第2話 助けてくれたのは推し配信者⁉

「ふぅ、何とか無事に助けられたみたいだね。いや~、本当に良かった」


 僕を助けてくれた女性は、やはりそのカメラに向かって話していた。やっぱり配信中だったようだ。


 ということは、僕の姿も映ってるって事だよね?

 あまり目立つのは好きじゃない。だから僕はこっそり立ち去ろうとしたのだが、気になることがあって振り返った。


 ……やっぱり。この暗めの青の冒険服にウェーブのかかった青めの黒髪。そして手に持つ巨大な鎌。この人は……!


霊森れいもりレイスさん! ……ですよね?」


 霊森レイス。Sランク冒険者の一人で、登録者三百万人の超人気配信者だ。そして、僕の推しでもある。まさかこんな所で会えるなんて!


「あ、私の事知ってるの? 嬉しいな~」


「はい! いつも配信見てます! それからグッズも買いました! あと……」


 本人に会えたことが嬉しくて、僕は柄にもなく喋りまくってしまった。配信中だという事さえ忘れて。

 マシンガンのように喋っていると、ふとカメラと目が合った。それでやっと配信中だという事を思い出し、僕は黙り込んだ。


 あー……、やっちゃった。目立っちゃったよ。多分僕、今コメント欄でボロクソに叩かれてるよね。こんな出しゃばった真似しちゃったから……。


「……ん? どうしたの? あ、もしかして配信中って事で気遣ってくれてる? それなら心配はいらないよ。コメントの受けも結構良いし、君面白いから」


 僕が自暴自棄になっていると、レイスさんが優しく声をかけてくれた。

 僕が……、面白い?

 推しの配信者に褒められて、僕は有頂天になってしまった。いじめで自殺したくなった時もあったけど、生きてて良かった!


「とりあえず、異変の対処に成功したので、今日の配信はこれで終わり。皆、またねー」


 レイスさんは配信を切ると、改めて僕と向き合った。


「君、名前は?」


「あっ、僕は神威イブキって言います。あの、助けてくれてありがとうございます」


 いざ推しと話せるとなると、どうしても緊張して上手く喋れなくなってしまう。本当に、何で僕はこういう時に堂々としていられないのだろう。


「神威……、君、もしかして神威家の跡取り息子?」


「あっ……、はい。父さんがギックリ腰で冒険者を続けられなくなって、僕に勇者を継がせようってなって。それでここに放り込まれたんです」


 僕がここまでの経緯をレイスさんに伝えると、彼女は少しの驚きの後、にわかに悲しげな表情を見せた。


「そうか……。君のお父さんには同じSランク冒険者としてお世話になったからね。彼とまた一緒に戦えないのは少し寂しいな……」


 レイスさんはSランク冒険者として父さんと絡みがあったようだ。でも、僕は父さんからそんな話聞いたことが無い。

 まああの人はひたすら自分の実力を高めたい人だったから、有名な人と会ったとかいう事にはあまり興味が無さそうだし。それも仕方ないか。


「にしても君、本当にBランク? Bランクとは思えない程ほっそい体だけど」


「うっ……。実は、執事の同伴でここに来たんです。でも、その人はゴーレムを見て急いで逃げて行ってしまって……」


 やっぱり、推しに細いと言われるのは少しショックだった。もっとちゃんと鍛えないとな……。


「成程ね。とりあえず外に出よう。後の話はそれからだ」


 レイスさんと共にダンジョンの外に出ると、そこには先に逃げ出した執事が待っていた。


「イブキさん! 申し訳ございません! イブキさんを置いて行くような真似をして! 私が弱いばかりに!」


 執事は僕と目が合ってからノータイムで土下座した。逃げ出したのは事実だが、あれほど恐ろしかったのだ。無理もない。


「……顔を上げてください。あなたは何も悪くない。逃げることは悪じゃないですよ」


「イブキさん……! お慈悲を頂きありがとうございます!」


 僕の言葉を聞いた執事は泣いて喜んだが、その途中でレイスさんに気が付いたようだ。


「そちらにいるのは……レイスさんではないですか! もしかして、イブキさんを助けてくれたのはレイスさんですか⁉ 本当にありがとうございます!」


 そういって、執事は再び土下座してしまった。本当に土下座が大好きな人だな。忠誠心の現れとも言えるけど。


「良いんだよ。冒険者を助けるのもまた、Sランク冒険者の務めだから。さて、執事さん。私から提案があるんだけど、ナオトさんに電話を繋いでもらって良いかな?」


 レイスさんは執事に父さんと電話がしたいと頼んだ。一体、父さんと何を話すつもりなんだ……?


『もしもし。神威ナオトです』


「もしもしナオトさん。私、レイスだ」


『お、レイスか! 久しぶりだな! 今日はどうした?』


「さっきダンジョンでナオトさんの息子のイブキを助けてね。彼から冒険者を続けられなくなったと聞いたんだ」


『ああ……。残念ながら、俺はこれ以上動けそうにない。Sランク冒険者の皆の手間を増やしてしまったこと、本当に申し訳ない』


 レイスさんの口ぶりから、父さんを尊敬している事が伝わってきた。やっぱり父さんは、家の外でもカッコいい勇者だったんだと実感する。


「その件は大丈夫。私達で何とかするから。……それで本題なんだけど、イブキを私の弟子にしても良いか?」


 ……え? レイスさん今、僕を弟子にするって言った? え?


『こりゃ驚いた。……確かにイブキには、一刻も早く勇者を継ぐにふさわしい人間になってほしい。でも彼はまだまだ力不足だ。君になら……、確かに預けられるかもな。よし、頼んだ!』


 ……マジか。僕、推しに修行つけてもらえる事になったって事⁉

 レイスさんとの修行なら、僕でも強くなれそうな気がした。僕はその事実に浮かれ、早速浮足立った。


「了解。立派な勇者になってもらうために、厳しく指導するから!」


 前言撤回。やっぱり怖そう。

 レイスさん、強敵との戦いの時は滅茶苦茶怖くなるんだよな……。アレくらいの厳しさで教えられたら、僕が生き延びられるかどうか怪しい。


『それじゃあ、イブキを頼んだよ!』


「ちょっと! 待って父さん!」


 僕はレイスさんの鬼指導が怖くなって父さんに異議申し立てしようとしたが、その前に電話は切れてしまった。


「…………」


「イブキ、少しでも早くナオトさんに代わる勇者になれるように、私がしごいてあげるから。よろしくね!」


 レイスさんは沈黙する僕を見て、妖艶な笑みを浮かべた。その笑みは美しくもあったが、この状況だと悪魔の笑みにも見えてしまった。


「あっ、よろしくお願いします……。あの、ちなみに手加減とかって……」


「無いに決まってるじゃん。全力で指導するね」


 推しに稽古をつけてもらえる嬉しさと、スパルタ指導で殺されるのではないかという恐怖。

 その二つの相反した感情に板挟みにされて、僕はとても戸惑っていた。

 一体僕は、これからどうなってしまうのだろう……。

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