」


「ん? 何言ってるの?」


 僕の発言に、レイスさんはやや食い気味で突っ込んできた。

 え? まさか、療養の時間すら与えない程の鬼指導ですか? それは流石にちょっと……。


 僕が不安がっていると、医務室にセツカさんと男の人が入って来た。男は白衣を身にまとった六十歳くらいの人で、正に医者というような気配だった。


「それじゃあ先生、お願いします」


「任せなさい」


 医者の先生はそう言うと、僕の体に手をかざした。先生が何かを唱えると、その手と僕の体の間が緑色に光りだした。


 次の瞬間、僕の体を襲っていた全身の痛みは、どこかに消えてしまっていた。そのまま数十分続けているうちに、折れた骨さえもくっついているような気がしてきた。


「はい、完治しましたよ」


「先生、いつもありがとうございます。また何かあったらお願いしますね」


 レイスさんは先生に頭を下げて、彼は颯爽とどこかへ消えて行ってしまった。


「あの人は一体……?」


「回復魔法に長けた医者だよ。あの人の回復魔法は一級品でね。今みたいに時間をかければ折れた骨も治せるんだ。すごいでしょ」


 回復魔法は軽傷の回復に用いられるものと聞いていたが、まさか極めればここまでの効果を発揮できるなんて。僕は魔法の可能性に驚かされていた。


 だって実際、僕の体は今すぐにでも動き出せそうな程に……。あ。


「ね? 動けるくらいに回復したでしょ? これで明日から早速特訓ができるね!」


「鬼畜すぎますってレイスさん!」


 てっきりしばらくは休めると思っていた僕は、その事実に気付いて発狂してしまう。それを見たレイスさんがクスクスと笑う。


 僕の修行は、ここからさらに激しさを増していくのであった……。

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